第6話 僕のをもらってほしい

そこは城の地下のもっとも奥の部屋だ。


それほど広くは無いが 、格調高い花柄の白い壁紙が貼られており、この部屋の主が妙齢の女性であることを察することができる。


部屋の中央にはキングサイズの豪華なベットが有り、天幕に囲われたベッドの中央に棺桶が鎮座する。

それ以外には部屋のドアの横に銀の手押しワゴンが置かれているだけで、何もない。


ベッドの隣にはメガネをかけた可愛らしいメイドが黙って立って棺を見つめている。


しばらくすると、棺の蓋が上に持ち上がる。

それを見たメイドが歓喜の表情を浮かべ、胸の前で掌を組む。

持ち上げた後に蓋は横にズレ始め、棺の脇に音もなく落ちる。

蓋の裏側は赤いベルベットで装飾されており、キルティング加工されている。

棺の中はとても快適そうだ。


棺桶の中に真っ赤なドレスを着た女が寝ており、その容姿は美しい。

身長は165センチ程度。

ほっそりとして、スレンダーな体形だ。


異常なほど白い肌が美しい黒髪とのコントラストを際立たせており、怪しい魅力を引き出している。

棺桶で寝ている女が葬られた存在で無い事は、その美しい目が開かれたことで分かる。


そして、その容の良い口が開く。


「おはよう、アンリエッタ。」

「おはようございます。リタ様」


メイドが深く御辞儀をする。


「城が騒がしいようですね。」

「はい、申し訳ありません。あの・・ディラン様が・・・」


それを聞いたと同時に、リタと呼ばれた女はその美しい眉をひそめる。


「あの愚弟め。また、騒ぎを起こしているの?」

「誠に申し訳ございません。御止めはしたのですが、私ではお聞きいただけなく・・・」


メイドが、再び、深くお辞儀をする。


「貴方のいう事など聞かないでしょう。いいわ、私が折檻して言い聞かせるわ。」


そう言いながら、リタは上半身を起こす。

その時、ふと何かに気が付いた様に動きが止まる。


「まぁ、これは大変。」


小さな美しい鼻腔をスンスンしながら、黒髪の美女が驚いたような表情をする。


「魔王様がいらっしゃるのですね。急いで歓迎の準備をしなくては。」


#####


サイトゥがドアを開けるとそこには、異次元な空間が広がっている。

部屋は広間で、舞踏会を催すような場所だ。

装飾は豪華絢爛で、金ピカである。

天井は高く、大きなシャンデリアが下がっている。

蝋燭ではなく、光る魔石がしつけられており、部屋は明るい。


そして、そこには、このような場所に似合う着飾った老若男女はいない。

いるのは、男性のみ。

それもマッチョだ。

両側にズラリとマッチョがビルパン1枚で並んでいるのだ。

人間や獣人。ハーフエルフ、種族も多様である。

共通しているのは、サイトゥには見向きもせず、とても良い笑顔でポージングを行っていることだ。

その中にマー君がいる事にサイトゥは気がつく。

隣のマッチョエルフがピックらしい。

ナイス、バルク。


その奥の一段高い高座に両脇をマッチョに挟まれた少年がマッチョに座ってサイトゥを見下ろす。

サイトゥは異様な光景に早くも帰りたくなる。

困惑するサイトゥを見て、少年が鈴のような可愛い声を出す。


「心配しなくていいよ。僕の大事なコレクションをけしかける事なんてしない。」


少年がサイトゥに不遜な態度で言う。


いや、そこじゃない。

サイトゥは心でつっこむ。


「こっちとしては、ソイツを返してくれれば、退散するんだが。」


そう言ってサイトゥはマー君と思われるマッチョを指差す。

だが、マー君の目には反応がない。

どうやら、マッチョ達は精神支配されているようだ。

マッチョは厳しいトレーニングで自分に痛みを与える事を繰り返す。

それにより精神支配に高い耐性を得ている。

だが、それを凌駕する魔法を掛けられている様だ。

この少年、かなり上位の魔術師だ。


「はぁ?なんだい、なれなれしいよ。君。なんなの?ヨワヨワじゃない?魔力も全然無いじゃない。もう、虫けら以下だよ君。あと、やだよ、僕のコレクションは僕のだよ。あげないよ。」


少年はサイトゥを見下す様な口調で喋る。

横柄な態度だ。

そして、手で顎をさすりながら、無遠慮にサイトゥの身体を見回す。


「うーん、君は良い身体をしてそうだけど、細過ぎるね。僕の好みじゃない。血だけもらおうかな。」


そう言って、椅子のマッチョのお尻を揉む少年。

いや、”お尻”では無い。

引き締まった臀部は”ケツ”と呼ぶべきであろう。


「ふん、やってみな。コウモリ野郎。」


サイトゥが少年を挑発する。


サイトゥは少年の口から牙が覗く事。

そして、大勢のマッチョの精神支配を成しえている事。

これらの条件で、この少年が吸血鬼であることに当たりを付ける。

しかも、恐らくはかなり高位だ。


大体の魔物は人間より圧倒的に生き物としてのスペックは上だ。

なので、揃いも揃って自分達の性能にあぐらをかいてる事が多い。

特に特殊能力があれば、それに絶対の自信を持つ。


だが、それに付け込む隙も生まれる。


サイトゥは首のスカーフを持ち上げて口と鼻を覆う。

続いて、首に掛けていたゴーグルを持ち上げて目に装着する。


「あれ?でも、君。とても良い臭いがするね。なんだろう、コレ・・・」


少年は形の良いハナをひくつかせる。


「マッチョが好きなら、自分も鍛えろよ。ヒョロガリ小僧。」


サイトゥーは肩に鞘ごと括ったナイフを右手で引き出すと、腰を少し落とす。右手に握ったナイフを少し前にかざし、左手はその少し後ろに手のひらを開いて添える。


「じゃ・・・」


少年はそう言うと同時にサイトゥの前に瞬時に移動する。

なんという脚力。

だが、サイトゥはその場所を予測していた様にナイフを突き出して迎える。


キン!


金属が互いにはじかれたような音が響く。

なんと、少年は20センチほど黒く伸びた爪をふるってナイフを弾いたのだ。

だが、それも予想したのごとくサイトゥは流れる様にナイフで少年の目を狙って横に引く。

そこには躊躇いは一切ない。

それを少年は上半身をスウェーしてかわす。

そして左手の爪で反撃。だが、それもサイトゥはナイフで弾く。


少年は伸びた両手の爪の斬撃を繰り出す。

だが、サイトゥのナイフは、その爪を弾く弾く弾く。

吸血鬼の人間離れした速度にナイフは先読みするように動き全てを弾き返す。

なんたる速度。

これを目で追える者など、そうそういないであろう。


「へぇ!凄いねキミ!」


数十撃を合わせた後に、少年は後ろに跳びのき距離を取る。

そして、称賛の声をあげる。


「ふん。お前は大したこと無いな。来な。その小汚ない股間のものを切り落としてやる。ほら、ご自慢の魔法は使わないのか?」


サイトゥはナイフを右手で器用にくるくると回しながら挑発する。


「へぇ。」


少年は挑発にはのらない。

詠唱のタイミングで何かを狙っているのだろうと看破する。


再び、少年がサイトゥに襲いかかる。


少年の目は血管が膨張し、赤く染まる。

速度も上がっている。

ギアをトップに入れて来たと言うことか。

先程より動きが速い。

少年は姿勢をできうる限り低くし、サイトゥの足元を狙う。


だが、サイトゥはナイフを逆手に素早く持ち替え、これを受ける。

足を狙う少年の爪をステップでかわす。


数撃の攻防のあと、サイトゥの左のつま先が少年の顎を狙う。


少年はそこに光るものを認め、上半身を後ろに大きく反らして、かわす。

そして、軽業師の様に、その勢いで数回、バク転してサイトゥから距離を取る。


「ちっ」


サイトゥは大きく舌打ちをして右足で立ちながら、左足の膝から下をクイクイと振って、つま先を少年に見せるような仕草をする。


いつの間にか、その先には小さな刃が出ていて、その刃には青い絵の具の様なものが付着しているようだ。


「何か塗ってるね。毒かな?」


少年はその左足のつま先を見ながら指摘する。


「ふんっ、なんでもいいだろう。」


サイトゥは身体を半身にして、次の少年からの攻撃に備える。

息一つ乱れていないサイトゥも凄い。

彼の尋常なる鍛錬の成果だ。


「くんくんくん・・・なんだろう?どうにも、君はいい匂いがする・・・」


少年は自分の調子が今一つであることを感じる。

いや、動けてはいるのだ。

むしろ、調子が良い方だ。

だが、何だろう、この感じ・・・

少年はマッチョな男性が好みなのだが、どうにも目の前の冒険者に感じてしまうのだ。

こんな感じ初めて。

どうしちゃったんだろう。僕。


「いいねぇ、いいね。君。なんか、こう。イイ感じだよ。そうだね。そう、そうだよ!僕の童貞をもらってほしい!それだよ!うん、それそれ!」


少年が酒に深く酔った様に、喋り出す。

気のせいか、股間のあたりが膨らんでいる。


「ああん?何言ってんだ?お前?」


サイトゥは怪訝な声で尋ねるが、少年は聞いちゃいない。


「あ、ごめんね。もらって欲しいのは、後ろの童貞さ。前は既に童貞じゃないよ。」


聞きたくないことをカミングアウトする少年だ。


「うっせぇ、その辺の椅子の足でもツッコんでろ。」


そう言って、今度はサイトゥが少年に向かって走る。


速い!


「じゃあ、手足切り飛ばして、僕が犯してあげるねっ!」


そう言って、少年は不敵に笑う。

サイトゥはそんな少年に到達したと同時にナイフを少年の胸に差し込む。

刃を横にしてあばらの隙間から差し込み、内臓を狙う。


だが、少年は一瞬、ゆらぐと黒い霧になって、崩れる。


黒い粒子になって空気中に拡散する。


この技、これが高位な吸血鬼が使える霧化である!

非常に厄介な能力で、ほぼ、物理攻撃を無力化できる。


サイトゥのナイフは非常に硬質な金属で作られているが、魔法などは付与されていない。

魔力が無いサイトゥでは魔力を流せる武器には何の意味も無いからだ。


少年は霧と化して、腕のみ実体化して鋭い爪でサイトゥの腕を狙う。

サイトゥは何とかそれを避けるも、突然現れる攻撃に先ほどの余裕は無い。


サイトゥ、絶体絶命である。


しかし、サイトゥはニヤリとスカーフの下で笑う。

サイトゥはあらかじめ、これを狙っていたのだ。

先のつま先の刃物は、これを誘う為のオトリだ。


サイトゥは左手に丸い玉を持ち、床に振るう。

床に当たったそれは、爆発すると同時に煙を周辺に巻き散らす。


霧が一瞬、震える。

そして、直ぐに霧が収束して、元の姿に少年が戻る。

戻った少年は膝を付き、苦しそうに喉を抑える。


「ゲホッ、ゲホッ、ウゲェェ・・・い、息が・・・な・・なに?・・」


なんという事だ。

この煙には吸血鬼の最も嫌う、聖なる祝福を施した銀が混じっているのだ。

霧化した所に、サイトゥの煙玉に含まれた銀粉が混ざり、吸血鬼は体内に銀の毒を飲まされたようになるのだ。


しかも、この銀粉の由来はサイトゥが以前、教会からちょろまかしてきた銀食器からだ。

この銀食器は数百年前から、教会の儀式に使用する神聖な物である。

これをサイトゥはあろうことか、鑢で削って粉末にし、煙玉に混ぜ込んだのである。

罰当たりにもほどがある。

だが、サイトゥには崇拝する神など居ないので、問題ない。


「うぶぉっ!」


えづく少年の腹を、サイトゥは無慈悲に蹴りつける。

少年は悶絶して、胃液を吐き出す。


「うげぇぇぇ、うぐっ・・・」


続いて、背中、頭等を容赦なく蹴りつける。

小さな少年になんたる非道。

だが、相手は吸血鬼だ。容赦は無用だ。


「や、止めて・・・ごめんなさ・・うぐっ、ぎゃ・・・えぐ・・」


少年はサイトゥの一方的な暴力に悲鳴を上げて、身体を丸めて懇願を始める。

銀粉の毒とサイトゥの容赦ないストンピングで少年は既に虫の息だ。


「あぎゃ・・・うぐぉ・・・あ、え。?御、姉様ですか?た、たすけて!ええっ!本当なの!!」


腹を抱えて丸まっている少年が、突然、独り言を始める。

妙な事を口走る少年を怪訝な顔で見下ろすサイトゥだが、攻撃の手は緩めない。

最近、ロクなことが無いので、どうも変に力が入っている様だ。

哀れな少年は頭を蹴り続けられる。


「がっ、イタイ!ご、ご免なさい。ご免なさい。魔王様!」


少年は頭を抱えながら、謝罪の言葉を述べる。

そして、サイトゥに向かって土下座をする。


「はあはあ、さすが魔王様だ。かなわない。降参です。」

「ああん?」


魔王様というフレーズが出てきたのが気になるサイトゥだ。

だが、サイトゥは知っている。

このフレーズが出るのは良くない流れだ。

良くない流れは断ち切る必要がある。


「ああっ、僕に魔王様は酷い事をするんだね。悪い子の僕に。でも、いいよ。ちょっと待ってって。」


少年は、そう言いながら、ズボンを下し始める。

さすがのサイトゥも、見た目は年端のいかない美少年がズボンとパンツを脱ぎ始めたことに攻撃を躊躇する。


「そうさ、これは悪い子な僕へのお仕置きなんだね、そうなんだ。さあ、魔王様。罰を、僕に罰をください・・・ここに・・・お願いします・・」


そう言って、赤い顔でサイトゥを見ながら、四つん這いになって、形の良いお尻をサイトゥに向ける。


サイトゥはこの絵図が非常に不味い事に気が付く。

最近、サイトゥはこんなんばっかりだ。

こんな光景を誰かに見られでもしたら、社会から抹殺されてしまうのは不可避である。

サイトゥは少年の望み通り、とっとと、こいつのケツの穴に毒を塗ったダガーを投げつけてやろうと、腰に手を回す。


その時、前方からの冷気を感じる。


サイトゥは反射的に後ろに飛び退く。


数メートル離れたサイトゥに凍る様な冷気が吹き付ける。

恐らく、これは魔力だ。

魔力に無縁なサイトゥの体にここまで冷気を感じる物理的な威力を出す魔力は、魔王軍でも幹部クラスだろう。


見ると変態少年の後ろに黒髪のロングストレートの女が立っている。

端正な顔に金色に輝く瞳。

真紅の肩が無いドレスを着ている。

強者独特の圧力が凄い。

間違い無く、そこの変態より強い。

恐らく、テレポートか何かで出て来たのだろう。


女はサイトゥを静かに見つめている。


サイトゥは女を見定める。


“俺はコイツを殺せるか?”


サイトゥは自分の手札を考えながら自分に問う。


“殺れるな。殺せる。”


サイトゥは自分に答えを出す。

慎重に腰の投擲ナイフを二本抜き出し、左手に隠す。

体勢を前かがみに低くする。

右手にはナイフ。

刃を横に構え前に突き出す形で構える。


サイトゥが息を吐き、動こうとした矢先、女が突然膝をおり、片膝をついて頭を下げた。

優雅な流れる様な動作だ。

そこには敵対する空気が無い。

そして、続いて妙に粘りつくような妖艶な声がした。


「ようこそ、我が城に。魔王様。そして、まずは、我が愚弟の行いに心よりお詫びを。そして、このクズに罰を。」


そう言いながら、立ち上がると、怯える下半身裸の少年に足を振り上げる。


「この、クソ弟がぁぁぁ、私が寝ている事をいい事に好き勝手やりやがって、死にさらせぇぇぇぇぇ!!!!」


先程の声のトーンから、変わってそこには鬼の声が轟く。


「また、このパターンか」


サイトゥは凄惨なリンチ現場より後ずさる。

ダメだ。ここに居てはまた、面倒にまきこまれる。

直ぐに逃げるのだ。


そうサイトゥが思った矢先に、突然部屋の温度が上昇する。

右側の壁からの異常な熱気が原因だ。

空気が熱風に変わる。

壁が次第に真っ赤に光り、中心から溶け出す。

壁を溶かし現れたのは、ラウム。

本来の悪魔幼女姿に戻っている。

その姿は激しく炎を纏い、体は赤く発光し、髪は真っ赤に燃えている。


「魔王様、ここにいらしたんですね。」


涼しげな声で話しかけるラウム。


「暑いよバカヤロウ。」


サイトゥがラウムにつっこむ。

そう言いながら、ラウムの来た部屋を見ると、何だか生き物っぽい焼死体がいっぱい転がっている。

肉の焼けた匂いがする。


ドバカンッ!


今度は背後から物凄い破壊音がする。

重厚なドアを蹴破って出てきたのは青く輝く重騎士。

フル装備のアンナだ。


パリパリと雷を鎧の周りに散らし、禍々しいデザインの鎧に設えた飾りが青く光っている。剣の先には蝶ネクタイをした、左腕と下半身が無いワーウルフの上半身が突き刺さっている。

ワーウルフは泣いていた。


しかし、アンナは、どうしてもドアを手で開けたくないらしい。


「ドアは手で開けろバカヤロウ。」


サイトゥがアンナにツッコむ。

サイトゥを見つけたアンナは鎧の面当を跳ねあげる。

ヘルムから見えるアンナはいい笑顔を見せる。

そして、トンボでも捕まえた子供の様にサイトゥに剣の先を見せる。


「サイトゥ!ここに居たのか!探したぞ。あ、そうだ、これ見てみろ。これでも死なないぞ。コイツ。笑える。はははは。」


「あらあら。」


少年の脳天にヒールの踵を突っ込んだ黒髪スレンダー美人は返り血も拭わずこちらを振り向く。

そしてラウムとアンナを眺めてにこやかに微笑む。


「さすが魔王様。恐ろしい従者を二人も連れていらっしゃるのですね。さて、大変お見苦しいとろをお見せして申し訳ありません。今、お茶の用意をさせております。そちらの御二人もご一緒にいかがでしょうか?」



別室の応接室に通されたサイトゥ達は長椅子に座っている。

サイトゥが真ん中で、左右にラウムとアンナが座る。

狭い。

アンナは鎧を脱いでいて、ラウムは悪魔幼女のままだ。


「改めて自己紹介をさせていただきます。私はリタと申します。まずは、お詫びをさせて頂きます。飼い犬が魔王様に大変失礼なことをしました。大変、申し訳ございません。魔王様より、いかなる罰も甘んじて受けいる所存でございます。」


そう言って、床にかしずくリタ。後ろにメガネのメイドが控え、主人と同じようにかしずく。

そのメイドの手にはリードの様なものを握っており、その先には先程、サイトゥとやりあった少年が首輪で繋がれていた。

自らの血で汚れたシャツは綺麗なものに着替えられており、ズボンもちゃんと履いている。

少年は床に犬のように座って、はぁはぁ言っている。


「ギャイン!」


その後頭部をリタが拳でどつく。


「頭が高い」


平伏して、顔を伏せているリタが低い声で少年に注意する。

少年はその場で平伏する。


「まあ、座るといい。そのままでは話がしにくい。」


アンナがリタに着席を促す。

なに、お前が仕切ってんだよ?とサイトゥ。


「で、この落とし前はどうしてくれるんでしょうか?まあ、こちらからも、提案が有りますが。」


ラムウが腕組み足組みをして、リタに問う。

お前も何仕切ってんだ?とサイトゥ。


「それでは、お言葉に甘えまして、御前、失礼します。アンリエッタ。魔王様にお茶をお出しして。」

「はい、主様。」


リタが立ち上がる。

アンリエッタはリタが立ち上がるのを見て、少し遅れて立ち上がる。

その後、リードをリタに手渡すと、失礼しますと言って、部屋を出ていった。


サイトゥ達とは逆側の椅子にリタが座る。

少年は床に直接座る。


「はい、それでは、この度の不始末のお詫びとして、私と私の持つもの全てを魔王様にご提供いたします。」


リタが驚くべき損害賠償の条件を提示する。


「いらん」


サイトゥが即答する。


「そうですね。当然です。」


ラウムがサイトゥの答えを無視して、さも、そうであろうと言った顔をする。

アンナもそれと同じ意見の顔だ。


「いずれこの様なあばら家では無く、魔王様の居城としてふさわしいものをご用意しますが、とりあえず、こちらで良いでしょう。今から、ここはシン・魔王城です。」


ラウムはどこかで聞いたような変なネーミングの城を宣言する。


「有りがたきお言葉」


リタが恭しく、頭を下げる。


「いや、いらん。城などいらんいらん。俺はマー君だけ返してくれれば、これ以上ここには用は無い。とっとと返せ。」


サイトゥは即座にラウムの提案を否定し、リタに要求を上げる。


「わん!わん!わん!」


首輪に繋がれた少年が、何事か吠える。

よくわからないが、今迄集めたフィギュアが嫁に捨てられる事に抗議するといったニュアンスが含まれるのであろう。

よくわからんが。


途端に、リタがハイヒールのかかとで少年の後頭部をどつく。


「キャイン!」


少年が鳴く。


「ほほほ、躾がなっていない犬で申し訳ございません。」

「お、御姉様、くっくるし・・・ぐぎゅう・・・ひゅーひゅー」


リタが謝罪しながら、左足で少年の頭を抑え、リードを強く引き続ける。首輪が首を圧迫して呼吸ができない少年が変な音を発する。


「犬が連れてきた汚らわしい筋肉共は、アンリエッタに言って、森の外に放り出してきます。魅了も解除しているので、勝手に帰るでしょう。あ、服は着せておきますよ。念の為。あと、犬が勝手に城に入れていた下賤の者たちは、皆、グールにして、地下に放り込んでおきます。ただ、御二人に、ほとんど始末されていたので、あまり残っていませんが。」


アンリエッタがワゴンにティーセットを載せて戻ってくる。


「なぜ、あんなクズどもがココにいたんだ?」


アンナが疑問をリタに問う。


「はい、どうも犬が趣味で集めていたマッチョと言うんですか?犬の習性で靴を集めるみたいに集めてて、その収集を下賤の者たちに、させていたらしくて。」


少年の趣味はフィギュア集めならぬ、マッチョ集めだったらしい。

その為にその辺のゴロツキを集めて、マッチョ収集されていたようだ。

なかなか、金のかかる趣味である。


「そうですね。ケチな城ですが、とりあえずは、そこの吸血鬼の結界で外部からは守られていますし。」


ラウムがリタの提案に同意する。


「うーん、まあ、身を隠すという点では良いかもな。そのうち、クソどもも追っ手を差し向けるだろうから、ここは丁度良い。」


何やら、アンナが物騒な事を呟く。


「いやいや、俺はいらんぞ。ココには住まない。嫌だ。なんで魔王城とかなってんだ?」


サイトゥは自分の人生がおかしな方向に進んで行くことを感じて恐怖する。



「そうですか・・・では、仕方ありません。我々も魔王様についていきます。駄目とおっしゃられてもついていきます。我々は、もう魔王様に憑りつかれているのですから。」


リタが何かを決意したような表情でサイトゥの瞳をまっすぐに見る。


「何を言っているのかは分からんが、それはそっちの勝手だ。俺は魔王なんかになってないし、しがない斥候だ。ほっといてくれ。」


リタはサイトゥの言葉に悲しそうな顔をする。


「そうですが、では、忠誠の証として人間の男と女とその子共の首を100人ほど直ぐにご用意いたします。それで、我々の気持ちをお受け取りいただけるでしょうか?」


「ヤメロ」


サイトゥが即答する。

ラウムもそうだった。魔物はどいつもこいつも人間の首を刈りたがるのは何故だ。

今、こいつら殺しちまった方がいいのか?

サイトゥはしばし、考える。


アンナやラウムだけでも困っているのに、吸血鬼やメイド、少年に見えるけど犬っぽい奴なんかゾロゾロ連れていたら、速攻、奴等に見つかるのは待ったなしだ。


サイトゥは渋々、一旦、この城への滞在を認めるのであった。

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