第2話〝望月ヒカリ〟は心配性
「それでは皆さま、ごきげんよう。アナウンスは望月ヒカリでした」
配信を切り、ソファに上体を預ける。
この会社に入社して9年。
大学時代に世話になった先輩の後を追って入社したはいいが、私は製薬会社の一員としてでなく、広報部署の顔として社内製品の宣伝を任されている。
この仕事そのものに不満はない。
売り上げのほとんどを会社が持っていくが、舞台やセットの全てが会社持ちなので仕方あるまい。
でも私は錬金術師。錬金術をしてでこそ価値があるのに、私はその欲求を満たせぬまま日々を過ごしていた。
それでも配信の仕事を通じて同業他社ともコネクションが取れた。
多くのツテもある。それもコレも入社したこの会社が大手製薬だったからだ。
それでも、私はこの会社から独立するつもりでいた。
誘う相手は決まっている。
この会社で働いている先輩だ。
錬金術の腕はすごいのに、要領が悪くて実力が認めて貰えない不遇な人。
だから私が支えてあげるんだ。そんな気持ちで日々生きている。
「やぁ、望月さん。配信上がり?」
「ええ……」
廊下で嫌な笑みを浮かべた男性社員とかちあった。
大塚晃。先輩の同期で、妻子持ちの32歳。
それなのに部下や社員に色目を使う性欲の権化だ。
私はこの男が苦手だった。
聞いてもない事をペラペラと語り、その多くが自分の自慢話ばかり。
他人へのリスペクトはせず、扱き下ろす事に一生懸命な相手をどうして好めようか?
「コレから同期を呼んでゆっくりと昇進祝いをするんだけど、望月さんも来ない?」
昇進? そう言えば成績最優秀者の発表にこの男の名前が載っていたか。
「それって槍込先輩も来るんですか?」
「ああ、槍込ぃ? 望月さん、まだあいつのこと尊敬してんの? やめとけってあんなクズのろくでなし。いまだにポーションしか作れない愚図だぜ? それに比べて俺はエクスポーション部署の主任だ。俺に乗り換えなよ」
「ダメェ、大塚主任はあたしのものなのー」
まだ社内にいるというのにこの浮かれっぷり。
まるで世界が自分中心で回ってると言わんばかりだ。
「と、まぁモテモテで困ってるよ。あんなポーションバカと付き合ってたらいつか酷い目に遭うぜ? だからさぁ」
ぐい、と腕を掴まれた。
すごい力だ。痛みに身をひるませると、その一瞬で耳元に吐息が吹き付けられた。背筋にゾワゾワとするものが走った。
「俺のところにこいよ? まとめて愛してやるぜ?」
「え、遠慮します!」
私はその男を押し付ける様にして走った。
追いかけてこないか何度も振り返って確認するが、私一人行かないところで問題ない様だった。
ここ最近のあの男の思い込みの激しさはすごい。
まるで自分こそが唯一無二と言わんばかりの他者を排斥する凄みがあった。
そして私は目的の場所に向かう。
「先輩! お疲れ様……きゃあああああああああああああ!!」
そこには頭から血を流して倒れ伏す、小太りの男の姿があった。
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