第50話:BBQ2

  BBQの食材を確保するため、川辺を離れた私は、エマとシルフくんと一緒に森の中を歩いていた。


「このあたりの森って、なんだか傾斜になってない?」

「うん、ちょっとした山だから。ここは魔物が多く生息している場所で、人里から離れている」


 今まで転移魔法を使う際には、日本から王都に移動していたが、今回は違う。


 BBQに適した場所に転移したこともあって、周囲の地形がさっぱりわからなかった。


「人里から離れているのなら、このあたりの魔物は人に悪影響を与える心配が少ないんだね」

「そうでもない。魔物同士で勢力争いをする分、生き残った魔物はかなり危険。繁殖しすぎると人里になだれ込むようになるため、警戒区域にも指定されている」

「ほえ~、危険な場所なんだ」

「うん、普通はね。年に一度は騎士団を派遣して、魔物を駆除するくらいだから」


 危険な場所だと聞かされても、エマと呑気に会話するくらいには、緊張感がない。


 この状況を可能にしているのは、風の妖精であるシルフくんのおかげだった。


「むっ。あっちに大きめの魔物がいるね。たぶん、豚の魔物のオークだよ」


 風の魔力を用いて索敵してくれるため、予め危険を察知できる影響が大きい。戦闘が初心者の私でも、奇襲されない限りは対応できるだろう。


 万が一のことがあったとしても、時の賢者であるエマが守ってくれるのだから、何も心配はいらない。


「じゃあ、作戦通りでお願いね。エマは守りに専念して、シルフくんが索敵で場所を教えてくれる。それで、私が攻撃の役割ね」

「うん、わかった」

「了解だよ」


 ゲームみたいに魔物を倒して経験値が得られるわけではないけど、一人の魔法使いとして戦いを経験してみたい。


 せっかくの風魔法の才能を腐らせるのはもったいないと思い、私は魔物に戦いを挑もうとしていた。


 最強のボディーガードを引き連れ、BBQの食材を手にしたいという貪欲な心を持ちながら。


 シルフくんの指示に従って、しばらく歩き進めると、すぐに大きな豚の魔物を発見する。


 体長が二メートルはあるであろう魔物で、普通の人間ではとても敵いそうにないと思うほど、不気味なオーラを放っていた。


 ひとまず、ちょっとだけビビった私は、エマの後ろに隠れる。


「あれが本物のオークなんだね……」

「うん。この距離で狙ったら、たぶん普通に勝てるよ?」


 今ならわかる。以前、日本で車を見た時、私を盾にしたエマの気持ちが!


 身を守るための防衛本能が働き、自然と体が動いてしまうのだ!


 しかし、私はすでに火の妖精であるホウオウさんと対峙したり、王様に敵意を向けられたりした経験がある。


 初めて見るオークであったとしても、手が震えるほどの恐怖を抱くことはなかった。


 よって、つえを持った左手を前に出して、右手に魔力を込めて後ろに引く。


 シルフくんの魔力特性ともっとも合う簡単な風魔法は――、


「ウィンドアロー」


 シューンッと猛スピードで風の矢が放たれ、一直線にオークに襲い掛かる。


 魔法の存在に気づいたオークが振り向いた時には、見事に風の矢が射抜いていた。


 グオオオオオッ ドシーンッ


 初めての狩りが無事に終わり、私は大きなため息をつく。


「ふぅー。これが動物だったら罪悪感で胸が締め付けられると思うけど、魔物だと心が痛まないね」


 目の前で返り血を浴びたり、近接武器で戦ったりしていたら、また違う感情を抱いたのかもしれない。


 安全な位置から魔法を放って、少しずつ戦いに慣れていこうと思っている。


「魔物相手に心を痛めていたら、この世界では生きていけない。どれだけ倒しても湧いてくるから、安全に倒せるなら倒した方がいい」

「でも、エマはいつも最低限の範囲でしか、魔物を倒さなくない? 率先して狩ってる姿を見たことがないんだけど」

「どこかに危険な魔物がいるかもしれないから、できるだけ力を温存している。生き残るためには、手を抜いて生活するくらいがちょうどいいって、ママが言ってた」


 確かに、エルフが長寿の種族とはいえ、危険な世界を生き続けられるとは限らない。


 二百四十年も生き抜いた経験は、エルフの中でも素晴らしい実績なんだろう。


「ノエルさんって、すごいんだね」

「うん。怒るとすごい怖い」

「ちょっと会話がズレてるけど、気持ちがわからなくないよ。優しい人ほど怒ると怖いからね」


 変な形で話がまとまると、シルフくんが倒した魔物の方に向かって走っていった。


「じゃあ、ボクが魔法で魔物を解体するよ。胡桃はあっちを向いていた方がいいかもね」

「うん。お願いね」

「任せてよ。ボクのこと、見直しちゃっても知らないよー」


 率先して魔物の処理をしてくれるシルフくんは、きっと褒められたい願望を持っているに違いない。


 最近は忙しくて構ってあげられなかったから、妖精の契約者として、今日はいっぱい褒めてあげようと思った。

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