魔女の劇場 ~魔法を信じられなくなったあなたへ~
希依
プロローグ
“蒼”がどこまでも広がっていた。
全然眩しくないはずなのに思わず目を眇める。
何もかも吸い込むようにキレイなのに、そこにたどり着くことは決してない。
…………ああ。
目を閉じると深くため息をつく。それともため息をついたのが先だったか。
けれど、知っている/だから、わかっている
『私』を包んでいるのも“青”だということを。
“青”が嫌いだったわけじゃない。
でも、世界があまりにも青いから私は逃げた。
―――上へ、―――上へ、―――上へ。
水を一回掻くごとに指の水かきが小さくなった。
翠玉色に煌めく尾は左右に振るたびに役立たずの棒のような何かに変わっていく。
冷たい水を吸い込むたびに喉は焼け爛れ、懐かしい歌は失われた。
『私』は透明な世界に憧れていた。
そこに行けば、永遠になれると思ったのだ。
…………ああ、なんて醜いのだろう。
『私』は透明にはなれなかった。
『私』は永遠にはなれなかった。
『彼女』のようにはなれなかった。
ここは海と空の境界。
どこまでもどこまでも
この蒼と青が向かい合う『合わせ鏡』の間で『私』は漂う。
永遠ではない、このアオがいつか色褪せるまで―――。
0
あなたは魔法を信じていますか?
そう、あの魔法です。灰を被った女の子をチチンプイプイとキレイなお姫さまに変え、アブラカダブラとランプの中から何でも願い事を叶えてくれるアレですよ、アレ。
おほん。質問をちょっと変えましょう。
あなたは魔法を信じていましたか?
あなたがうんと小さかった頃、もしかしたらほんの少し前まで? きっと信じていたはずですよ。まあ個人差はあるでしょうけどね。
実はですね…………魔法は本当にあるんです。
ちょちょ、ちょっと待って!? 本を閉じないで!
これは決して“必ず儲かる話”でもなければ“カミサマのお話”でもありませんから! あととても可哀想なものを見るような顔で私を見ないように!
もちろん魔法なんてものはどこにでもあるわけじゃありません。
そもそもの話、現代社会の進化したテクノロジーとかつての魔法の境界はとても曖昧になっています。AIに語りかければ「世界で一番美しい人」は教えてくれるでしょうし(正解かどうかわかりませんが)、勝手に掃除してくれる魔法の箒だって今じゃ当たり前です。カボチャの馬車もアメリカの地方都市ではもう実用化されているそうですね。おっと、話が少し逸れました。
では、魔法は世界のどこに存在するのでしょう?
それは劇場の中に存在します。
舞台や演劇が素晴らしいという意味ではありません(もちろん素晴らしいですよ)。文字通りの意味で本物の魔法が存在する劇場がこの世界にはあるのです。
その場所を知っている人たちはそこを「魔女の劇場」と呼んでいます。
魔法を使えるのはもちろん魔女。
かつて世界から追放された魔女たちは苦難の歴史と放浪の末に劇場の舞台の上で魔法を使うことを選びました。
魔法の効果時間はたった数時間。
ある魔女の舞台ではあらゆる苦痛を忘れ、
ある魔女の舞台では全ての観客が主演女優と情熱的な恋に落ち、
ある魔女の舞台では大切な人と再会できる。
言い伝えによれば歴史上最も優れた魔女は過去の因果すら変えることができたとか。
どうです? 興味がわいてきませんか?
「魔女の劇場」は魔法のチケットさえあれば誰でも入場することができます。
チケットの入手は別に難しくありません。
お金も特別な才能も必要ありません。
魔法が本当に必要の人のもとに魔法のチケットは自然と届くのです。
あなたがもしポストのなかに差出人のない新緑色の封筒が届いたら決して捨てずに開封してくださいね。封筒の中に翡翠でできたチケットがあるはずです。あとはそのチケットがあなたを劇場まで導いてくれるでしょう。
この世界にはあなただけの魔法が必ずあるんですよ。
おっと、肝心なことを忘れていました!
私の名前は『
これから話すのは、とある「鏡」の魔法とその魔法にまつわる魔女と人間たちのお話。ウソのようで本当にあったお話。
さて、大変長らくお待たせいたしました!
まもなく魔女の劇場の開演です!
今夜の演目は―――《"The Little Mermaid"》―――水面の彼方をユメみた一人の女の子の物語です。
あなたに素敵な魔法との出会いがありますように!
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