第16話 呪いのSDカード。
俺は襲ってくる学校の生徒達から全力で逃げていた。どこまでも追ってくる。
廊下の突き当たりの階段まで行くと、その階段からも生徒達が上がって来た。
「挟まれた!」
俺はギリギリのところで、伸ばして来た生徒の手を避け、同時に転んだ。
地面を這いながら、教室の下窓を開け体を捩じ込ませる。くそ、足首を掴まれた。掴んだ手を必死に蹴る。手が離れたその隙に、やっとの思いで教室の中に入る事に成功。
一息付き、俺は叫んだ。
「どうして、俺がこんな目に!!!」
事の詳細は、数時間前の朝の9時まで遡る。今日は週明けの月曜日だ。
俺は盛大に寝坊をしていた。時計を見て、一気に目が覚める。大急ぎで歯を磨き、髪を整え、服を着替える。
ダイニングにいる母親から、「朝ごはんは?」と聞かれたが、
「ごめん。要らない。」と答え、急いで玄関を出た。
走りながら駅に向かう。ブレザーのポケットが揺れるたびにカチャカチャと音を立てた。正体は分かっている。これは部室の鍵だ。
昨日の夜、お風呂に入る時に鍵を持って帰ってしまった事に気がついた。その頃にはもう、夜の11時を過ぎていた。明日持って行くのを忘れないよう、制服のブレザーのポケットに入れたのだ。
その日の夜は、また余計な思考が渦となり波となり、絶え間無く動き、眠りの闇へ落ちるまで恐ろしく時間がかかってしまった。
その結果が、この無様な俺である。額に汗を滲ませ、激しい息遣いで、横っ腹が痛くなる。
電車に乗り、少しの間息を整える、休息の時間。それはあっという間に過ぎ去る。心拍数が下がりきらないまま、俺は緩やかな上り坂を登る。いつもより坂道の勾配が急に感じた。
俺は教室へ行くが、開いていない。中に人もいなかった。
焦って間違えて来てしまった事に気がつき、心臓が潰れそうになりながら、体育館へ向かう。今日の一限目は、タバコだか薬物だかの全体講習だ。
一階から体育館へ続く渡り廊下を通り、体育館の扉を開ける。開けた瞬間に、中にいた全校生徒に一斉に睨まれた。
何だか、様子がおかしい。生徒も先生も、目は虚で顔色が悪い。
そんな事を考えていた瞬間、中にいた人達が一斉に俺を追いかけて来た。
そして冒頭へ戻る。俺は教室に逃げ込み、机の下に隠れた。窓やドアをバンバンと叩かれている。ゾンビ映画の登場人物にでもなった気分だ。
俺は窓の外から逃げられないか、と思い外を見ると1人の少女が登校している姿が見えた。あの背筋の良さ、凛とした表情、綺麗な黒髪ストレートにスラッとしたスタイル。
「西条寺さん!!学校に来ちゃダメだ!!」
俺は大声で叫んだ。
西条寺は俺に気が付き、怪訝そうな顔をした。しかし、目の前の景色を見て全てを察した。
その瞬間、西条寺さんは来ていたブレザーを綺麗に畳み、鞄と共にを床に置く。スカートを腰の所でぐるぐる巻いて、ミニスカートにした。
そして、全速力で学校の中へ走って行く。
「何やってんだ、あの人!」
俺は理解できず、虚空に叫んだ。
しばらくすると、足音が聞こえた。ものすごく速い。
廊下の窓から姿が見えた。西条寺さんが、錯乱する生徒達を殴り飛ばしながら、走っている。教室の下窓が空いている事に気がつき、スライディングして入ってくる。
教パンパンと手を払い、俺を真っ直ぐ見る。
「あなた、一体何をしたんですの?」
「俺は何もしてない。寝坊して遅刻した。朝9時半くらいに体育館に着いたら、体育館の中にいた人達が全員おかしくなっていたんだ。」
俺は現状を頭の中で整理しながら説明する。思い当たる節があり、俺は目を見開いて言った。
「呪いのSDカードのせいだ。」
「呪いの……SDカード?」
西条寺さんは、何言ってんだコイツという軽蔑の目を向けられた。
俺は『呪いのSDカード』について、なるべくわかりやすく、慎重に教えた。西条寺さんはそれ聞いて、事情を察してくれた。
「誰かが、部室からSDカードを持ち去り、全校生徒が集まる体育館で流した可能性があるって事?……そうね。ならまずは、呪い根源を断ちましょう。武器が要りますわね。少しここで待機していて下さるかしら?」
「わかった。気をつけろよ。」
「心配ご無用。わたくし、こう見えてとても強いんですのよ。」
西条寺さんはそう言うと、二階の教室の窓から飛び降りた。
西条寺さんを目で追うと、スカートが捲れ上がり、パンツが見えそうになったため、俺は慌てて視線を外す。
だから、二階から飛び降りるりんのすけを追いかけなかったのか。と、俺は一人で納得してしまった。
30分程経過した頃、西条寺さんが教室に再び戻って来た。高校の体操服に着替え、リュックを背負っていた。
「これから、体育館に向かうんだよな?」
「ええ、そのつもりです。本当に誰かが映像を流していたと言う前提で、二つ、絶対にしてはいけない事があります。体育館のスクリーンもしくはディスプレイに表示されている映像を視界に入れない事。そして、音を聞かない事ですわ。」
そう言うと、西条寺さんはリュックの中から耳栓を取り出し、俺に渡した。
「わかった。ありがとう。」
俺と西条寺さんは、教室のドアを内側から開ける。すると、錯乱した生徒達が、俺達目掛けて襲ってくる。西条寺さんは、襲ってくる生徒達を片っ端から、殴る蹴るの横暴なやり方で吹き飛ばして行った。
「す、すごい。」俺は思った事が口から漏れた。
「グズグズしない!走りますわよ。」
気がついたら目の前に道が出来ていた。倒れた生徒達が、ウゾウゾと動き、起き上がろうとしている。起き上がる前に、全速力で廊下を走り抜け、階段の手すりに飛び乗り、滑り台の様に滑り降りる。
体育館の周りには、錯乱した先生と生徒がいた。
俺達は、一度外に出て、通回りで体育館の裏口へ向かった。
外に出る時、三人の錯乱者に追いかけられたが、やつらは見えない壁にぶつかり、校舎から出て来られなかった。
俺は走りながら、西条寺さんに言う。
「あいつら、建物から出られないんだ。地縛霊みたいだな。」
「地縛霊の呪い……?恐らくですが、貴方が言っていた『地下室の霊』が強い怨念を放っていたんでしょう。」
体育館に近づいて、耳栓の装着する。お互いの声が聞こえなくなる。
扉の隙間から、中を警戒し、一瞬の隙をついて一気に進む。体育館は暗幕が降り、ステージ上で何か映像が映っているのか、チカチカと光を発している。ステージの方を見ないように、目線を下にしたまま、機材室に忍び込む。
機材室には、スガッチ先生とよく知らない先生が伸びて倒れていた。知らない先生の方は、頬が腫れ、殴られた跡がある。スガッチ先生の方は、おでこにたんこぶが出来ていた。
俺は嫌な想像をした。
「昨日、部室の鍵を返し忘れて、家に持って帰った。それだけじゃなくて、部室の鍵もかけ忘れたんだ。」
「何してんの、まぬけ。」西条寺さんにジト目を向けられる。
「うっ……。ぐうの音も出ん。部室の鍵を探しに来た顧問のスガッチ先生が、SDカードを勝手に再生して、呪われて、操られたのかも知れない。真実はわからないけど。」
俺は頭を抱えた。
「真相はもはやどうでも良いですわ。早く皆んなを助けないと!」西条寺さんはピシャリと言った。
機材室に、備え付けられたパソコンを見つけた。俺は開いているパソコンを閉じ、SDカードを取り出した。
「やっぱりあった!コレのせいだ!」
体育館に流れていた、呪いの映像と音声が止み、俺達は耳栓を外す。
「そのSDカードを、簡易的に封印します。貸してくださる?」
俺は西条寺さんにSDカードを渡した。
それを受け取ると、リュックからお札と除霊の時に使っていた和紙のたくさん付いた木の棒を取り出した。お経を唱え、棒を振りながらSDカードにお札を巻き付ける。
「これで、いいですわ。」
西条寺さんは、お札の巻かれたSDカードを体操服のズボンのポケットにしまう。機材室から出て、外の様子を見に行く。
生徒や先生達は、まだ錯乱状態で全く治っていなかった。
「うそ。信じられませんわ。」
西条寺さんは両手で口を押さえ、顔が青ざめた。
「さっきので治るはずだったんだよな?」
「ええ、叔父様が言うには、呪いの元を断てば良くなるはずですのに。どうすればいいの?」
西条寺さんは、その場に座り込んでしまった。
錯乱した生徒が一人走って来て、西条寺さんを襲う。
俺は急いで駆け寄り、西条寺さんを庇った。俺に覆い被さる錯乱生徒を、思い切り蹴り飛ばす。西条寺さんの手を引き、体育館から脱出した。
安全な外に出て、西条寺さんを休ませた。
「進一なら、この呪いを一気に治せるかもしれない。呪いの映像を見なかった事に出来る薬を作る事が出来ればだけど。後、りんのすけとひゅうがの事も心配だ。ついでに和田も。」
俺は思いついた事をそのまま、西条寺さんに伝えた。りんのすけの名前を聞いて、西条寺さんの顔つきが元に戻る。
凛とした表情で、西条寺さんが言った。
「作戦を立て直しましょう。」
「そうだな。ひゅうがは、もしかしたら呪いの影響が少ないかも知れない。生命エネルギーみたいなモノが普通の人より強いって霊感のある和田が言ってた。」
「そうしたら、ひゅうが君を助けるのが1番難易度が低そうですわね。今現状では、進一君に託すしかない……ではこの二人を先に見つけつつ、りんのすけ様の安否を確認致しましょう。」
「わかった。塩持ってるか?念のため、塩でも清められるか試したい。俺は専門的な知識がないからさ。」
「ええ、持ってますわ。清めの塩は気休めにしかならないかも知れませんけれど。」
西条寺さんが、清めの塩はが入った袋を俺に渡してくれた。
「ありがとう。ここから先は、体力勝負になる。二人で手分けして早めに皆んなを見つけよう。」
西条寺さんは頷いた。
二人で、再び校舎へ向かう。西条寺さんは一階から上へ、俺は上から一階へ順番に回る事にした。
校舎の入り口に入ると同時に、俺と西条寺さんは走った。俺の体力はとっくに切れていたが、そんな事を考える余裕がない程必死だった。
西条寺さんは、錯乱した人達を薙ぎ倒しながら進む。俺は、攻撃をなるべく避けながら階段を上がって行った。
「あっぶね!うわ!」
次々に襲いかかる人達を俺はジャンプしてかわす。そのまま、錯乱した人達の頭を踏み、床に着地した。
焦る気持ちを抱えたまま、俺は無理矢理、無茶苦茶になりながら階段を上る。引っ掻かれたり、掴まれたり、殴られたりしたが、何度も立ち上がって先に進む事だけを考えた。
校舎の最上階、5階へ辿り着く。人はかなり少なかったが、階段から追ってくる数人の足音が聞こえた。追いつかれない様に、先へ急ぐ。
すると、廊下の真ん中で、壁に向かって歩き続けているバグったゲームキャラの様な動きをした人物が目に入った。
ひゅうがだ。
俺はすぐに走って駆け寄り、ひゅうがをお姫様抱っこして、5階にあるオカ研の部室を目指す。
ひゅうがの目は虚になっていたが、顔色は悪くなかった。抱かれている間は大人しく、襲ってくる気配はない。
部室のドアを足で開ける。ああ、やっぱり、鍵をかけ忘れていた。
部室のドアを閉めてから、ひゅうがを長机の上に寝かせる。
俺はブレザーのポケットから塩を取り出し、ひゅうがに撒く。
「頼む、戻ってくれ。」と、ひゅうがの手を握り祈った。
「ぺっぺっ。しょっぱあ。」
ひゅうがは舌を出して、不機嫌そうな顔をした。
「良かった!」俺はひゅうがを抱きしめた。
「うぁっ!つかさ!ど、どうしたんだよ!」
ひゅうがの顔は真っ赤になって、動揺していた。
二人で床に座る。正気を取り戻したひゅうがに今置かれてる現状を説明した。
「それじゃあ、おれも一緒に進一を探すよ。ついでにりんのすけと和田もな。」
ひゅうがは、「あっ。」と声を出し俺の頬に着いた引っ掻き傷を撫でた。
「つかさ、怪我してるぞ。しんどかったら休んでていいからな?」
ひゅうがは、心配そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。俺は、心強い味方が出来て嬉しくなり、笑顔になった。
「ありがとう。これくらい何ともない。ひゅうがも怪我はないか?」
「おれは元気いっぱい!」
ひゅうがはマッスルポーズを取った。俺は笑い、ひゅうがも一緒に笑った。
和んだ空気に元気つけられ、俺は改めて気持ちを固めた。
「オカルト研究部の副部長として、呪いの尻拭い、やってやりますか。」
俺は和田の考えたダサい決めポーズを真似した。
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