第7話 予想外です。

 部室の棚に、家電や雑貨をしまう。量販店の大きいレジ袋からノートパソコンを段ボール箱から取り出し、充電器を繋げ、長机の上に置いた。

 りんのすけは、パソコンの前に座り、俺は机に手をついて寄りかかり、左後ろからパソコンの画面を覗く。電源ボタンを押すりんのすけに言った。

「パソコンのネット接続どうする?」

りんのすけは、着ているジャケットのポケットからスマホを取り出した。

「テザリングをする!」

ドヤ顔で俺の顔にスマホを突きつける。りんのすけの腕を退けながら、

「……テザリングって、なんだ?」と聞いた。

「スマホに接続されているモバイルデータ、いわゆる通信会社の電波を、スマホを介してノートパソコンにお裾分けする、と言う事だ。」

「すごい。そんなこと出来るなんて知らなかった。」

「フフフ……。」

りんのすけはドヤ顔でかつ嬉しそうに鼻で笑う。

 慣れた手つきで、インターネット環境設定を終わらせて、検索を始める。

「まずは、心霊スポットを探す。ここ静丘県は、心霊スポットが多いと聞いた事がある。つかさ、どこか知らないか?」

りんのすけは、左手の人差し指を俺の顎に当てて言う。俺は強制的に上を向かされ、「うっ。」と苦しい声がつい出てしまう。

「あ゛ん゛ま゛り゛ぐわ゛じぐな゛い゛。げど。」

俺はあまりの話し辛さに、変な声が出る。りんのすけの人差し指を掴んで下に下ろし、言い直す。

「あんまり詳しくないけど、『斎藤さん家』って言う心霊スポットは中学で噂になってた。」

りんのすけは、すぐにキーボードを走らせ検索する。腕組みをして、俺を見上げて言う。

「これだな?」

「そうそう、それだ。りんのすけって静丘出身じゃないんだな。」

「僕は東京出身だ。この土地の事は全く詳しくない!」

「威張って言う事でもないけどな。」

 心霊スポットのまとめサイトの記事を目を通す。いわくの内容と、住所が記載されている。

 内容を要約する。山奥にある平屋の廃墟。かつて住んでいた斎藤一家の父親が、一家心中を計り、家族を殺した後自分も自殺した。現在、廃墟からうめき声や足音が聞こえ、女の幽霊の目撃情報もある。という事らしい。

「ふむ。なかなか、良さそうじゃないか。」

りんのすけは口に指を当てながら言った。俺はホラーが得意ではない。内容を読んだだけで、足がすくむ。

「僕は電話をしてくる。つかさは、スガからもらった書類を書いていてくれ。頼んだよ。」

「電話?わかった、書いて待ってる。」

 りんのすけは、教室を出て電話をかけに行った。俺は書類に部活で使う私物家電を記入する。書いているうちに恐怖心が薄れていった。

 書き終わり、ボーッとしていたら、りんのすけが教室のドアを勢いよく開けて言った。

「買い上げてきた!」

「ん?!何を?」

俺は音と声にびっくりして、飛び上がった。

「『斎藤さん家』とその周辺の土地だ。」

「ええーー?!正気か?!」

この金持ちムーブには、驚きを隠せない。

「未成年が、深夜外にいたら法律に触れる。だが、自分の私有地なら問題ない!」りんのすけは拳を握りしめて力説した。

「教師に賄賂渡してるくせに、何言ってんだ!」

「警察から学校に連絡が行ったら、研究に支障が出るだろう。当然の判断だ。」

「……まあ、りんのすけが良いなら、任せるよ。本当は行きたくないけど、行くとしたら、深夜だろ?この後どうする?一応、友達の家泊まるとは家族には伝えてあるけど。」

「僕の家に泊まって、早めに寝る。夜1時に起床して、使用人の車で心霊スポットまで行き、幽霊どもをカメラに納める。カメラは家にあるものを使う。以上だ。」

りんのすけは椅子にどっかり座り、言い切った。そこまで考えていたとは、恐れ入った。

「あ、俺着替え持ってないな。」

俺はスマホで時計を確認する。現在時刻は午後4時過ぎ。睡眠時間を考えると、時間が微妙だ。後日に回らないか少し期待した。

「それなら問題ない。来客用の部屋に、新品の着替えが各サイズ揃っている。」

りんのすけは腕を組みながら言った。

「……!あのもう一つの寝室か。……それなら、ありがたく借りようかな。」

俺は打つ手無しと確信し、涙を呑みながら言った。

「無論だ。好きに使ってくれ。なんなら、あの部屋を司の部屋にしてもいい。」

「それは間に合ってます。」

俺は手の平でりんのすけを制した。りんのすけは不貞腐れた顔をした。

 突然、教室のドアをトントンと叩く音がした。

(幽霊の話したから、幽霊が来たのか?)

俺の中に恐怖が走る。俺は体が動かずに固まった。りんのすけがドアを開けた。

 すると、サッカーの練習着を着たひゅうががそこにいた。りんのすけはひゅうがを睨む。

「わ!わりぃ、ヘリコプター見えたから、あの、もしかしたら、と思って。」

ひゅうがは、テンパった様子で両手を振りながら言った。

「ひゅうが!部活終わったのか?」

俺はひゅうがの顔を見て安心し、ひゅうがに駆け寄ろうとしたが、りんのすけに頭を抑えられ、後ろに押し戻される。

「おい、君。この後空いてるか?」

りんのすけは、自分より背の低いひゅうがを見下ろしてに言った。俺はりんのすけが何を言おうとしているのかを、瞬時に察した。

「うん!もう部活終わったから空いてるけど……何かするのか?」

ひゅうがは、キョトンとした顔で首を傾げた。

「それなら是非、僕たちの部活動を手伝ってくれ。つかさも居るぞ。」

りんのすけは勝ち誇った顔で言った。ひゅうがはよくわからないと言う顔をしたまま、ゆっくり頷き上目遣いで返す。

「おれに手伝える事なら……。」

 俺は、あちゃーと言う顔をした。が、人数が増えるのは正直ありがたい。人が多い方が、恐怖も和らぐ気がする。

 さっそく俺たちは三人でヘリコプターに乗り込み、りんのすけの家に向かう。




 ひゅうがは帰り道で、家に連絡を入れ泊まりの許可を得ていた。まさか泊まりで何かするとは思っていなく、最初こそびっくりしていたが、「明日の日曜日は部活ないからヘーキ」とあっさりと状況を受け入れていた。ひゅうがのメンタルの強さは、俺も見習いたい。いや、何も考えてないだけかもしれないが。

 三人でりんのすけの家に到着する。豪邸を見て、ひゅうがも俺と同じ反応をしていた。

 先にシャワーを浴びて、腹ごしらえをしてから午後7時には寝ると言う話になる。

 部活終わりのひゅうがが、先にシャワーを浴びることになった。りんのすけと俺は、ソファでテレビを見ながら待った。

 テレビの横にある、モニター付きドアホンの画面が付き「ピンポーン」と言う音がした。

 りんのすけは、西条寺さんを警戒してか、苦い顔をして動かない。俺は、ドアホンの画面を見に立ち上がる。そこには、平凡なショートカットを赤茶色に染めた髪、爽やかな顔立ち、黒いスーツの好青年が立っていた。

「おい、りんのすけ。この人、使用人ってのじゃないのか?」

「ん?」といい、りんのすけは俺の隣に立ち画面を覗く。

「もう着いたのか!相変わらずせっかちだな。」

りんのすけは、文句を言いながら解除許可を押す。五分ほど経ってから、玄関のインターホンが鳴る。

「つかさ、出てくれ。」

「え?俺が出るの?……いいけど。」

りんのすけはソファに深く座り直した。俺はしぶしぶ玄関のドアロックを外し、開ける。

「御学友様、初めてお目にかかります。わたくし、りんのすけ様の身の回りのお世話を務めます、サソリと申します。以後、お見知りいただけますと幸いでございます。」

サソリさんは深々と頭を下げて言った。かなり大きな荷物を後ろに背負っている。俺も頭を下げる。

「あ、初めまして、りんのすけがいつもお世話になってます(?)。よかったら、つかさって呼んでください。」

サソリさんを中に入れる。サソリさんはリビングに入るとりんのすけにも深々と頭を下げた。

「お久しぶりでございます。りんのすけ様、お元気なお姿拝見できました事、心よりお喜び申し上げます。」

りんのすけは、鼻で笑った後言った。

「いつもの話し方に戻れ、堅苦しい。僕以外に人がいるからって気を使わなくて良いよ。」

サソリさんは、爽やかな微笑みを崩さず、しばらく間を置いた。パッと表情が変わる。さっきまでは大人びた雰囲気、今はいわゆるテンションの高い大学生の様な雰囲気になった。

「坊ちゃま!俺本当に心配だったんですからね!急に家出るって言うし、土日は使用人要らないとか言うし!俺、大学通ってるから土日だったら一日中坊ちゃまの面倒見れるのに!俺のこと嫌いになったのかと思ったじゃないですかー!」

ソファに座っているりんのすけに抱きつこうとするサソリさんを、りんのすけは片手で顔面を鷲掴みにして止める。

「僕は自由が欲しかっただけだ。お前の事は誰よりも信頼しているよ。勝手な勘違いをするな。」

片手でサソリさんを掴んだまま、りんのすけは自分の膝に肘をついて頬杖し、小さいため息をついた。

 鷲掴みにされた手の中で、サソリさんは満面の笑みを浮かべている。何だこの異様な光景は……。

 シャワーを終えたひゅうがはリビングに戻ると、この謎空間に驚いた。上下黒のジャージに着替えているが、着替えは全部りんのすけが備えていた物だ。

「え?!誰?」ひゅうがは当然の疑問を発する。

 すると、サソリさんは瞬時に身を起こし、背筋よく立つとひゅうがに綺麗なお辞儀をした。

「お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。御学友様、初めてお目にかかります。わたくし、りんのすけ様の身の回りのお世話を務めます、サソリと申します。以後、お見知りいただけますと幸いでございます。」

「そんな深々とお辞儀しないで良いっスよ。ひゅうがです。よろしくー♪」

ひゅうがは笑顔でサソリさんに手を振った。

「挨拶が済んだら、堅苦しいのは無しだよ。サソリには心霊スポットまでの運転手をお願いしてある。深夜に来てくれと言ったんだけどね。」りんのすけは、サソリさんにジト目を向ける。

 サソリさんはまた雰囲気を一変した。

「水臭いこと言わないでくださいよー。坊ちゃまのお世話をする事が俺の使命なんですからね。」胸を叩いて、誇らしく言う。

「坊ちゃまに言われた物を持ってきたんですけど、追加の布団はどこに準備すれば良いですか?広さ的に敷くとしたらリビングか坊ちゃまのお部屋か、ですけど。」

サソリさんは、大きな荷物を下ろして、両手で前に持ち直す。

「つかさ、ひゅうが、どこに寝たいか決めて良いよ。」

リビングの入り口に立っている、俺とひゅうがは二人で顔を見合わせる。俺は心霊スポットへ行く恐怖心から、一人で寝るのが怖い。だが、そんな正直な事を言う勇気が湧かなかった。俺が口を開く。

「先シャワー入ってくるから、そのあと決めさせて欲しい。」



 俺の後にりんのすけもシャワーを浴び終える。三人ともお揃いの黒ジャージになった。

 その後、サソリさんが買ってきたピザやら弁当やらの沢山の食べ物をみんなで分け合って食べた。俺とりんのすけは、ご飯を食べてから間がなかったため、あまり手をつけられなかったが、ひゅうががほとんど食べてくれた。

 新品の歯ブラシをサソリさんが出してくれ、寝支度を進める。そのタイミングで、俺は意を決してみんなに言った。

「俺、心霊スポットに行くのが正直怖い。出来たら誰かと一緒に寝たいんだが……。」

つい声が小さくなった。



 夜7時、就寝時間だ。

 サソリさんは、りんのすけの部屋に布団を敷き終えると、

「俺は寝ないでリビングで待機してます。何かご要望があればいつでも言ってくださいね!それではごゆっくりお休み下さい。」

と言って、電気を消し部屋を出て行った。

 どうして、こうなった。俺の発言のせいだとは分かっているが、まさかこうなるとは……。

 結論から言うと、三人とも同じ部屋で寝ることになった。追加の布団にひゅうが、俺とりんのすけはバカでかいベッドで一緒に寝る。

 こうなった経緯としては、サソリさんの提案から、話の流れに流されて今に至ると言う感じだ。

 大きいベッドだから二、三人くらいは余裕で寝られる。が、そう言う問題ではない。

 俺があれこれ考えている間に、右隣から静かな寝息が聞こえた。りんのすけは仰向けで早くも寝ている。寝つきが良すぎるな。いや、俺も寝ることに努めよう。

 目を瞑って、眠気が来るのを待った。

 しばらくして、うとうとしてきた頃、ガサゴソと物音がした。俺は気にしないように努力しながら、目を瞑り続ける。

 俺の左隣に誰かが潜り込んできた。俺はベッドの布団を少し上げて確認する。ひゅうがだった。小さくいびきが聞こえる。

 俺はひゅうががベッドから落ちない様、少し右に体を動かす。右腕がりんのすけの左肩に当たってしまった。

(あ。)

そう思い隣を見たら、りんのすけが寝返りを打って俺にくっついて来た。

 長いまつ毛と、幼子の様な寝顔が俺の右腕に居た。あまりの綺麗さに、動揺してしまう。

 そう思ったのも束の間、左から俺の体を抱きしめられた。ひゅうがは寝相が悪いらしい。優しく抱きしめながら、顔を俺の横っ腹に押し当ててくる。

(こんなの、寝れるわけねえー!!)

俺は心の中で叫んだ。身動きが取れない。狭い。そもそも、誰かと一緒に寝るなんて小学生ぶりだ。

 両隣の二人を起こさない様に、激しい鼓動と呼吸を落ち着かせるのが今できる精一杯だった。

 今この瞬間を、同級生の女の子に見られたら、俺はきっと殺されるだろな。そんな事をぼんやりと考える。

 りんのすけとひゅうがから感じる体温で、身体が熱くなる。体温が上がる事で、緩やかに眠気が増す。せっかく来た眠気を逃さない様、そのまま浅い眠りについていく。

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