第148話 さすが勇者だ、なんともないぜ
見目麗しい、十代女子からのアプローチ。
それもスキンを渡してくるなどという、あまりにも直接的な――性行為のおねだり。
並の男であれば欲望に飲み込まれ、我を忘れているところだろう。
だが俺は勇者。決して見えている罠にかかったりはしない。
「悪いがこれは受け取れない」
「……どうしてですか」
「綾子ちゃんの年齢を考えると、まだそういうのは早いだろう。仮に君が成人だったとしても、俺達は体を重ねるほど互いを知ってるわけじゃないしな。何よりジョウロみたいな勢いで穴が開けられたゴムは、避妊具としての意味をなさない。なんなんだこれ。もはや蓮コラに見えるんだが。どうしてこんなのを枕に仕込んでるんだ? 俺は君が怖くて仕方ない」
「……紳士なんですね、中元さんは……。男の人って、皆女子高生くらいの年齢の女の子が好きなんだと思ってました」
「紳士以前に、こんなの見せられたらどんなケダモノでも冷めると思う」
「……それで、中元さんが私にお願いしたい、もう一つの用事っていうのはなんでしょうか」
綾子ちゃんは穴だらけの避妊具に関しては巧妙にスルーし、話題のすり替えを試みる。
俺としてもそちらの方がありたがいので、大人しく乗っかることにした。
「人の知能を下げられるような輩が町中を歩き回ってる……って言ったら信じるか?」
「……」
小さく頷かれる。話が早くていい。
「綾子ちゃんの能力が、そいつへの対抗策になるかもしれない。だから手を貸してほしいんだが、駄目か?」
「……危ない目に遭ったりするんでしょうか」
「何があっても君のことは守るつもりでいる。でも前線に出ていくのは確かだ」
「……」
「嫌なら断っていい」
「……」
嫌じゃないです。聞き取るのもやっとなウィスパーボイスで、もう一人の大槻綾子は応じてくれた。
マンションにいる方の綾子ちゃんは二つ返事で協力してくれるだろうし、これで二人のデバフ使いと共闘できることになる。
「よし、そうと決まれば善は急げだ。今からちょっと遠出するけど、大丈夫かな?」
「……え? ……最近お母さん、夕方以降の外出にはうるさいんで、また眠らせる必要がありますけど……」
「今『また』って言ったか? 昨日の夜はまさか、おふくろさんに睡眠薬を盛った上で自分探しをしてたのか?」
「……自分探しって言い方だと、なんだか内面の問題みたいに聞こえますね。文字通り、もう一人の自分を探してただけなのに」
くす、と乙女な微笑を浮かべられても、もはや「怖い」以外の感想が湧いてこない。
やっぱりこっちの綾子ちゃんは、俺と同居している方の綾子ちゃんより過激だと思う……。
その方が好都合だから別にいいんだけど。
「……もう何でもいい。とりあえずおふくろさんを眠らせる必要はないよ。俺は人間を透明にする能力を持ってるんで、親御さんに気付かれることなく家を抜け出せる」
「……手品ですか?」
「そんなもんだ。だから安心してついてきてくれ」
「……わかりました。……なんでかがんでるんですか」
「なんでって。綾子ちゃんをおんぶするためだよ」
「え?」
「乗ってくれ」
「でも」
「乗ってくれ。何もしないから」
「……もしかして私を背負ったまま、ベランダから飛び降りるんですか?」
「よくわかったな」
何考えてるんですか、な目を向けられる。
俺の魔法やら身体能力に慣れていない人間の反応は久しぶりなので、なんだか懐かしくなる。
「……足の骨、折れちゃいますよ」
「折れない。俺の筋肉の付き具合は君もよく知ってるだろ」
「で、でも、私こう見えて結構重いですよ? 二人分の体重が足にかかったら、大変なことになりますよ?」
こう見えても何も、見るからに重そうなものが二つもぶら下がってるんだし、重くても全然意外じゃないけどな、と失礼なことを考える俺だった。
「51㎏くらいだろ? むしろ身長からすると軽めだと思うけどな。いいから気にしないでさっさと乗ってくれ。本当に俺の足なら大丈夫だから」
「……なんで知って……あ、ああー! 聞いたんですね……!? あっちの私に!」
「時間がない。深刻な被害が出る前に済ませたいんだ」
「……体重以外のデータも……聞いてるんでしょうか……」
すまん、身長もバストサイズもカップ数もアンジェリカ経由で把握済みなんだ。
恨むならあいつのお喋りを恨んでくれ。
そろりそろりと近付いてくる綾子ちゃんを横目で観察しながら、より姿勢を低く調整する。
【大槻綾子がパーティーに加入しました】
システムメッセージが視界を横切り、背中に重みがかかる。
「……んっ……」
頼りない動作で、白い腕が肩に回ってくる。
「軽いな。これなら羽が生えてるようなもんだ」
「……気を使わなくてもいいです……」
「本当だって。こんなの荷物のうちに入らない」
左手を後ろに回し、綾子ちゃんの腰を支える。
より二人の距離は縮み、がっしりと密着した状態になる。
「――!」
そこである問題に気付く。
リオをおんぶして権藤の事務所に行った時はそこまで気にならなかったが……。
これは……。
綾子ちゃんの体型だと、胸の感触が背中に思いっきり伝わってくる。
むにぃぃぃぃ……!
という、弾力による暴力。さすがはEの87といったところか。しかもアンジェリカ曰く、もうじきFになろうとしてるってんだから手に負えない。
「……」
「中元さん?」
「……鎮まれ……」
「中元さん? あの、やっぱり重かったんですか?」
「なんでもない。ちょっとした儀式みたいなもんだ」
俺は空いている方の右手でドアを開けると、ベランダに放置していた靴に足を通した。
そのまま隠蔽魔法をかけ、そして――跳んだ。
ぶわりと風で舞い上がる、二人の髪の毛。
重力は急速に俺達を吸い寄せ、地面へと叩きつける。
人間二人分の質量と、落下によるエネルギーが俺の脚に襲いかかる。
が、こんなものでダメージを受ける体なら、勇者なんぞ務まらない。
「な。なんともなかったろ?」
「……嘘」
耳元で驚愕の声を発する綾子ちゃんに笑いかけながら、俺は走り始める。
向かう先は、駅前のファッションホテル「アマリリス」だ。
そう。
以前アンジェリカと一緒に利用した、あのラブホである。
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