第二十六話 死にぞこないの逆襲


 時は経ち、第二セッションは後半戦に移行する。調査フェーズの二巡目だ。


 C組の教室に一旦集まり、初めの十分で方針を決めた。チームの編成は引き続きぼくとひめり、奉司と亜月、夕奈と玲生のペアで進める。囮役は打ち合わせ通り奉司が引き受けるが、そこに亜月も加わり二人体制になる。村人を引きつけるための諸々の制約を亜月も負う代わりに、一人分の調査も実行する権利をKPとの交渉によって得たのだ。


「昼休みに二人で相談したんだ。オレらも少しは役に立たねえとなって」

「この人と引き続き一緒なのは不本意ですけどね」


 君たちほんとは仲良しだろ――とはおくびにも出さないけれど。


 情報収集の効率を極力下げないで済むのは朗報だった。可能なら二巡目でシナリオクリアできるだけの情報を集めたい。遠くない先で待ち構えているであろう中間HOに備えることも考えると、無駄にできる手数はそう多くなかった。


 問題は人員が減ったCチーム。囮役が居ても安全とは限らないため、何らかの対策を練る必要があった。


『ひとつお願いしたいことがあります』


 昼休みの間に書き溜めていたのか、玲生はノーモーションで紙を差し出す。


『一巡目で手に入れた木刀のHOを譲ってもらえませんか』『HOを所持していれば道具も譲渡された扱いになります』『人数が減った分、こちらも護身用に使いたい』


 彼の提案通り、Bチームの持っていた木刀はCチームに譲られた。柔軟な発想だと感心する一方、僅かに違和感もある。


 言うまでもなく、最も危険度が高いのは囮役であるBチームだ。ならば武器として使える木刀も引き続きBチームが持っていたほうがいいはずだ。それを理解していながら譲ってほしいと提案した玲生も、二つ返事で手離した奉司と亜月も、何かぼくの知らない情報をもとに判断しているように思える。


 懸念、というほどではない。けれどまだすべてを明かせない理由が、払拭できないリスクが彼らには残っているということだ。


 準備を整え、各チームが再び別々の教室へと移動していく。奉司と夕奈が鍵を受け取って他のメンバーも続々と教室を出ていく。


「あれ、千明ンは鍵受け取らないの?」


 ひめりの素朴な質問にぼくは無言で頷く。ここで説明しなくてもすぐに分かることだ。


 C組の教室を最後に出て、隣のD組へ移動する。扉は既に開錠済みだから鍵を出す必要もない。


 からっぽと思われていた教室では、雄星が待っていた。


「そういうことね」


 ひめりは直ちに理解したようだった。


「センセがなんでしつこく消失扱い・・・・って言ってたか分かったよ。厳密には消失ロストしていないって暗に示してたわけね」


 セッション再開前、ぼくはB組の教室で待機していた雄星に接触した。彼は調査HOの効力で一時的な消失――気絶状態としての扱いを受けていた。気絶ならば時間経過で復帰が可能になる。何より、この事実を他のメンバーは知らない。


「D組の鍵を千明に渡されたときは少し迷ったよ」


 照れ隠しのような笑みを浮かべる雄星。


「君はどこまで先を読んでるのか読めないところがあるから。でも誰かと組むのは僕にとって好都合には違いなかったし」

「かといってCチームにも戻れないだろ?」

「まあ、ね」


 雄星は自然に頷く。今のはカマをかけたつもりなのだが、どうやらぼくの考えが読めていないというのも本当らしい。


 雄星の見た調査HOは、おそらく一時的な消失とともに別の使命を付与するHOだ。たとえば――土着信仰に関する記述を解読し、村人やひめりと同様に土着神を崇める信者になった、とか。


「それで、僕をどう扱うつもり? 死んだと思われた人間が生きていて、アリバイの裏を突くなんてのはミステリーの王道だけれど」

「詳しいんだね」

「意外かな。そりゃサッカー部だってミステリーくらい読むさ」


 雄星のことだからと特に意外とは思わなかった。それ以上にインパクトの大きいものを直前に見せられていたからかもしれない。


 ふとひめりのほうに視線をやると、彼女は黒板に民宿の間取り図を書き写していた。大掛かりな退屈のアピールだった。


 ひめりには引き続き手遊びをしてもらい、雄星には現状の軽い説明をする。雄星の欠けたCチームは調査を続行、Bチームは囮役を兼任しているところまで。ぼくらAチームに関しては、生存の鍵となる『しるし』についての調査を行う、という表向きの方針だけ明かす。


「『しるし』か……残念ながら心当たりがないな」

「古文書から解読した部分にも書いてなかった?」


 雄星は頷き、「もしかしたらもう一方の手帳を解読すれば書いてあったかもしれないね」と言い添えた。


 最初に古文書の解読に取り掛かったのは不運と言わざるを得ない。せめて合流後に解読を検討していれば、最悪でもその場での消失はなかったはずだ。夕奈があそこまで悔やんでいたのはそういう事情もあったのだろう。


 ではもう一度雄星に手帳を解読してもらうか? 今あの手帳はCチームが所有している。何か理由をつけて譲り受けるにしても、二巡目の調査が終わらないことには合流すらできない。そこから雄星にHOを渡すことを加味すると現実的なプランとは言えない。


「僕以外のPCでも解読が可能になったりはしないだろうか」

「それもこの調査フェーズが済んでからでないと何とも。さっきの議論フェーズで誰も解読に名乗りを上げなかったことを鑑みても、奥の手として簡単には出してこないはずだ」


 そういえば、と言葉を繋ぐ。引き出したい答えに向けて、自然に。


「玲生が君の秘匿HOは文章解読の技能だって言ってた。CチームはもうCOを済ませたってこと?」

「いいや、それは部分的に僕が口頭で言っただけだ。他の二人もCOまではしていない」


 さすがにそう簡単には明かさないか。


「そういう君たちだってCOはしていないだろう。効果的なタイミングまで出し渋るはずだ」

「……前回はそうやって最適解を見送ったんだっけ」

「前回の最適解が今回もそうだとは限らないよ」


 雄星の言う通りだ。第二セッションでは意図的にメンバーが分断され、全員の同時COによるゲーム破壊は封じられている。分けられたチーム内での同時COこそ可能ではあるけれど、そこに合理的な理由を見出すのは難しい。


 ゆえに、ひめりが既にぼくに対してCOを済ませていることは心理的な盲点になりうる。もちろん同様のことが他チームでも実践されていれば潰れる盲点でもあるけれど。


「COに効果的なタイミングって、いつ?」


 細い線を辿るように問う。雄星は少し考える間を作った後、答える。


「今回も制限時間は設定されているとしても、前回のように明示されてはいない。翌日まで生き残るのがシナリオクリアの条件だと仮定して、遅くとも日の出まで身を隠せばいいということになる」

「うん、だからCOの効果的なタイミングは計りづらいって話じゃ――」

「違うよ」


 静かに、けれど精確に、雄星は言葉の針を突き立てる。


「それ以前の問題なんだ。普通に生き延びたいだけならCOを効果的に実行する必要なんてない。秘匿HOに記された技能――たとえば僕の『解読』は、COをしなくてもKPは使用を許可してくれた。口頭のみの非開示状態であっても、ゲーム的にはHOが真であることを証明できる・・・・・・・・・・・・・・・んだよ」


 指摘されればすぐに分かる、論理の落とし穴。


 ルール上、秘匿HOを開示せずにそこに書かれている内容を引用することは可能だ。でなければ『隠し持っていたナイフで刺す』といったプレイングの前にもCOが必要ということになる。それは状況と照らし合わせても不自然だろう。


 そのルールの裏を返せば、秘匿HOに記載されていると騙って本来所有していない道具を使用することは許可されないということでもある。ゆえに秘匿HOが非開示のままで、他に記載のない道具の使用や技能の行使が認められた時点で、そのPCは嘘をついていないと証明できるのだ。


「僕のPCが持つ最大のアドバンテージは文章の解読だった。それはCOをしなくとも証明が可能なものだった。他のPCだっておそらくはそういうHOなんだろうと推測ができる。秘匿情報として扱われているのは、敵側のPCに序盤から狙われないようにするためだろうから。COなしでも味方陣営であることを証明できる――この敵陣営にはない利点によって、極端に一方の陣営が強くならないように公平性ゲームバランスを保っている」


 雄星の論理に隙はない。ルールとの矛盾も、ぼくには見つけ出せなかった。


 COが強力なのは、開示した内容が問答無用で真であると証明できるからだ。どんなに信じがたい真実だとしても受け入れるしかない効力が、他者の行動を制限あるいは強制する結果を生む。


 信じがたい真実とは――シナリオクリアの条件を阻む、敵側の真実に他ならない。


「COを積極的に行使するという発想が出ること自体が、君が狩る側であることの証明なんだよ」


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