宇宙人からの贈り物、品種改良BOX。~ポンコツメカが農業で地球を救うって? いや俺はムリだと思う~

ウツロ

一章 ブラック企業から農家へ転職。ウハウハ農業生活。

第1話 じいちゃんが死んだ

「え! じいちゃんが!!」


 母からの電話を受けて驚いた。

 田舎に住むじいちゃんが亡くなったという。

 こないだ見たときは、あんなに元気だったのに。

 といっても数年前だが。


 死因は心臓発作。

 パートから帰ってきた母が廊下で倒れているじいちゃんを見つけたんだと。

 救急車を呼んだが、完全に手遅れだった。

 

「あんた、帰ってこれないの?」

 

 母が言うには、今日が親族のみの仮通夜で明日が友人知人も交えた本通夜。

 明後日が葬式だ。

 通夜はムリにしても葬式には帰ってこれないかと。

 しかし……。


「うん、難しいと思う」


 返事をしながらうつむいた。

 俺だって帰りたい。じいちゃんのことは好きだったし、子供のころから世話になってた。

 でもムリなんだ。


 俺は大学を卒業してから東京の会社に就職した。

 過疎化が進んだ地元は人が少なく、就職先もなかったからだ。

 優秀だとは言えない俺は何社も落ち、やっと今の会社に受かることができた。


 だが、入った会社はブラックだった。

 身内が死んでも休みももらえない。

 ずっと辞めたいと思っている。しかし、このご時世、ホワイトな職場はそうそう空きがでない。 

 でたところで、三流大学卒の俺では書類審査で落とされるだろう。


「ミノル、もういいんじゃない? アンタ十分頑張ったよ」


 最初は三年頑張れって言っていた母も、会社の実情を聞くうちに辞めたほうがいいと言い始めた。

 だが、やっぱり俺は辞めるのをためらってしまう。


 うちは母子家庭だ。

 母が女手一つで育ててくれた。

 俺が就職した今だって、母はパートでなんとか生活しているくらいだ。


「帰ってきなよ。アンタ一人ぐらいなんとかなるからさ」


 なんとかなるはずがない。

 たとえなんとかなったとしても、先はない。

 地元に帰ってしまえば、次の仕事は見つからないだろう。


 俺は母に楽をさせてやりたい。

 ここまで俺を育てるのに、すごく苦労したのを知っている。

 一緒に住むなら、絶対に仕事をもってないと。


 大学の学費をだしてくれたのは、じいちゃんだ。

 だから、お通夜に行けないのは本当に申し訳なく思う。


「うん、ありがと。なるべく早く帰るよ」


 仕事をやめるとは言わなかった。

 帰るとだけ伝えた。

 スマホの電源を切ると、スマホカバーのポケットに入れていた名刺を見た。


 愛山健康サービス

 販売促進事業部主任

 草刈 実


 俺の名刺だ。


 なにが健康サービスだ。

 年寄りをだまして粗悪な商品を売りつけるだけじゃないか。

 なにが主任だ。

 ブラックすぎてみんな辞めちまうから、入社二年目の俺が繰り上がっただけじゃないか。


 ゴロンとベッドに転がると、ぼんやりと天井をみつめる。

 どうにかしないと……。



――――――



「ミノル、遠いところありがとね」

「ううん。遅くなってゴメン」


 実家に帰れたのは一週間後だった。

 お通夜どころか葬式もすでに終わった後だ。

 それでも母は文句ひとつ言わず、俺を出迎えてくれた。


「お腹減ってない? そうめんあるよ。がこうか?」

「あ、うん。ありがと」


 たしかに腹は減っている。

 思わずうんと言ってしまった。

 俺が帰ってきたら母にはゆっくりしてもらおうと思っていたのに。

 けっきょく葬式も全部母にやらせてしまった。

 母は友達に手伝ってもらったから大丈夫って言っていたけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 ふうと息をつくと、実家の居間に荷物を置く。

 それから、洗面所で手を洗って、仏壇へと向かった。


 たたみと線香の匂いがツンと鼻をつく。

 懐かしい匂いだ。

 そういえば、東京に出て今日が初めての里帰り。

 じいちゃんが死んで、やっと帰ってこれたんだな……。


 仏壇に向かって手を合わせる。

 白い包みの箱の前にあるのは、じいちゃんの写真。にっこり笑って俺を見ている。


「じいちゃん、ごめん……」


 じいちゃんは骨になって帰ってきた。

 最後を看取みとることも、骨を拾うこともできなかった。

 でも、不思議と涙は出なかった。

 姿を見ていないので、どこか現実味がないからかもしれない。


 しばらく手を合わせたのち、裏口から庭へとでた。

 キレイに手入れされた庭には、一人でするにはちょっと大きな畑がある。


「たぶんあるよな」


 すぐに見つけた。畑の一角、青くニョキっと生えるネギ。

 そうめんの薬味に使うのだ。


 ……ちょっと枯れかかってる。

 ネギはところどころ茶色く変色していた。

 じいちゃんが死んで世話をする人がいなくなったからだ。

 働き者の母も、さすがに畑まで手が回らなかったみたいだ。


「じいちゃん、やっぱ死んじまったんだな……」


 遺影を見るより畑を見て、じいちゃんが死んでしまった実感がわいてくるのだった。




「おいしい?」

「うん……」


 母と一緒にそうめんをズルズルとすする。

 ネギ独特の風味と、柑橘系のさわやかな酸味が、なんとも相性がよかった。


「どうしたの? これ?」


 母に尋ねる。

 目の前には、切り刻んだ大量のネギと、これまた大量のスダチ。

 俺が取ってきたネギはいいとして、このスダチはなんだ?

 こんなに大量に買うわけがない。誰かにもらったんだろうか?


「ああ、マイちゃんが持ってきてくれたんだよ」

「え! そうなの?」


 マイちゃんは近所に住む女の子だ。

 俺が高校生の頃、よく遊んであげた。


「今年から高校生だって。早いね」


 もうそんなになるのか……。

 俺が高校生だったのは、もう十年前だ。

 たしかに十年もすれば、マイちゃんもそれぐらいになるか。


「あ! そうだ、ミノル」

「なに?」


 とつぜん母が戸棚をゴソゴソと探りだした。

 そして、一枚の封筒を取り出す。

 受け取って中を見る。


「通帳?」


 中に入っていたのは通帳だった。しかも、名義は俺。

 でも、まったく見覚えがない。


「アンタに内緒で貯めていたみたい。遺品を整理してたら見つかったんよ」


 じいちゃんが俺に?

 通帳を開いて驚いた。百万もの大金が入っていたからだ。

 コツコツ入金していたのだろう。

 入金履歴が大量にある。

 でも、出金履歴はナシだ。


 じいちゃん……。

 じんわりと涙が出た。


「でも、このお金は……」


 お金が必要なのは、この家と母だ。


「いいんだよ。それはじいちゃんがお前のために貯めたんだから。本人名義の通帳からはもうお金を引き出したよ。よっちゃんが早めにおろしておいた方がいいって言うからさ」


 よっちゃんていうのは、お通夜やら、葬式やらを手伝ってくれた人だ。

 母の友達で、マイちゃんの母親でもある。


「アンタも覚えておきなよ。銀行ってのは本人が死んだら口座止めちゃうんだって。たとえ子供だって、委任状がなければ簡単におろせないらしいよ」


 それだとたしかに苦労しそうだ。

 死んだ人間が委任状なんて書けるはずないしな。

 なんで銀行はそんなことするんだろ?

 死んだ時こそ遺族はお金が必要なのに。


 じいちゃんが死んだ悲しみ、感謝の心、銀行の理不尽さ。いろいろな思いがごっちゃになるのだった。

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