第15話 物理を伴った説得

 二階に上がってすぐのところに、社長室と書かれた扉があった。襲撃を警戒してか、材質は金属だ。

 ドアノブをひねるも、錠がかけられていて開かない。

 やむを得ず、殴って腕を貫通させる。内側のドアノブに手をかけ、鍵を外す。


 威嚇も兼ねてのパフォーマンスだ。

 これで力の差を理解して、大人しくしてくれるとありがたい。


 ゆっくりと扉を開ける。

 まず目に入ったのは、革張りのソファーだった。


 視線を横に向けると、一人の男が座っている。

 黒いスーツを着た、長身の男だ。

 完全に顔色を失っているが、本来なら下の連中より強面だろう。

 とにかく嫌な目をしているのが印象的だ。

 粘土にカッターナイフで切り込みを入れたような、細くつり上がった目。ネズミや野良犬にも似た、卑しい光がある。


 年齢は四十代前半くらいだろうか。

 リオが言っていたように左手の小指もないし、この男が権藤に違いあるまい。


「さっきの見てたろ? 猫が障子を破って遊ぶみたいに、金属扉でもバリバリ破っちゃうんだ俺は。早いとこ降参しろ」

「……ふざけんな。てめえ何本ヤク打ってる? どんだけドーピングすりゃこうなるんだ?」

「お前が権藤だな」


 だったらなんだよ、と権藤はぶっきらぼうに答える。


「斎藤家のご長男を回収しにきた。あとな、妹の方にはもう手を出すな。母親とは別れろ。あの家からは身を引け」

「てめえ、あのガキどものなんなんだ?」

「お前こそなんなんだ? リオをいかがわしい目で見て、あげくキングレオのことは半殺しにしてよ。恥ずかしいとは思わ……やべえ、これどっちも俺に対してブーメランだわ」

 

 大変な事実に気付いてしまった俺は、ボロが出る前に実力行使に躍り出る。

 権藤の襟を掴み、凄みを利かせる。


「俺の言うこと聞けるよな?」


 身体能力は直に見せつけたのだから、従ってくれるだろう。

 どんなクズでも、暴力など振るわずに済むならそれが一番いい。


「ああ、聞く聞く。もう斎藤家には行かねえよ。これでいいんだろ?」

「……俺にスタンガンくっつけながら言うセリフかねえ、それ」

「ひ、ひひ。ひひ。油断した! 油断した! 油断しやがった! はっはあ! ざまあみやがれ! ひゃはははははははは!」


 権藤は狂ったように笑いながら、何度も俺の体に電流を流してくる。

 バヂヂヂヂ、と鈍いスパーク音が聞こえる。


 一つ訂正しておくと、俺は別に油断したわけじゃない。

 こいつはさっきからずっとポケットに手を突っ込んで、ゴソゴソやっていたのだ。

 何かしてくるのは簡単に予想出来た。


 でもその「何か」を俺が黙って食らって、その上でけろりとした顔を見せたら?

 もっと話し合いがスムーズに進むかもしれない。そう判断したのだ。

 

「……なんだこりゃあ? てめえどうして動けるんだ? 俺は悪い夢でも見てんのか? ひひ、ひひひ」

「俺、物理防御より魔法防御の方が高いんだよ。電撃や火炎は一番効かない」


 無属性の大火力でブン殴る。それ以外に俺にダメージを与える手段はないだろう。

 そんなゲーム風の解説をしたところで、こいつには何も伝わらないだろうけど。

 

「ヤクだ……俺はきっとヤクで飛んでるんだ今……。ひひっ、ひひひ」


 下卑た笑いを浮かべながら、権藤はソファーから転げ落ちる。

 四つん這いになって移動して、部屋の隅に転がっていた寝袋に近付く。

 権藤がジッパーを開けると、中から出てきたのは血まみれのキングレオだった。

 

「このガキを助けに来たんだろ!? なあ!?」


 権藤は付近に飾ってあった日本刀を引き抜くと、キングレオの首筋に当てた。


「少しでも妙な真似してみろよ? こいつの首すっ飛ばしてやっからな」


 背後から足音が聞こえる。

 顔だけで振り返ると、ライフル銃を抱えた男達が部屋の前に集まっていた。

 全部で四人。つまり銃口も四つ。

 挟まれた形だ。

 

 俺が撃たれたところで問題はないが、跳弾がキングレオに当たると不味い。

 魔法で回復は出来ても、絶命に至った人間を蘇生させるのは不可能なのだ。

 かといって権藤も放置しておけない。

 それを防ぐには?

 前方の権藤と後方のライフル、双方を同時に処理しなければならない。


「おいおいどうするよスーパーマン君。形勢逆転だな?」


 権藤は楽しくてたまらない、という顔で目を細めた。

 ただでさえ糸のような目が、さらに切れ込みじみたものになる。

 

「やめておけ。お前、リオに気に入られたいんじゃないのか? 兄貴を殺したら、一生あいつに嫌われるぞ。連れ子に懐かれない継父って辛くないか」


 俺の言葉に何を思ったか、権藤は涎を垂らして高笑いし始めた。


「……そうかてめえ、リオの知り合いか。あいつに頼まれたのか? あの糞ガキに! もうヤらせて貰ったのか!? ああ!? 連れてこい! あいつ連れてこいよ! すっ裸でここまで来て、俺のペットになれって伝えてこい! 芸の覚え方次第じゃ、大好きなお兄ちゃんは見逃してやるよってな!」


 けたたましい笑い声が響く。

 いくらヤクザにしても、品がなさすぎるように感じる。

 こんなのが本当に、犯罪組織とはいえボスをやれるものなのか?


 薬でも打ってるのかもしれない。

 それらしいことも言ってたしな。

 

 なら痛覚も鈍ってそうだ。加減なんて必要ないだろう。

 俺は魔力を四肢に流し込み、スキルの起動準備に入る。


【勇者ケイスケはMPを2000消費。二回行動スキルを発動】

【180秒の間、一ターンに二回の行動が可能となります】


 機械的なシステムメッセージが目の前を流れていく。

 同時に複数の敵を処理する時は、これに限る。


「リオ連れてこいよ! リオをぉ! さっさとよおぉ!」


 権藤が吠えた直後、俺は動き出す。

 二回行動は、素早さを引き上げるタイプのスキルとは少し違う。


 どちらかといえば、世界のルールに干渉するという方がしっくりくる。

 俺は一度の思考で、二回の行動が可能になる。魔力と引き換えに、そういう取り引きを交わす。

 契約は機械的に遵守される。


 俺が「権藤の腕をねじ切りたい」と「背後の男達を無力化したい」と考えると、その通りになる。

 俺自身の主観では、深く踏み込んで手刀を放ち、権藤の腕を切断しただけ。

 だがそれと時を同じくして、後方から無数の悲鳴が上がる。ライフルが破壊される音が聞こえる。

 一瞬遅れて「俺はあちらにも攻撃を加えていた。ライフルは踏んで壊した」という記憶が発生する。


 まるで透明の分身が現れて、「俺がしたかったけど諦めた方の選択肢」をこなしてくれたかのよう。

 分身は仕事が済むと俺の中に戻り、記憶も経験も持ち帰ってくる。

 二回行動を使っている時の感覚は、こうとしか言いようがない。

 物理法則を捻じ曲げたスキルというのは、人間の認知能力を超えてしまうのだろう。

 

「あ……?」

「な、んで……?」


 全く同時に二方向から攻撃を加えられたヤクザ達は、呆然とした顔で倒れていた。

 俺は寝袋からキングレオをひっぱり出すと、権藤に語りかける。


「そこで見てろ。俺は壊すだけでなく、治す方もばっちりだ」


 腫れ上がったキングレオの顔に回復魔法をかけると、見る見る元の輪郭に戻っていく。

 パンパンに膨れ上がっていた頬はすっきりとしたラインになり、シャープな印象を取り戻した。

 その鋭い雰囲気だけは、リオに似ていると気付かされる。

 

 俺とヤクザの視線を浴びながら、妹想いのライオン小僧は静かに目を開けた。


「……ゲーセンのおっさん……?」


 なんであんたがここに、とキングレオは消え入りそうな声で聞いてくる。


「妹さんに感謝しろよ。兄貴を助けてって頭下げてきたんだぞ」

「……俺、おっさんのことボコろうとしてたろ……なのに来たのか……?」

「頼まれたからな」

「……まじ、ぱねえ……」

「それにお前はまだガキだ。そこのいい歳してヤクザやってる連中より、まだ更生の余地があるだろ。生きて帰ってヤンキー止めなきゃ駄目だ」

「……はんぱねえ……」

 

 ガクリと首を落としたキングレオの口元は、「ぱねえ」と言いながら笑っていた。

 語彙は貧相なようだ。


「さあ権藤さん、わかっただろ? 俺はくたばりかけの人間でも治せるんだ。そのもぎ取られちまった右手だって治せるが、どうする?」

「……あ……が……治して、……な゛お゛し゛て゛……」


 慈悲をかけられたと思ったのだろう。媚びるような目で、権藤は擦り寄ってくる。


「なおして……手、俺の右手……なおして……、なおして……」

「お前何か勘違いしてないか?」


 俺は権藤の切り離された右手を、拾い上げながら言う。


「今からお前を瀕死になるまで破壊して、再生させる。また破壊し、再生する。これを繰り返すことだって出来る」


 権藤はついに口から泡を吹き、ガクガクと痙攣し始めている。

 恐怖からくるものなのか、薬の発作か何かなのか。

 見るに耐えない。さっさと終わらせよう。


 俺は権藤の髪を掴みながら、至近距離で諭す。


「俺の言うこと聞いてくれるよな?」


 ブンブンと首を縦に振る権藤からは、もはや戦意も狂気も感じない。

 ただ俺に従うだけの犬、奴隷だ。


 斎藤家には手を出さないこと。

 警察には連絡しないこと。

 返り血だらけな俺の着替えを用意すること。

 もし駅前のラーメン屋『赤龍堂』で食事してる時に、皿を割る音と店長の怒鳴り声が聞こえたら「そのへんにしといてやれや店長!」とヤジってやめさせること。


 必要な要求をかたっぱしから飲み込ませると、俺はヤクザどもを魔法で治療してやった。

 殺すくらいなら子分として利用した方がマシだ。


 キングレオに肩を貸しながら歩き、事務所の外に出る。

 堂々と正門からのお帰りだ。


「レオ! 中元さん!」


 泣き笑いのリオに出迎えられて、俺のミッションは終わった。

 頭の中でファンファーレが鳴り響き、膨大な量のテキストメッセージが目の前に浮かび上がってくる。


【中元圭介は戦闘に勝利した!】

【EXPを226獲得しました】

【スキルポイントを15獲得しました】

【ユニークスキル「父性」の性能が強化されました】

【パーティーメンバー斎藤理緒の、中元圭介に対する感情が「興味、憧れ」から「恋慕、欲情」に変化しました】

【斎藤理緒の好感度は、性交渉及び婚姻が可能なレベルに到達しました】

【斎藤理緒を配偶者に指名しますか?】


 お前いい加減にしろよ、と俺は人差し指で連打してウィンドウを消していく。

 リオの熱っぽい眼差しは、見ないふりをした。

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