第199話 死は救い?
それからも俺と先生の研究は続いた。
もう先生は露骨に俺に恋愛感情を示すような真似はしなくなったけれど、代わりにやたらと日本のことを聞きたがるようになった。
言語。社会情勢。経済状況。人口推移。主要産業。諸外国との関係。
一度泣かせてしまった負い目もあり、俺に答えられることはなんでも答えた。
医学からちょっと脱線してねえかこれ? と思わなくもないが、構わなかった。
気が付けば先生は、ネイティブ並みの流暢な日本語を操れるようになっていた。
今では俺から得た知識を元に、自分なりに癌細胞というものを理解しつつある。
それで導き出した結論は、
「無理」
だそうだ。
「この時代の医学では私は助からない。もしも発症したら天命と思って受け入れるさ。なに、やたらと死すべき人々を延命させたら、それはそれで大変なことになりそうだしな」
先生のこれは強がりなのだろうか。俺によくわからない。
女の人の考えていることは、俺には何もわからない。
「勇者君の故郷は、地球で最も平均寿命が長いそうじゃないか。将来大変なことになりそうだな」
「……え? なんでだよ」
「長大な寿命を誇るエルフを見たまえ。彼らの文明には進歩がない……気が付けば停滞の時代を迎え、我々人間族に圧倒されるようになった」
「だってあいつら全然子供作らないし、新しい技術にも興味示さなねーじゃん。そりゃ衰退するだろ」
「私にはそれが、日本の未来に見えるがな」
「おいおい。これでもうちの国は、地球で二番目に裕福なハイテク国家なんだぜ」
「それは帰ってみてのお楽しみというところだな」
言って、先生は不敵に笑う。振られた腹いせに俺の出身を貶してる……って雰囲気ではなさそうだ。
ある種の確信を持った、学者めいた笑みを浮かべているのだ。
「私は理解した。一つの個体が無意味に長生きするのは間違いだ。そっちではなく、虫やネズミのように短いサイクルで子孫を増やした方がいい。その方の家系には合ってそうだ」
「……人間ってそういう種族じゃないだろ……毎年双子や三つ子を産めるならともかくさあ」
「そうだな。確かに人間はそういう種族ではないな。……人間はな」
言いながら、先生はちらりと水槽に目を向ける。
そこには数ヶ月にぶった斬られた俺の下半身が培養されていて、謎めいた容器の中で元気に足をバタつかせている。
元は自分の一部だったものがこういった形で生かされているのを見るのは、なんとも不思議な気分だった。
「私は私なりのやり方で死を克服してみせるよ」
「さっき天命を受け入れるって言ってなかったか?」
「ああ。受け入れながら克服する」
「?」
いずれわかるさ、と先生は微笑む。
「いつか必ず理解するだろう……」
* * *
リリ先生との思い出は、俺にいくつものヒントをくれた。
クロエの正体。黒い髪と灰色の目を持つ、ハーフの少女。異世界の出身で、ステータス鑑定の対策を立てられるくらい召喚勇者の能力に詳しくて、日本語を話せる……。
「……俺と先生の娘?」
切断された俺の下半身と交わり、こっそりと産んだ子供。
……その解釈は色々しっくりくるのだが、一つ問題があった。
年齢だ。
クロエは現在十五歳。しかも今年で十六歳になるような口ぶりだった。
なら先生は十六~十七年前には妊娠していなければおかしいが、その時期にお腹が膨らんでいた覚えがない。
クロエが年齢をごまかしていて、実はもの凄く発育のいい十歳児だったり……いやその方が不自然か。
「どうなってんだ?」
俺は狐につままれたような思いで、街を駆ける。
目指すは港。
フィリアを打ち倒したあの場所へと、真っ直ぐに。
「……」
ごうごうと風を切る音を聞きながら、考える。
クロエは神聖剣を使えた。あいつがどんな経緯で誕生したにしろ、何かしら俺の血を引いているのは確かなんじゃないかと思う。
俺はあの少女を切り殺せるんだろうか? もしかしたら実の娘かもしれない、十五歳の女の子を。
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