異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに
高橋弘
第一章 落ちぶれた勇者
第1話 勇者の末路
俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。
他にやりようがあっただろうに、よりによって最悪の道を選んだ。
そうさ、確かに俺は世界を救ったよ。
史上最強の勇者とまで呼ばれた。魔王なんて片手で殺せたさ。
でも、失ったものがあまりにも多すぎた。
だからこれは、俺に下された罰なのかもしれない。
* * *
今日も俺は、店長にネチネチと叱られながら皿を洗う。
ノロい、いつまでやってんだ、と言われるうちはまだマシな方。
「ほんっと使えねーのなぁ
「すいません」
「これだから元引きこもりはよ……。なあ? お前みたいな奴が親を殺すんだろうな? 家族会議の後で、ブスッとやってよう」
店内の全員に聞こえる大きさで、嫌味を吐かれる。
引きこもり、か。
否定はしない。
履歴書の空白期間を見れば、誰だってそう解釈するだろうから。
俺の経歴はちょっと、いやかなり独特なのだ。
なんと十五歳の時、異世界に召喚されたのである。
いわゆる中世ヨーロッパファンタジー風の、剣と魔法の世界にだ。
しかもゲームっぽいシステムのある、妙な時空。
俺はその地で、十七年もの月日を過ごした。
十代も二十代も冒険に捧げ、気が付けば三十二歳になっていた。
長い旅路の果てに、ようやく魔王を打ち倒したのが去年の話。
それで何が起きたのかといえば、日本への転送である。
もういいです、お疲れ様でした。勇者は故郷へ帰るべきです。
大体そんな風なことを言われ、ポイッと日本に返された。
あっけないにもほどがある。
はじめのうちは、夢かと思ったくらいだ。
当然、突如として自宅前に現れた息子を見て、両親はすこぶる驚いていた。
そりゃそうだ。
ずっと失踪してた我が子が十数年ぶりに顔を見せたら、飛び上がるのが普通だろう。
「あんた生きてたの!?」とでも言われるのかと身構えてたら、母親から出てきた言葉は「あんたいつ外出たの!?」だった。
まあ、そういうこと。
神官どもは俺を日本に送り返す前に、記憶の整合性を取るだのなんだの言っていたのだ。
俺が異世界で様々な冒険を繰り広げていた年月が、こちらの世界では「自宅に引きこもってた」という認識に改変されたらしい。
俺の頭の中はそのままで、周りの人々の記憶が弄られたのである。
どうやったのか知らないが便利……いや、余計なお世話だったかもしれない。
だってそれで出来上がった俺の経歴は、
『
なのだから。
まともな仕事なんて、見つかるわけがない。
日本に戻されてからもうすぐ一年になるが、アルバイト先を転々として過ごしている。
今はこうして、駅前のラーメン屋で下働きの身だ。
異世界にいた時は、聖剣でオークとかスライスしてたのにな。あの豚人間をスパスパとだ。
それが今じゃあ、中華包丁で
確かに豚を切るのは得意だけど、こうじゃないって。
時々、俺は気が触れているんじゃないかと考えたりもする。
俺は長い幻覚を見ていたんじゃないかと、自分が疑わしくなってくるのだ。
勇者やってたなんてのは全て妄想で、本当の俺は実家でずっと眠ってたんじゃないかって。
でも俺の視界には相変わらずステータスウィンドウが浮かぶし、魔法も使える。
その気になれば、指だけでトラックを持ち上げたりもできる。
スキルも身体能力も、異世界時代と何ら変わらない。
俺は至って正気で、勇者のままだった。
どうせなら一般人並に弱体化した上で、送り返してくれればよかったのにと思う。
今の俺は力が強すぎて、加減が難しいのだ。
常人の範囲内に収まるよう注意を払うと、とんでもなくぶきっちょな動きになったりする。
おかげで皿を落として割りまくる、ドジっ子店員の誕生だ。
可愛い女の子ならともかく、三十過ぎのおっさんでこれは許されないだろう。
カテゴリが俺の「所有アイテム」になっているものならば、強化付与の魔法をかけることが可能なのだが。
魔法で耐久度を上げてやれば、俺の馬鹿力で扱っても壊れなくなる。
自分の持ち物はそうしているのだが、店の食器は店長の所有物扱いだ。
なので強化出来ず、この有様。
家の外に出た俺は、迷惑な壊し魔でしかない。
どの仕事も長続きしない。
今の俺には、何もない。かつての英雄の威光など、欠片だに残っていない。
社会の底辺。
けど、それでよかった。
なぜなら俺は、罪人だから。
俺があちらの世界でしたことを考えると、永遠に償い続けなければならないのだから。
――勇者様、本当にこれで魔王を倒せるのですね。私達の命は、無駄にならないのですね。
頭の中で響き渡る声に謝りながら、俺はこの日の仕事を終えた。
割った皿は二枚。今までの最小記録だ。
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