第二十七話 偽りの聖域
自分から仲間に引き入れておいて、虚を突かれてしまっては立つ瀬がない。
雄星の指摘によってぼくらが村人側のロジックで動いていることがバレた。その情報を盾に彼が要求してきたのは、チーム内での発言権だ。
「古文書の解読で消失した後、行方先生から別のHOを貰ったんだ。PCとしては同一人物だけど、解読技能とは別の秘匿HOで、以後の使命はそっちを適用するようにってね」
雄星の開示したHOは土着神の信者。つまりひめりと同じ使命を帯びたPCに変化していた。
ぼくの推測は当たっていた。けれどちっとも情報の優位を活かせていない。論理の穴を見つける立ち回りに関しては、雄星のほうが何枚も上手だ。
一度は消失したものの、同一人物である以上消失前の情報を扱うことは許可されている。そのうえで今は村人側――敵側の陣営に所属している。ゆえに雄星があちら側の内情を知っているのなら、ぼくらにとって強大な戦力になる、はずだった。
「すまない。さっきも言ったように伊丹さんと数久田くんはCOをしていないし、非開示のままHOを証明できるような行動もしていない」
仮に僕が解読後にも生き残っていたら聞けたかもしれないけれど、と雄星は付け足す。
「あの二人、特に数久田くんは僕を警戒していた。そこまで信用されていないのかとへこんじゃったな」
「そりゃあそうだよー。前回雄くんに激詰めされてたんだから、あの子じゃなくてもビビっちゃうよ」
「そんなに強かったかな、圧」
ひめりがまた適当なことを言っている。真に受けた雄星は苦笑いだった。
「僕はただ彼にも参加してほしかっただけだ……って言っても、彼自身が怯えていたなら意味がなかったかな」
「今日は筆談でコミュニケーションが取れているし、意味はあったと思うよ」
「ありがとう、気を遣ってくれて」
雄星は爽やかな青年らしい笑みを浮かべる。女子たちの間で彼のファンクラブがあるという噂も頷けるくらいの、使いようによっては人を誑し込める笑顔だった。
その雄星ですら玲生の心は開けない。相性関係はあるとしても、口下手なぼくではそう簡単に仲良くなれるビジョンがまったくといっていいほど浮かばないでいる。
だからこそ、ぼくには代案がある。今はそれに賭けるしかない。
二巡目の調査フェーズは一巡目とは逆に進んでいく。すなわちCチーム、Bチーム、Aチームの順での進行だ。手番が回ってくるまでの間、ぼくらは膝を突き合わせて調査の方針を固めることにした。
現状Cチームが調査を継続し、Bチームが囮で時間を稼いでいる。ぼくらに任されている役割は安全地帯の確保が第一となるが――
「馬鹿正直に調べるわけないよねえ。だからひめりは、安全地帯の偽装を提案するよ」
黒板には正確に書き写された間取り図。その前に立つひめりはなぜか行方先生の指示棒を持っていた。
「そもそも安全地帯とはどんな場所か。千明ンは分かる?」
「村人に捕まるリスクを避けられる場所?」
「オーウ、半分正解デース」
「なんでカタコト」
「残りの半分はー、村人以外の脅威からも逃れられる場所、デース」
ぼくの突っ込みを無視しながらひめりは続ける。
「雄くんの件で分かったことだけど、
「木刀で鍵を破壊されるとか?」
「あれは正直ウケました」
真面目に話し出したかと思えば急にニコニコし出す。ゆるふわの調子は独特だ。
「一番気になるのは『しるし』についてだねー。『しるし』が施された部屋から出ないことって記述があったから、安全地帯の要件に『しるし』の所在は含めたい」
「調査で部屋を選ぶときに確認できるんじゃ?」
「たぶんできないと思うな。『しるし』がどういうものか知らないと判別は無理でしょ」
ならやはり調査は必須だ。安全地帯の確保ではなく偽装を試みるにしても、本物がどう描かれているかを知っていなければ話にならない。
いや――待てよ。
「『退魔の印』が条件だと知ってるひめりのPCなら、その『しるし』がどういうものかも知っているはずじゃないの?」
「オーウ、ナイスクリティカルシンキーング」
だからなんでカタコトなんだ。
「千明ンの言う通り、ひめりなら部屋に刻まれた『退魔の印』の識別は可能なはず。だけどこの方法には穴があってねー」
「……識別可能という事実がひめりの秘匿HOの開示に繋がりかねない」
「いいねー冴えてるねー」
直前の雄星からの受け売りを褒められても嬉しくないが、ここは沈黙する。
「雄くんが丁寧に説明してくれたように、今回はCOせずに味方陣営であることを証明すれば勝ちみたいなとこがあるよね。だから信者側のうちらがCOした時点で敗色濃厚だし、なるべく秘匿HOがバレない立ち回りをしなくちゃいけない。上手く味方陣営に擬態できるなら別だけどねー」
ひめりに限って言えば擬態は難しい。今日初めて村に来たという人間が『退魔の印』について知っているというのは、あまりにも無理がある。
あり得るとすれば、雄星のように書物を読むことで後から信者側へ移ったPCだが――
「僕にもその『しるし』というやつがどんなものかは分からない。KPに訊いてみないことには、だけど」
ぼくの視線に対して雄星は首を横に振る。
「味方陣営に紛れるためにも安全地帯の証明は必要だけど、今あるアイデアで証明すると敵陣営だとバレるリスクがある。伊丹さんや数久田くんならそこに気づく可能性は大いにある。識別自体は試して損はないと思うけど、それを他のメンバーに共有するところまで思い切るのはあまり勧められないね」
「うん……ぼくも同感だ」
安全地帯を偽装するにも根拠が要る。今のところその根拠はひめりのHOの裏返ししかない。村人の拘束を受けずに『退魔の印』を身に着けることができればほぼ安全だと考えていい、という情報を共有できるのはAチームの中だけだ。
どうすれば他チームを納得させられるか。信頼性の最も高い秘匿HOを使わずして、そもそも安全地帯の証明なんて可能なのか。
「ひめり」
「んー?」
「元はといえば君の提案だよね。何か考えがあるんじゃないの?」
「もちろんありますとも!」
自信満々に指示棒を振り回すひめり。
「二人は安全の証明ばかり考えてたけど、そんなのしなくたって最初から安全で間違いない場所が少なくとも二つ、あるでしょ?」
「二つ?」
「そう、二つ」
にこにこ顔でピースサインを決めるひめりが憎たらしい。
黒板に描かれた間取り図に目を向ける。部屋は大きさにこそ差があるもののすぐに数えられる程度しか存在しない。その中で二つも安全な場所があるなんて――
「ああ、なるほど」
雄星が手を打つ。ぼくはまだ見つけられていない。
加えて確信する。ぼくひとりの力ではこの二人に到底、歯が立たない。
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