この先行き止まり

紫 李鳥

第1話

 



 私の趣味はハイキングと写真。写真と言っても、ケータイで撮った画像ですが、データフォルダには1,000枚近くが保存されています。


 と言うのも、ケータイサイトで、[フォト倶楽部]という写真投稿サークルを主催していまして、そのサークルに撮った写真を投稿しているわけです。




 その日は奥武蔵の、とある河原に来ていた。花火大会を明日に控えていたが、人気ひとけがなく、閑散としていた。


 道端の露草や家屋の庭先から頭を出している百日紅さるすべりの紅い花を撮ると、河原の周辺を散策した。


 坂を少し上ると橋があり、その脇に、【この先行き止まり】の看板がある、緩い下り坂があった。


 鬱蒼と茂る竹藪の下からは川のせせらぎが聴こえていた。


(……行き止まりだけど、下りてみよう)


 好奇心の旺盛な私は、“竹藪とせせらぎ”という被写体に魅力を感じた。


 その道の片側には古い家が数軒あり、廃屋らしき家もあった。




 突き当たりまで行くと、雑草が生い茂る空き地があり、太陽の光を浴びて黄金に輝いていた。


 戻りは、対岸の木々の陰と竹藪から覗く川の風景を、立つ位置に苦労しながら、右から左から撮った。


 私の意識はレンズの向こう側に集中していた。



 と、その時。背後に冷気のようなものを感じ、咄嗟とっさに振り向いた。


 そこにいたのは、足音もなく坂を下って行く、白いワンピースの髪の長い少女だった。


「あー、びっくりした……」


 私は思わず言葉を漏らすと、少女とは逆方向に、その道を上った。




 帰りの電車の中で、撮った30枚ほどの写真を簡単にチェックした。


 光と影のコントラストが見事に調和していて、自分で言うのも何だが、墨絵に水彩絵の具を重ねたかのように美しかった。


 青天にぽっかり浮かんだ白い雲の写真もまた、夏を象徴していて格別だ。




〈先日、埼玉にハイキングに行った時の写真です。生い茂る竹の影と川のせせらぎが涼感を演出していました〉


 サークルに投稿すると、メンバーの一人からコメントがあった。


〔わー、涼しそう。あらっ! 川の向こうに人がいますね? 白いワンピースを着た髪の長い少女が!〕


(エッ!)


 慌てて画像を確認した。


(嘘っ……)


 対岸の木の陰に確かに人がいた。


(……この子は、あの時のっ! しかし、あり得ない。なぜなら、この写真を撮った時に、背後に冷気を感じて、振り向いたらこの子が坂を下りていたのだから。まさか、一瞬にして対岸から飛び越えてきたと言うのか? ……絶対にあり得ない)


 不気味な体験に、私は身震いした。




 釈然としなかった私は翌日、【この先行き止まり】まで行った。


 その光景は、昨日と何ら変わらなかった。ただ一つ違うのは、この坂を下りるのを怖がっている自分の気持ちだった。


 私は少し躊躇ためらったが、結局、坂を下りていた。


 近所の人に話を聞くことにした私は、“児島”と表札のある一番手前の家のブザーを押した。

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