第14話 異世界勇者のチート無双

 俺とリオは、権藤の事務所に到着していた。

 正門から少し離れたところに二人で立ち、建物を見上げる。

 簡素な作りをした、二階建てのオフィスである。それ自体は常識の範囲内だ。


 しかし周囲をぐるりと取り囲んだコンクリートの塀が、カタギの人間には不要な防衛力を主張している。

 

 閑静な住宅街にねじ込まれた、物騒な異物だ。

 少しだけダンジョンと空気が似ている。

 こういった危なっかしい施設を攻略するのは、勇者のお仕事だ。


 やるか。


 俺は門の前に進むと、手をグーパーして突撃前の精神統一をする。

 そんな俺の隣に、平然とついてくるリオ。

 おい。


「いくらなんでもこれ以上は許容できない。外で待っててくれ」

「なんで? あたし血とか平気だし。それとも女は下がってろってこと? 古くない?」

「古いとか新しいとかじゃないだろ」

「あたしだっていざとなったら噛み付くくらいはできるし、今って他人からは見えなくなってるんでしょ? なら問題ないじゃん」


 リオの姿が見えているかどうかは関係ない。

 相手は極道なのだ。銃を持っているなら、流れ弾がリオに当たりかねない。


 お前のためを思って言ってるのに、なぜわかってくれないんだ。

 余計な手間をかけさせるな、とつい語気が荒くなってしまう。


「黙って外で待ってろ! 大人の言うことは聞け!」


 戦闘前なせいか、俺も少し気が立っているようだ。

 上から目線すぎたか? 怒ったか? 

 そっとリオの顔色を伺うと、なぜか赤くなって身震いしていた。嬉しそうにも見えた。

 

「はい」


 と妙に甲高い声で返事がくる。


 ……見なかったことにしよう。


 大抵の女子がイラッとくる言い回しだったはずなのに、好感度を稼いだ手応えがある。

 蹴り飛ばした犬にパタパタ尻尾を振られたら、「かわいい奴め」より「狂犬病かな?」が先にくると思う。

 

 まあでも、まだほんの一回だしな。ノーカンだノーカン。

 リオはきっと兄貴をさらわれて、一時的に情緒不安定になっているのだろう。

 そう思いたい。そうじゃなくてもそう思いたい。


 俺は咳払いして気を取り直すと、塀を飛び越える。

 いよいよ事務所へと侵入だ。


 恐怖を与えた方がいいだろうと考慮し、隠蔽を解除する。

 監視カメラがこちらを向いたので、光球弾ライトボールの魔法を放った。

 バリンとレンズの割れる音が鳴り、ショートした回路からは白い煙が上がっている。

 

 映るのを恐れたのではない。むしろ逆だ。

 映像を監視しているだろう連中に対して、開戦の狼煙を上げたのである。


 窓ガラスを蹴り破り、ずんずんと奥へ進んでいく。


 やっぱりパンチパーマの男達が、拳銃片手に飛び出してくるのだろうか。

 そんなレトロな想像をしていたら、廊下の向こうから二人の男が出てきた。

 冬だというのに浅黒く日焼けした、中年男。右が太っちょ、左がのっぽ。


 どちらも人相が悪く、ラフな服装をしている。

 髪型は残念ながら、パンチパーマではない。


「なあ兄ちゃんよぉ。これは鉄砲玉のつもりかい?」


 しゃがれた声。加齢で枯らしたにしては、不自然なまでに金属質な声質だ。

 日常的に大声を上げていないと、こうはなるまい。

 ヤクザが叫ぶ場面なんて、恐喝が主だろう。

 ろくでもない生き様が、顔にも声帯にも影響を及ぼしている。


「権藤を探している。どこだ」


 俺の問いかけに対する返答は、顔面への右ストレートだった。

 恰幅のいい方の男が、いきなり殴りかかってきたのだ。


 めきゃっ、と嫌な感触がする。

 俺を殴った拳が、硬さ負けして砕けたのだろう。

 俺の防御力は45680。鋼よりも硬いのだ。

 服の上からならともかく、直に顔を殴るなんて自殺行為だ。


「手は大事にしろよ。ヤクザにとっては商売道具だろ? 指詰めるのに使うだろうが」

「が……ぐ……」


 巨漢のヤクザは、右手を押さえてうずくまった。

 肩を震わせ、滑稽なうめき声を漏らし続けている。


「……なんだ? こいつ」


 長身の男が、懐から拳銃を取り出した。いよいよ凶器のお出ましだ。

 銃器に興味のない俺には細かいことなどわからないが、硬いものに撃ったら跳弾とかあるんじゃないか?

 

「よせ。人間相手を想定した武器なんて俺には効かない。怪我をするのはお前らだ」

「顔になんか仕込んでんのか?」


 人の話、聞けよな。

 パンパンと乾いた射撃音が響き、俺の胸部に弾丸が撃ち込まれる。

 それら全てがあらぬ方向に弾き返され、床や天井に当たった。

 弾は複雑な機動を描いて跳ね返った末に、ヤクザ連中の肩や膝を貫く道を選んだようだ。


「ぎゃあああああっ!」

「……俺が手を下さずとも、お前ら勝手にやられていくな」


 倒れ込んだのっぽの男に、もう一度質問をする。


「権藤はどこだ?」

「……くたばれボケが」


 今時珍しい、任侠道を感じさせる言葉が返ってくる。

 親分はそう簡単には売らねえからな、という心意気か。感心なものだ。

 異世界のデーモンどもは、今みたいな状況になったらペラペラ機密情報を喋ってきたぞ。


「仲間意識は嫌いじゃない。見上げた根性じゃないか。お前は悪いようにしないから、権藤の居場所を教えてくれ」

「……てめえにもし女の家族がいるなら、さらってシャブ漬けにして、風呂に落としてやる……一生日陰もんの売女だ……覚悟してろよ……」

「せっかく感心してたのに、最低の脅しがきたな」

 

 男の膝を思い切り踏みつけて、粉砕する。


「あがあぁっ!」


 俺は皿を割るのが大得意だ。ラーメン屋の中華皿も、膝の皿も。

 

「自分が大切にしている人を狙われるのって、嫌いなんだよ。なんでかっていうとな。それをされると、相手を必要以上に殺してしまうからだ。残忍な振る舞いをしている時の自分は、好きじゃない」

「あがぁ……がぎ……ぐぁ……」


 パクパクと口を開けて苦痛に悶える男の鼻面に、指先を近付ける。

 火炎魔法ファイアを唱え、爪の先に炎を灯す。

 

「目を焼かれるのは苦しいぞ。さっさと言え。権藤はどこだ?」

「……」

「少し火力を上げるか」

「社長室! 社長室にいる! この先を進んで、左に曲がれば階段がある。上ればすぐ見えてくる」

「やっと口が回ってきたな。権藤は高校生くらいの少年を担ぎ込んでこなかったか? 金髪でピアスだらけで、目つきの悪い小僧だ」

「……そのガキなら権藤さんと一緒だ」


 やれば出来るじゃないか、と男から指を離す。

 教わったルートを進み、社長室へと向かう。


 途中、ドスを持った男が突進してきたので、反射的に殴ったら真上に数メートルほどふっ飛んでいった。

 頭が天井に突き刺さり、プラプラとぶら下がっている。

 悪趣味なてるてる坊主とでも言うべき状態だ。

 死んでないといいのだが。

 怨念の力で永遠に晴れの日にする、みたいな効果が発生したら嫌だからな。

 

 俺は揺れる天井の前衛芸術に目をやりながら、階段を上る。

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