第33話:カレーうどん
みんなでテーブルを囲んだ後、エマの空間魔法から、用意してきた貢ぎ物をいくつか取り出してもらう。
「空間魔法の中は時間が止まると聞いていたので、作ってきたんですよね」
熱々の鍋の蓋を開けると、白くて長い麵、うどんが入っている。
そして、もう一つの鍋の蓋を開けると、スパイシーな香りが漂うカレーが入っていた。
その強い香りに誘われたのか、ホウオウさんが覗き込んでくる。
「食欲をそそられる香りだが、不思議な見た目をしているものだな」
「こちらは私が住む地域の定番料理、カレーうどんですね」
「ほお。異界では、こういうものが流行っているのか」
どうやらホウオウさんにも、この世界の住人ではないと、気づかれていたみたいだ。
シルフくんにもすぐ気づかれたことがあったし、さすが妖精だと言える。
「火の妖精だから辛いのが好みかなーって思ったんですけど、大丈夫ですか?」
「ああ。胡桃の貢ぎ物を受け取ろう」
「ありがとうございます」
許可が下りたので、器にうどんとカレーを入れて、先に神殿の主であるホウオウさんにお出しする。
出汁の利いたカレーの中には、刻んだネギと豚肉が混ざっており、見た目も鮮やか。
そこに真っ白なうどんが見え隠れしていて、自分で作ったものながら、とてもおいしそうだった。
しかし、大人しく座っていたシルフくんがカレーうどんを見た瞬間、表情が曇る。
「うわっ、熱そう……。ボク、熱いのも辛いのも苦手なんだよね……」
見た目通りに子供っぽくて、とても安心した瞬間である。
「はいはい、シルフくんはこっちの冷ましたやつね。甘めに作ってあるから、汚さないように気をつけて食べて」
「わーい。やっぱり胡桃と契約して正解だったね」
我ながら、シルフくんの契約者としてよくやっていると思う。
シルフくんの食事を準備している間に、ホウオウさんがカレーうどんをズズズッと口にした。
「複数の香辛料だけでなく、味わい深いコクのあるスープだな。モチモチしたこの白いものとも、相性がいい」
「白いのは、うどんというものですね。スープには、鰹出汁……海で採れたものを使って、コクを深めている影響かもしれません」
「なるほどな。これほどの香辛料に海のものを合わせるとは。貢ぎ物としては、かなり高価に感じるのだが……、大丈夫なのか?」
そういえば、アルくんと過ごした空の旅を思い返す限り、この周辺に川は流れていても、海は見当たらなかった。
そこに高価な扱いを受ける香辛料をいくつも合わさっている……と考えたら、ホウオウさんが心配するのも納得がいく。
シルフくんと契約したとはいえ、私くらいの年齢だと、無理をしていると誤解されたんだろう。
「ご心配には及びません。私の世界では、一般的な家庭料理に分類されるものですから」
「そうか。では、遠慮なく堪能させてもらおう」
ホウオウさんが食べ進める姿を見た後、食いしん坊なエマを放っておくわけにはいかないので、彼女の器にもカレーうどんをよそってあげた。
エマが大人しく待っていたのは、妖精の前だから、というわけではない。すでにカレーうどんを何度も食べているからである。
せっかく貢ぎ物として備えるのであれば、ちゃんとしたものを作ってあげたいと思い、私は密かに練習していた。
異世界から来たばかりのエマに対して、最初の食事をサラダ味のせんべいを提供したり、初めての醤油を醬油味のせんべいで食べさせたりした私は、これでも反省しているのだ。
よって、カレーうどんの食べ方を熟知しているエマに、白いご飯も一緒に渡しておく。
「ホウオウさんも足りないようでしたら、ご飯もお渡ししますよ」
「こういった食事は久しぶりだ。せっかくなので、俺もその白いご飯をいただこう」
「では、こちらをどうぞ。エマを参考にして、自由に食べてください」
エマは熱々のカレーうどんを頬張りながら、そのスープをご飯にかけていた。
おいしいのはわかるけど、よくそれだけ食べられるなと、私は感心している。
魔法でエネルギーを多量に消費するとはいえ、成人男性並みに食べていた。
「胡桃、ボクもご飯を食べるよ」
「えっ、本当に大丈夫? カレーうどんだけでも、けっこう量は多いよ」
「ふふーんっ! 妖精の胃袋を舐めてもらっちゃ困るね」
「じゃあ、ちょっと少なめにね。もっと食べられそうだったら、追加してあげるから」
意外にシルフくんは負けず嫌いなんだなー。いや、もしかしたら、これは構ってほしいサインなのかもしれない。
いっぱい食べられるから見ててよー、という気持ちから張り合っているのだ。
どうしよう。今度、日本の遊べる場所に連れて行ってあげようかな。
そんなことを考えながら、私もみんなに交じってカレーうどんを食べ始める。
すると、不意にホウオウさんの肩の黒いモヤが薄くなっていることに気づいた。
「なんだか……ホウオウさんの黒いモヤ、ちょっとずつ浄化されていっていませんか?」
黒いモヤから僅かに煙が出ているため、間違いない。
ただ、ホウオウさんは気づいていたのか、平然とした表情を浮かべている。
「妖精を浄化するには、いくつか方法がある。感謝の祈りを受け取るのもそうだが、貢ぎ物として受け取ることでも可能だ」
そういえば、シルフくんが似たようなことを言っていたっけ。
欲望の想いが込められた貢ぎ物は、妖精には適さない。前向きな気持ちで作られたものの方がいい、と。
おそらく、火の妖精と親しくなりたいという前向きな思いが伝わり、浄化の力が働いたみたいだ。
「じゃあ、料理を味わうと共に、そこに込められた想いもいただいている、っていう感じなんですね」
「その通りだ。特に貢ぎ物に関しては、浄化されたり呪われたりするため、受け取る側も注意する必要がある」
「だから、先ほどは鍋の中を覗き込んで、調べていたんですね」
「シルフの契約者である以上、問題はないと思っていたが、念のためだな。今回に関しては、たとえ無意識であったとしても、貢ぎ物にシルフの浄化の力が含まれた影響で、効果が高いんだろう。普通はここまで浄化されることはない」
なるほど。じゃあ、私なりに聖女の役割を果たそうとすれば、もっと気持ちを込めて、料理でも菓子でも作ればいいのか。
詳しい条件がもっとわかったら、ホウオウさんも綺麗に浄化できるかもしれないけど……。
肝心のシルフくんが、カレーうどんに夢中になってアグアグと食べていた。
「まあ、本来であれば、予めシルフが説明しておくべきことなんだがな」
「ボクは胡桃に聖女の役目を求めていないからね。今回はそういう契約なのさ」
その割には貢ぎ物のアドバイスをしてくれたよね、と思いながらも、せっかくなので、今はみんなと食事を楽しむことにした。
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