第41話

 ――時乃の執務室。


 そこでは時乃と、そのボディーガードを任されている岡山篤史を筆頭に数人。そしてそこに呼び出された理九が顔を突き合わせていた。

 時乃たちが理九を呼び出したのは、当然日門に関する情報を得るためだった。時乃の考えは何が何でも日門を引き込もうとしてのこと。


 ただその話題が出た直後に、ボディーガードの何人かが口を挟んだのである。あまりにも常識を逸した力を持つ存在を引き入れることのリスクを考えてのことだった。 

 あれほどの力を持つ存在を守護として立たせれば、ここの安全はもしかしたら地球のどこよりも安全になる可能性が高い。故に時乃が欲するのは当然の流れ。


 しかしながら、それほどの存在が素直に従うとは思えないのが数人いる。もし日門が裏切れば、それを止めることができる人間はいない。そうなれば自分たちやその周りの者たちがどうなるか分からない。恐怖政治にでもなれば、平和とは真逆の生活が強いられる。


 ただ、日門のことを良く知らない者たちだけでそんな話をしても埒が明かないと判断し、時乃が理九をこの場に呼んだのだ。


「アイツがどういう人間か、ですか」

「そうよ。あなたは彼の知り合いなのでしょう?」

「とは言いましても、アイツと出会ってまだ一カ月も経っていないんですけど……」

「それは本当?」


 理九が嘘を言っているのか定めるかのような眼差しを時乃がぶつける。もちろん理九は嘘を吐いていない。


「なのにもかかわらず、あの男はあなたと小色を身内と呼んでいる。とても不思議なのだけれど?」


 時乃の疑問も尤もだ。正直、理九にも日門が自分たちにあれほどの信頼を寄せている理由が見当もつかない。


(いや……もしかしたらってのはあるけど……)


 日門は自身が経験してきた壮絶過ぎる過去を理九たちに話してくれた。その際に拒否したり拒絶したりはせず、小色にとってはその心を受け止めるような言動をしたのだ。


 もしかしたらそれが日門に身内認定される起因だったのかもしれない。理九にしていれば、たったそれだけでと疑ってしまうが、彼にとってはとても大きな恩になったことは十分に考えられる。


 ただ、そのことを口にするわけにはいかない。彼が秘密にしていることを自分の一存で言うのは、その信頼を破ることに繋がるし、何よりも大切な妹を悲しませる行為にもなってしまうから。


 しかし何もなかったというのもおかしな話であり、時乃たちは納得できないだろう。だからここは日門の背景を隠しながらの真実を話すしかない。


「多分ですけど、何かあったとするなら、僕と小色が彼の力を見て怯えたりしなかったからじゃないでしょうか?」

「……何があったか聞かせてもらえる?」


 初めて日門と会った時。あの巨大なゾンビ犬から命を救われたことを教えた。


「……なるほど。状況は今回と似ているわね。けれどこちらは彼を見て警戒し、怯える者も少なくなかったわね」


 確かに日門によって救われた者たちばかりだが、彼の逸脱した力を見て各々の反応は違った。

 もちろん感謝しているだろう。だが人間というのは理解できないものを目にして怯えてしまうものだ。それが正常であり、自分たちを守るために必須な警戒心でもある。


 もっともそれは、黒仮面で顔を隠している日門にも非はあるかもしれないが。


「…………あなたは彼をこちらに引き込めると思うかしら?」

「それは…………無理ですね」

「断言するのね」


 日門はこちらに選択を委ねてきた。それは二つに一つ。ここを残るか去るか。彼はああ見えて現実主義的なところがある。 

 必要以上のリスクを背負おうとはしない。自分の安全を確保し、それを守るためなら冷酷にもなれる人物だ。


 もしここに残るという選択をするなら、それ以上は関わらず自分の生活だけを優先するはず。今回彼が助けに来てくれたのは事実だし、それ自体もリスクがある行為だが、少なくとも恩を感じた身内として手を差し伸べにきてくれたのだろう。


 しかしいくら恩を感じたとはいえ、これ以上ここに残る理九たちに関わるのは、彼の生活を苦痛なものにする可能性が高い。これは彼ができる最大の譲歩みたいなもの。


 このチャンスを不意にすれば、きっともう彼が会いにくることはないだろう。

 何せ彼は、異世界で数年ともにしたはずの仲間を捨てて、元の世界に戻る選択をした人物なのだ。たとえ親しくした存在がいても、永遠に別離することに対して戸惑うことはあれど、絶対にできないタイプではない。


(小色はどうするつもりだろうな……)


 ハッキリ言って理九は小色の安全を考えるならば日門についていった方が良いと思っている。彼が傍にいれば、何かあってもここよりは安全だろうから。

 しかし自分の意見よりも小色の選択を優先してやりたいと思っている。それが危険に繋がるとしても、小色が必死に考え抜いて選んだ道ならともに歩いていきたい。その道がたとえ地獄に繋がっていても、だ。


「僕や小色がいくら彼を説得しても、ここに留まることはないでしょうね」

「おい、じゃあお前はどうすんだ?」


 少し咎めるような雰囲気を持つ篤史が尋ねてきた。それも仕方ないだろう。もしここから去るなら、世話になった彼らを見捨てることになるのだから。


「それは……」


 小色の選択次第と口にしようとしたが、言葉に出ない。小色の選択を優先してやりたいという気持ちはあるが、それでも心のどこかでは、やはり安全のためにも日門を選んでほしいと思っているのかもしれない。


「どうした? 何で答えねえんだ、理九?」


 さらに追い詰めるように聞いてきた。皆の視線が理九に集まり、その答えを求めてくるが、理九も理性と本能の狭間で口が動いてくれない。

 そんな中、理九を助けるようなタイミングで扉がノックされた。


 時乃が入室を促すと、姿を見せたのは――。


「――小色?」


 そこにいたのは件の我が妹であった。



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