第32話

 折川すずねから涙ながらに話を聞いた沖長は、仮面の奥で険しい顔つきをしていた。


 そして彼女から教えられた場所へ向かってみると、確かにそこには大穴が開いている。その大穴は明らかに見覚えのあるものだった。

 一度目は小色たちと一緒に見た時、二度目はこの町を探索している時、そしてココ。


 合計三度目にしたが、どれも穴の周囲は溶解しており異臭が放っている。つまりは十中八九同生物によるものだろう。

 すずねや他の者たちから、その正体が巨大なナメクジだと聞いたが、先ほど沖長が相手にしていたナメクジとは比較にならないほどの巨躯だという。


 それこそ一軒家程度なら覆い尽くせる大きさと聞き、間違いなくゾンビ犬のような異常発達したゾンビだと推測した。

 しかし話を聞いて気になることがある。それはある程度の人間を触手で捕獲して、そのまま穴の中へと戻って行ったことだ。


(ナメクジがわざわざ退いた理由は何だ? ここにいる人間たちなら一掃できるくらいの実力はありそうなのに……)


 恐らくナメクジは獲物を確保するために現れたはず。それだけの大きさなら食べる量も甚大であろうから。なのに犠牲になったのは十人程度らしい。


(……! もしかしたら獲物を確保したら、まず安全な場所に向かって食事するタイプなのか? それとも……ん?)


 食事を邪魔されないように、巣穴に獲物を持ち込んで食べる生物は存在する。だが不意に目に飛び込んできたのは穴の奥にあった建物の残骸だ。

 アレが何か聞くと、どうやら食糧庫だったらしく、そこでピンときた。


(なるほど。身体の割に捕獲した人間の数が少なかったのも、早々に退いたのもすでに十分な食料をゲットしてたからだな)


 恐らくは巨大ナメクジとやらは地中からも食料の匂いを辿ることができるのだろう。そして食糧庫がある場所を嗅ぎ取り、その直下に穴を作って建物を落とし中を根こそぎ入手。そしてもう少し食料を確保しようと穴から出て人間を襲ったというわけだ。


(けど急がねえとな。このままじゃ小色や理九がヤベエ)


 日門はさっそく穴の中に降りようとしたその時だ。


「――待ちなさい」


 背後から凛とした声音が耳朶を打った。振り向くと、そこには他の連中と一線を画すほどにオーラを放つ女性が、屈強な男たちを侍らせながら立っていたのである。


「……何か用か? こっちは急いでんだけどな」

「あなた……一体何者なのかしら?」

「はぁ……急いでんだっつってんだろ。問答ならすべてが終わってからにしてくれ」

「おいてめえ! あんま調子乗ってっと、俺らが黙ってねえぜ?」


 男たちが怒りを露わにして今にも飛び掛かってきそうだ。


「止めなさい、篤史」

「けどお嬢、こんな怪しい奴を放置してたら……」

「さっきのを見ていたでしょう? 下手に敵対すれば、返り討ちに遭うのはこちらよ」


 どうやら日門がゾンビたちを一掃した様を見ていたようだ。

 屈強なイケメンたちは、女性の冷静な言葉により言葉を詰まらせた。


「私はここにいる者たちの主――国滝時乃よ。急いでいるのは十分承知しているわ。あなた、攫われた者たちを救いに行くつもりなのよね?」

「だとしたら?」


 するとその瞬間、その場にいた全員が目を丸くする。

 何せ、厳格そうなその女性が、怪しさしかない日門に対して頭を下げたのだ。


「お願い、彼らを助けてあげて」

「…………いいのか、そんなに軽く頭を下げて」

「彼らはもう私の家族だもの。しかし悔しいことに、あんなバケモノに対抗できる力は私には無いわ。けれどあなたなら……だからこうして頼むことしかできないわ」


 なるほど。これは偏見をしていた自分を内心で叱咤した。

 てっきり横柄な態度で接してきた上で、問答無用に襲い掛かってくるか、はたまた自分のものになれなどとほざく輩かと思ったが、存外人格的に問題はないようだ。いや、どちらかというと好感が持てる相手であった。


(そうだな。ここにいる連中の中で、誰一人辛そうにしていない。それに小色たちがいまだに世話になっていたってことは、それだけでこの姉ちゃんがまともな主君だってのは分かる)


 異世界では悪徳領主や暴君など珍しくなかった。それこそ自分を第一とし、金や権力、そして地位を欲する強さは異常なまでである。日門だって何度も辟易しながら相手をしてきたものだ。

 だからつい権力者や金持ちという輩には、あまり良い印象はないし、つい冷たい態度を見せてしまったことを反省した。


「……頭を上げてくれ。俺は小色や理九の友達なんだよ。だから助けに行く」

「! ……そう、彼女たちの」

「そのついでにまだ生きてる連中がいれば助け出すつもりだ」

「それでいいわ。時間を取らせてごめんなさい。……頼むわね」


 日門は「ああ」と返事をすると、そのまま大穴の中へと飛び降りて行った。

 穴の深さはそれほどまでではないが、下に到着すると瓦礫になった建物のすぐ傍に大きな横穴が開いているのを発見。


「ったく、相変わらず臭ぇな」


 異臭がどんどん強くなっている。できればこれ以上先に進みたくはないがそうも言っていられない。

 すぐに横穴を進もうとするが――。


「…………なるほどね。随分と用心深い奴みたいだな」


 横穴からゾロゾロと先ほど倒した程度の大きさを持つナメクジが出現する。恐らくは追っ手に対する妨害のために設置しておいたのだろう。かなり警戒心の強い奴だというのが理解できる。


「悪いけど、お前らじゃ足止めにもなんねえよ――《炎武》!」


 先と同様に両手両足に炎を纏うと、そのままナメクジの群れの中へと突っ込んでいき、ナメクジたちを瞬く間に灰と化していく。

 そうして進んでいると、少し厄介な状況が目に入ってきた。


「……分岐路か」


 そこには三つの穴が広がっており、一見しただけではどちらがに巨大ナメクジが進んでいったかは分からない。これもまたきっと追っ手対策の一つだろう。

 恐らくは正解の道の先には、奴の寝床のような場所があり、そこでじっくりと確保した獲物を食すつもりなのだ。だとすればまだ間に合う可能性は十二分にある。 


 しかし地中に張り巡らされた迷路のようなこの道程は非常に厄介だ。この先も同じように迷路になっているのだとすると、迷う度に時間を取られ気づけばゲームオーバーということも有り得る。

 日門が三つの穴を睨んでいると、フードの中からハチミツが飛び出して、一つの穴の前に立って鳴いた。


「ん? まさかそっちが正解だってのか?」

「にゃあにゃあ」

「でも何で分かるんだ? お前、小色たちの匂いなんて知らねえだろ?」


 会ったことがないから分かるはずがないのだ。


「にゃ、にゃにゃにゃ!」


 ハチミツが器用に前足で日門を指してくる。


「? ……もしかしてそっちから俺の匂いがするってか?」


 すると正解だと言わんばかりに「にゃあ!」と鳴く。


(おいおい、何でそっちから俺の匂いが…………あ!)


 そこで思い出したことがあった。それは小色たちと短い旅をしていた時に、日門が小色にあるものを授けていたことを。


「そっか。そういうことか。ウハハ、いいぞハチミツ! 案内してくれっか!」

「にゃにゃにゃ!」


 こうして道標を手に入れた日門は、小色たちを救うべく走っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る