第47話:馴染みの店、パン屋さん

 大人のどら焼きを売り込むため、エマと一緒に足を運び、いろいろな店で営業活動を行なった。


 新商品に興味を持ってくれる人もいれば、付き合いで仕方なく協力してくれる人もいる。


 困った時はお互い様ではあるものの、それぞれの店にも事情があるため、無理強いさせるわけにはいかない。


 うち以外の菓子屋さんと取引しているところもある恐れがあるので、トラブルにならない程度に協力してくれたらありがたいと思っていた。


 なお、何度も営業を重ねたエマの成長は、本当に千里の道も一歩からである。


「……ど、どうぞ」

「……どうぞ」

「……こ、こちらをどうぞ」


 うちの店でよく接客できているなーと、感心してしまうほどには、営業で話さなかった。


 もしかしたら、初めての営業で、何を話していいのかわからなかったのかもしれない。


 少しずつ外部の人と関わる機会が増えてくれば、そのうち会話のコツをつかんでくれるだろう。……たぶん。


 そんなこんなで昼頃になると、午前の最後の営業として、馴染みのパン屋さんに足を運ぶ。


 あれから何度もエマと来ていることもあり、スッカリとパン屋さんの雰囲気に慣れたみたいだ。


 店内に入ると、今日の昼ごはんを決めるため、すぐ私から離れていった。


 そして、彼女が選んだパンは――、


「今日は焼きそばパンと、メンチカツパンと、たっぷりツナマヨコーンパンにする」


 まさかのガッツリ系のパンばかりである。まるで男子高校生のようなチョイスであった。


「今日は一段とエマの好きそうなパンを選んだね」

「営業を頑張ったから、しっかりしたものが食べたい」

「そっか。いつもしっかりしたものを選んでいるのは、内緒にしておくよ」

「胡桃、声に出てるよ」


 エマに突っ込まれながらも、私はお父さんとノエルさんの分もパンも選んでいく。


 お父さんは冒険しない性格なので、毎回同じものを買えばいい。でも、ノエルさんは新しいものを食べたそうなので、できるだけ違うパンを買うようにしていた。


 日本の食文化を知ってもらうという意味でも、いろいろな種類のパンを食べてほしい。


 手軽な価格で財布にも優しいし、異世界の主食もパンで馴染み深いものなので、今まで以上にパン屋さんにはお世話になっている。


「おっ、今日のアップルパイは焼き立てだ。ノエルさんの新しい食べもの枠は、これで決まりかな」


 とてもおいしそうな甘い香りを放っていたので、私も自分用にアップルパイを買う。


 後でエマに半分あげようかなーと思いつつ、お会計に向かった。


「今日はこれでお願いします」

「はーい。じゃあ、ご用意しますので、ちょっと待っててくださいねー」


 ビニール袋にパンを一つずつ入れてくれる時間を利用して、私は営業をさせていただくことにする。


「これはいつものお願いなんですけど、今度新商品を出すので、ポスターを貼っていただいてもよろしいですか?」

「あー、そうなんですね。全然大丈夫ですよ」


 快く引き受けてくれたので、私はポスターを、エマはどら焼きの入った箱を手渡す。


 その時、信じられない光景が私の目に飛び込んできた。


「どうぞ、こちらが新商品の大人のどら焼きです」

「はーい。いつもありがとね」


 なんと、急にエマの営業スキルが開花したのである!


 ベテランの営業みたいな顔つきと言葉で、パン屋さんに新商品を手渡していた。


 千里の道も一歩からじゃなかったのか……と思う気持ちはあるものの、おそらくこのパン屋さんだけは例外なんだろう。エマにとっては、


 何度もパン屋さんで一緒に買い物をしたことで、馴染みの店という扱いになり、安心感を抱いているのだ。


 もしかしたら、パン屋さんのパンがおいしくて、勝手に餌付けされただけなのかもしれないけど。


 今後はいろいろな店に連れて回った方がいいのかなーと考えていると、パン屋さんが買う予定のないクロワッサンを手に持っていた。


「これはサービスしておくわ。いつも総菜パンしか見て回らないから、ちょっともどかしかったのよ」


 エマがパン屋さんに認識されていたとわかった瞬間である。


 金髪の可愛い女が何度も買いに来ていれば、誰よりも目立つので、当たり前と言えば当たり前ではあるが……。


「本当におまけしてもらってもいいんですか?」

「いいのいいの。この子が試食してくれると、そのパンが飛ぶように売れるからね。売り上げに貢献してもらっているお礼よ」


 確かに、エマはいつもおいしそうに試食を食べている。


 周囲の目を引き付けるようなルックスだから、そういう可能性はあるだろうなーと思っていたけど、まさか本当に起こるだなんて。


 よく考えてみれば、記憶を思い返してみても、おいしそうに試食を食べる人なんて、滅多に見ない。


 私だったら、感情を表に出さないように押し殺し、試食しても買うか買わないかを決めるだけだ。


 おいしそうに試食を食べるエマは、パン屋さんにとって、とても素敵なお客さんなのかもしれない。


「パンの神様……」

「私はしがないパン屋さんの一般人よ」


 なお、本人はパン屋さんを神様扱いしてしまうくらいには、おまけのクロワッサンに喜んでいる。パン屋さんに軽くあしらわれても、気にした様子を見せなかった。


 この分だと、エマのためにもポスターを良い場所に貼ってくれそうなので、期待は大きい。


 エマと一緒に来てよかったーと思いつつ、パン屋さんでお会計を済ませるのであった。

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