第27話:右手にどら焼きを、左手にもどら焼きを

 立派にそびえ立つ王城の前までやってくると、あまりにも強固に造られた建物を見て、私は圧倒されていた。


 侵入者を阻む高い城壁だけでなく、巨人でも通るのかと思わせるほどの大きな門が、威圧感たっぷりである。


 屈強な騎士が入り口を守っているし、貴族が乗っているであろう豪華な馬車が出入りしているので、変に緊張感があった。


 そしてなにより……、リアルのメイドさんがいる!


 メイドカフェで働く人とは違い、萌え萌えキュンッ、みたいなことはしてくれそうにない。


 常に誰かに見られていることを意識しているのか、ピーンッと背筋を伸ばして、まっすぐ前を見て歩いていた。


 ファンタジーらしい光景を目の当たりにして、私の胸は高まり続けている。


 そんな中、勇気を振り絞ったエマが、城門前にいる屈強な騎士に声をかけた。


「王様、いる?」


 今日、飲みに行く? みたいな軽いノリで問いかけるのは、やめてほしい。


 ノエルさんとエマ以外に異世界人と関わりを持っていない私にとっては、冷や汗が出てくるほどの行為だった。


 しかし、そんなエマの対応にも、屈強な騎士は礼儀正しく、敬礼で応えてくれる。


「本日、国王陛下は公務で外出されております」

「すぐに戻らない?」

「申し訳ございません! 本日の謁見は難しいものと思われます」

「そっか。それなら仕方ない。また来る」

「ハッ! お待ちしております!」


 屈強な騎士は、若い娘だと追い返すこともなく、可愛いエルフだと鼻の下を伸ばすこともない。


 緊張感を持って対応してくれて、とても紳士的な方だった。


 仕事のできる良い騎士だなーと思う反面、ちょっと緊張しすぎな気もするけど……まあ、いっか。


「うわー、緊張したー……」

「エマも頑張ったね。よしよし」


 胸をなでおろすエマを労いつつ、王城に背を向け、この場から離れていく。


 今日は国王様との交渉から始まる予定だったので、留守と言われてしまうと、どうすることもできなかった。


 面識もないのに言伝を頼むわけにはいかないし、王城で待たせてもらうわけにもいかない。


 異世界を楽しむ貴重な休日のはずだったのに、予定が一気になくなってしまった。


 せっかくだから、このままエマに王都を案内してもらおうかなーと思っていると、急に彼女が立ち止まる。


「こっちの世界で活動できる時間は限られている。やっぱり今日は聖域に行って、王様には後で報告しよう」


 まだ親離れしていないのに、意外にも大胆なことを言い始めるエマである。


「本当に勝手に行っても大丈夫? 万が一のことがあったら、とんでもない騒ぎにならない?」

「他国ならまだしも、この国だったら問題ないと思う。王都で開かれている祭りも、火の妖精のためにやっているから」

「ノエルさんも似たようなことを言ってたけど、うーん……私の世界の常識で考えると、けっこう恐い行為なんだよね」

「気持ちはわからなくもないけど、エルフ族としては、妖精の行動を妨げる方が無礼な気がする」

「シルフくんも、女神様の代わりに各地の妖精を訪ねてる、って言ってたから、エマの意見を否定することはできないね。世界の創造主と一国の王を比較したら、どっちの方が偉いか明白だもん」

「比較対象がおかしいと思うけど、そういう規模の話ではある」


 エマと話しているうちに、だんだんと気持ちが麻痺してきたのか、早く聖域に行った方がいい気がしてきた。


 私は創造主である女神様の使徒なんだから、一国の王様と対等に話せる地位を持っている可能性もある。


 勇者である父の威厳を見せてもらえば、最悪の事態も免れるだろう。


「万が一のときは、シルフくんにもお願いして、王様との間を取り持ってもらおう」

「火の妖精にもお願いしたら、さらに問題にはならない気がする。逆に待たせる方が失礼」


 なぜか意見が一致した私たちは、急いで王都を離れた。


 そして、見晴らしの良い平原までやってくると、エマがアルくんを召喚してくれる。


「グルルルル」


 召喚されたアルくんは、律儀にエマに頬擦りで歓迎の挨拶をした。


 そして、私のことも忘れてないみたいで、頬擦りしてくれる。


「うお~、アルくん。相変わらず羽がモフモフしているね」

「グルルルル~」


 そんな甘えん坊みたいな声で鳴いても、私は知っているぞ。君がどら焼き欲しさに頬擦りをしていることを。


 それでも、モフモフさせてくれるのであれば、私は許そう。


 さあ、頬擦りの対価を受けとるといい。


 エマが空間魔法でリュックを取り出してくれたので、私はすぐに二つのどら焼きを取り出した。


 右手には、今までと同じあま~い粒餡のどら焼きを。左手には、デカ小豆を使った大人のどら焼きを持つ。


「さあ、アルくんはどっちのどら焼きが好みなんだい?」

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