第185話 唐揚げ
帝都の城下町にある居酒屋「村くるな」。
この時間帯ともなれば、客の入りは八割ほどで、活気に満ちていた。
酔客たちは、浮遊する聖王城の話題と、間もなく開催される武闘大会について熱く語り合っている。
「おい、知ってるか? あの聖王城、本当に浮いてるんだぜ!」
「見た見た! まるで空に浮かぶ宮殿だ! 勇者の威光ここにありって感じだな!」
「それだけじゃないぞ。武闘大会には、"ソードマスター"アデル隊長も出場するらしい!」
「それより、タイラ副長の牙連撃がまた見られるかもしれないぞ!」
噂話に花が咲く中、居酒屋の隅で黙々と帝都名物の唐揚げをつつく男がいた。
魔王サイトゥ。
彼は数時間前、浮遊する聖王城から逃げ出してきたばかりだった。
いや、正確には「逃げさせてもらえた」のだ。
割と最近はサイトゥの行動は自由である。
それは、サイトゥが常に自分を見ている視線を感じていたのが理由の一つであろう。
城からは、シロとクロ──彼に付き従うペットなのか娘なのかよくわからない、死の妖精たちによって、まるで荷物のように抱えられ、帝都の地へと降ろされてきた。
唐揚げをひとつ口に放り込み、深くため息をつく。
その特徴のない、モブ顔猫背の男は見事に居酒屋のモブとして溶け込んでいた。
(・・・面倒ごとに巻き込まれたな)
唐揚げの衣のカリカリとした食感を噛みしめながら、彼は憂鬱な気分を隠しきれなかった。
そして、その「面倒ごと」が、今まさに居酒屋の入り口から歩み寄ってきていた。
──ガタッ。
店内のざわめきが一瞬止まる。
居酒屋に足を踏み入れた二つの影。
一人は、黒髪を持つ帝国騎士団の精鋭、"ソードマスター"アデル。
そしてもう一人は、彼の妻であり、虎の獣人である"猛牙の疾風"タイラ。
彼らは騎士団の平服を纏っていたが、そんなものは関係なかった。
帝都で彼らを知らぬ者はいない。
客たちは興奮混じりの囁きを交わしながら、二人の動きを注視する。
──そして、二人の視線の先には、唐揚げを食べるサイトゥがいた。
「なぁ、アデル……」
「わかっている」
サイトゥの隣でアデルとタイラは彼を囲むように腰を下ろす。
サイトゥは無言のまま、唐揚げをひとつ持ち上げ、口へ運んだ。
(・・・ああ、これはまずい)
ただでさえ面倒だというのに、最悪の相手に目をつけられた。
目標として個別に殺すならサイトゥでも、アデルとタイラを殺せる。
だが、正面きって戦うとなると、2人はサイトゥの力量をはるかに凌駕する。
ましてや、2人同時に相手など、サイトゥには万が一にでも勝機がない。
ただ、それはシロとクロを使わない条件ではあるが。
「君を見つけたのは、タイラだよ」
アデルが口を開くと、タイラが誇らしげに胸を張った。
「俺の目は良いんだ。空から降りてくるお前を見逃すわけがない」
サイトゥは唐揚げを咀嚼しながら、心の中で毒づく。
(余計な才能を持っていやがる)
そして、彼らの要件はこうだった。
「アンナ隊長に取り次いでくれ。会いたいんだ。」
サイトゥは咳き込みそうになったが、なんとか平静を装った。
「アンナ様でゲスか? えへへへ、俺はただの下っ端でゲシて、そんなお方と話ができるような立場じゃないでゲスよぉ・・・へへへへ」
サイトゥは精一杯、腰を低くして小物を演じたつもりだったが、アデルは薄く笑う。
「・・・護衛がつくような男が、下っ端のわけがないよね。」
サイトゥは頭の中で「逃げる」選択肢を模索した。
(よし、逃げよう。場合によっては、一人ずつ始末するか・・)
サイトゥは、物騒な男だ。
会った相手は、一度は頭の中で殺してみる奴なのである。
──だが、次の瞬間、その考えを吹き飛ばす声が響いた。
「おやおや、こんなところで随分と賑やかねぇ」
居酒屋の入り口から現れたのは、和服を纏った一人の女性。
清楚で微笑ましいその姿。
──キク。
サイトゥの幼馴染にして、彼のストーカー。
だが、彼女には別の名前があった。
"解体屋"。
彼女は、どんな仕事もこなす派遣社員であり、拷問と暗殺のプロフェッショナル。
彼女が標的を仕留めた後は、常に惨たらしく「バラバラ」になっているという。
彼女の顔を知らないアデルとタイラですら、本能からか、彼女の雰囲気に身構える。
さらに、居酒屋のあちこちから感じる視線──キクだけではない。
サイトゥの護衛が、まだ複数いるということだ。
──場の空気が、静かに張り詰めていく。
そして、それをさらにぶち壊す声が響いた。
──ドカーンッ!!
居酒屋のドアが盛大に蹴破られる。
「ダーリン!一緒にご飯食べよう!!」
最狂騎士。
アンナのご登場である。
アンナはドアをけ破る妙な習性がある迷惑な生き物なのだ。
完璧長身美女のアンナは今日はシックなドレス姿である。
その後ろには、アンナの親衛隊を自称する眼帯僧侶のジャンヌが付き従っている。
居酒屋「村くるな」、混乱の極みに達する。
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