愛をほしがる人

瀬川

第1話 婚約者


 東雲しののめ椿には、子供の頃から好きな人がいる。

 それは幼なじみの南津みなみつ千歳ちとせで、そして現在は婚約者だ。


 同性でも子供ができる研究が進み、結婚も法律で認められるようになったのは、椿達が14歳の時だった。

 その法律が施行されてから半年後、東雲家と南津家の間で話し合いが行われた。

 両家は元々縁が深く、椿達のどちらかが女性に生まれていれば、許嫁になる予定だった。しかし男だったため、一旦話は流れたのだが、その理由も無くなった。

 同年代で他にめぼしい相手もおらず、それならば2人が結婚するのが一番いいと、本人の意思を確認せずに決めてしまった。


 しかし、両親から話を聞いた椿は喜んだ。千歳を好きだったが、結婚するのは無理だと諦めていた。

 気持ちを押し殺し、誰にも悟られないように隠していたが、両親はなんとなく察していた。それもあり、椿のために話を進めた。


「……結婚」

「ええ、2人が成人してすぐに届けを出すことになったわ。だから、あと3年したらね」

「……3年」


 まさか、無理だと完全に諦めていた恋が急に叶うなんて。混乱して、夢なのではと疑う椿。

 頬に手を当てて、赤い顔を隠そうとしている。


「1週間後に、両家で顔合わせする予定だから、千歳君に会えるわよ」

「えっ!?」


 椿と千歳は幼なじみではあるが、家は少し遠いため、毎日会えるような状況ではなかった。月に数回、その時間だけでも椿にとってはかけがえのないものだった。

 会えるだけではなく、結婚相手としてこれからの未来を話せる。そう考えたら、嬉しくてたまらない。

 どんな服を着ていこう。どんな髪型にしよう。どんな顔をして会おう。

 考えれば考えるほど止まらなくて、椿はその日の夜熱を出した。



 ソワソワしながら1週間。

 椿は当日を迎え、生きた心地がしなかった。

 髪や服は大丈夫だろうかと、何度も気になって確認してしまう。


「椿、落ち着きがない。ちゃんとしなさい。千歳君に笑われる」

「……はい、すみません」


 あまりにも目につくので、彼の父親がたしなめる。今回の場が簡易的なものとはいえ、両家の顔合わせだ。印象が良くなければ、やはり結婚は止めようとなるかもしれない。

 落ち着いていれば椿はしっかりしているので、勘違いされたくないからこその注意だった。その気持ちが伝わったので、椿も素直に従う。


 場所は料亭を貸し切った。正式な発表をする前に、情報が漏れるのを避けるためだ。それぞれの家は格式高く、結婚の話も慎重に進めなければいけない立場にあった。

 東雲家は椿と両親、そして祖父が来ていた。個室で南津家が来るのを待っているのだが、椿は心臓が飛び出そうなぐらい緊張していた。


 遠くから案内する従業員の声と、複数の人が近づく気配がして、全員の背筋が伸びる。


「失礼いたします」


 従業員が扉を開けると、その後ろには南津家の面々が揃っていた。

 千歳に、彼の両親と祖父母。スーツや着物を着ていて、表情もどこか固い。


 その中で、椿は千歳しか見えていなかった。学生服を着ている彼は、すでに成長期を迎えていて、背も随分と伸びた。丸みを帯びていた頬も、すっかりシャープになり、大人な雰囲気があった。

 しかし色素の薄い髪や瞳、柔和な顔立ちが親しみやすさを感じさせる。

 椿にとっては完璧といってもいいぐらい、千歳は格好良かった。


 本人を目の前にした途端、椿の頭は真っ白になった。そこからどのような話し合いが行われたのか、彼の耳には入らなかった。

 気がついた時には、親に促されて千歳と2人で外を歩いていた。日本庭園をイメージして作られた景色を楽しむ余裕もなく、千歳の顔も見られない。

 いつもどんな話をしていたのかと、考えられずポンコツ状態だ。制服のボタンをいじりそうになって、父の言葉を思い出し止めた。


「ねえ、椿」

「へっ? な、なに?」


 そんな様子の時に突然話しかけられ、声が裏返った。変なところを見せたと慌てるが、千歳は面白そうにくすくすと笑った。


「驚きすぎだって。別にとって食べたりしないから」

「あ、うん。ごめん」


 言葉を少し交わしただけで、椿の体から力が抜けていく。千歳は凄いと、彼は胸をときめかせた。

 そこから近況報告をしたり、最近ハマっていることや、学校であった面白い話などを披露した。

 話をしながら、千歳とだったらいい結婚ができると椿が確信した時、先ほどとは打って変わって、千歳が真剣な表情をした。

 その顔を見て、椿は嫌な予感がする。


「あのさ、結婚の話なんだけど……」

「あ、うん」

「椿は、話を聞いてどう思った?」


 素直に言うのなら嬉しかった。結婚する日を心待ちにしている。

 しかし、椿はその言葉を飲み込む。


「えーっと、驚いたかな」


 当たり障りのない返事。

 これなら変に受け取られないはず、という目論見通り、千歳はどこか安心したような雰囲気になる。


「そうだよね。俺も話を聞いて驚いたよ。結婚相手が決まっただけでも驚きなのに、まさかその相手が椿だなんて」


 続きを聞きたくない。椿は聞こえないように耳を塞ぎたかった。

 しかしそんなことをすれば、千歳に不審に思われる。

 表面上はなんてことない様子でいる椿に、千歳は打撃を与える言葉を放つ。


「だって、椿と結婚だなんて。そんなのありえないから」

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