第十四話 明かし明かされ
そこからの謎解きは極めてあっさりとした展開だった。
A班との合流を果たすために必要な情報は、現時点で、どこにいるか。この二つの情報をA班と内通しているひめりが知らないはずはない。残りの調査フェーズをスキップして移行した行動フェーズで、A班と連絡を取るという口実でKPから情報を引き出し、難なく所在を知ることに成功したのだった。
後になって考えてみればひめりの秘匿HOそのものが詰み防止であり、一定時間までに真相に近づけなかった場合でも全体の目標は達成できる仕組みになっていたということだろう。
だが、それを差し引いてもひとつ問題点があった。
「場所は分かったけど、どうやって行くの?」
ひめりは指摘する。A班が現在居るのは観光地から山をふたつ越えた先にある病院。徒歩で行ける距離ではない。
「誰か先生に言っ……たら駄目か。場所を教えたらそこでお役御免だからね」
「どういうこと? 雄くん」
「居場所を教えたら、後は先生たちだけで対処するだろう。そうなると僕らは当初の目的だった『A班との合流』を果たせない」
「あ……そっか、居場所さえ分かればひめりたち用済みだもんね」
「用済み……まぁ、そういうことだね」
苦笑いをしつつ、雄星は続ける。
「先生たちの力は借りられない。となると病院に向かう方法は」
「ぼくらだけで交通機関を乗り継ぐ、だね」
ヒントはある。幸いにも既に開かれている調査HOが鍵だ。
「調査HOのひとつに、徒歩で向かえる距離に私営鉄道が走っている、というのがあった。マップ上に鉄道の記載はないけれど、この情報があれば利用自体はできる。そうですよね行方先生」
「おう。電車に乗りたいのなら、今すぐにでも待ち時間無しで乗車可能だ」
「随分と優しい采配ですね」
「初回くらいは気持ちよく終わらせてやりたいだけさ」
「では遠慮なく」
ぼくは皆の顔を見る。俯いたままの玲生を除き、全員がぼくを見ていた。
「条件は揃った。ぼくらは今から私鉄に乗ってA班のいる病院へ向かう。異論がある人はここが最後のチャンスだ」
沈黙。異を唱えるプレイヤーはいない。
「では、全員でA班のもとへ向かいます。KP、フェーズを進めてください」
「承認しよう」
行方先生はクリップボードを胸の前で構え、読み上げる。
「君たちはA班の居場所を捉えたうえで市営鉄道に乗り込んだ。タイムリミットについても……まぁ、ギリギリセーフということにしよう。条件は満たされた。
【一行は無事に面会を終えた班員たちと合流、観光地へと戻る。出発は多少遅れたものの誰一人置き去りにすることなく修学旅行は続く。】
――おめでとう、ストーリークリアだ」
ひめりと夕奈がハイタッチする。奉司は小さくガッツポーズを決める。もっと喜びたい気持ちを抑えているのが伝わってきた。
素直に喜び合えないのは、これが互いを疑う心が招いた結果だからだ。たとえ同じ結果だったとしても、信じ合って得られていればまったく違っていた。
このシナリオに行方先生が込めた意味を、きっとその場の全員が悟っていただろう――騙し合いという言葉につられて、信じるという大前提を忘れるようでは話にならない、と。しかもタイムリミットについては完全にオマケされている。シナリオをクリアできても『勝たされている』感触が拭えなかった。
「今日のセッションはここまでにするが、聞きたいことがあれば補足するぞ。最後まで公開しなかった秘匿HOも心置きなく見せあうといい」
行方先生はそう言うものの、ぼくはもうお腹いっぱいだった。遠回りしてでも結末に辿り着けた達成感、何より綱渡りの推理で信用を失墜させずに済んだことでシナリオの深掘りをする元気もなくなっている。
「……質問いいっすか」
夕奈が手を挙げる。始まりもそうだったけれど、彼女は唯一心からマダミスを楽しんでいるように見えた。
「さっきのエンディング、というか解決HOかな。その中で気になったんだけど、『無事に面会を終えた』っていうのはどういうこと?」
「調査HOの中に『観光地の付近に親の実家がある班員』についての言及があっただろう。あれは他の中間HOを結びついて『班員の祖母が危篤状態に陥っている』という情報に繋がる構成になっていた。N先生が彼らを病院へ連れて行ったのも、それが観光よりも優先されることだと判断したからだ」
「あー、そゆこと。そりゃN先生のこと責めづらいわ」
「じゃあさ、じゃあさ、ひめりも気になることあるんだけど――」
ひめりが席を立ち行方先生のもとに駆け寄る。それを皮切りに夕奈、亜月、雄星も行方先生の抱え持つHOを覗き見に集まってくる。
ぼくはその輪に交じる気にはなれなかった。背中を椅子に預け、天井を仰ぐ。
確かに謎は残っているし、気にならないと言えば嘘になる。すべてが意味のあるピースだったとすれば、よくできたミステリーだと感動すら覚えるだろう。
だが、すべてに意味があると考えてしまえば、ぼくの手に負えるものではなくなってしまう気がした。それはマダミスの内容に限らず、与えられた
たとえば、ぼくは聞きたくない。雄星が何を思い、統率を担っていたのか。
「どうした?」
いつの間にか奉司が傍まで近づいてきていた。鞄を右肩に背負って早くも帰るつもりのようだ。
ぼくは首を横に振って問題ないことをアピールする。一緒に雑念も振り払えれば良かったのだけれど、そう上手くはいかなかった。
「なぁ、千明。お前に話しておきたいことがあるんだが、この後暇か?」
「え?」
「……無理にとは言わねえけど」
不審に思ったわけじゃない。意外ではあったけれど、嫌な気持ちがあるわけではなくて。
「ううん、大丈夫だよ。家に帰っても特にやることないし」
「そうか。ならついでに夕飯でも――」
「ちょっとそこの男子!」
今どき聞かないような台詞で割り込んできたのは亜月だ。
「なに帰り支度してるんですか! ゲームが終わったら感想戦。基本ですよ!」
「そんな基本は聞いたことねーよ」
適当にあしらって教室を出ようとする奉司。
「行方センセー、今日はもう帰ってもいいよな?」
「おう、構わんぞ。片付けも残りのメンバーで事足りるしな。ただし明日もマダミスはやるから休まずに来いよ」
一度参加したメンバーに抜けられると困るからな、と行方先生は言い足した。
分かった、とだけ返して奉司は教室を出た。ぼくも荷物を慌ててまとめ、後を追いかける。
「それじゃ皆、お先に失礼するね」
「おーす。今日はありがとうね、千明」
「かっこよかったぜ、千くん」
「お疲れ様でした。……お気をつけて」
様々な声掛けにぼくは少しくすぐったい気持ちになる。今日一日でいろんな繋がりができたことに充足感を覚えていた。それは行方先生に与えられた探偵役という役割とは関係のないものだと、そう思いたくなる。
教室に残る彼女たちに手を振って教室を出る。奉司はもう廊下に居ない。けれど、そう急がなくても外で待っていてくれる、そんな予感が自然と湧いていた。
これが信頼というものであればいいなと、そう思った。
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