第六話 マーヴェリック
やり取りもそこそこに議論フェーズが終わり、調査フェーズへと移行する。調査フェーズは名前の通り調査を行う段階になるが、架空の観光地に入り込んで調査をすることはできない。よってマップ上に指定された各ポイントで疑似的に調査をおこなったという体裁を取り、情報を得るフェーズだ。
亜月が辞退したまとめ役を代わりに請け負った雄星は、この調査フェーズをどう進めるかについて意見を募った。浅い考えでの発言は亜月のように墓穴を掘ってしまう危険があるとはいえ、時間も迫っているために否応なく話は進められた。
初回は七人全員が足並みを揃える。行方不明になったとされる班――通称A班の所在を特定するという全体目標のために力を合わせる。仮に誰かが自分の使命を優先して異なる内容の調査を宣言したなら、自動的にその人は異分子とみなされる。そうやって規律を維持しようという方針だ。
亜月の提案を一旦は退けつつ、その一部を取り入れて改良案を出した雄星の手腕は見事だった。おかげで亜月は気力を取り戻し、チームとしてのまとまりも出てきた。さすがサッカー部のキャプテンは伊達ではないということだろう。
一方で取り入れなかったほうの提案は故意に触れるのを避けていた。秘匿HOについては言及すると損をする認識が既に共有されてしまっている。プレイヤー同士のやり取りを考えるうえで最重要の情報が手つかずのまま保留されているのは、ぼくからすればあまり芳しくない状況だった。
行方先生が調査フェーズの簡単な段取りを説明した後、最初に調査を行うプレイヤーを決定する。順番に十面サイコロを振り、数字が最も若い順で行う。
「じゃあ、最初はうちの番か」
一を出した夕奈が掲示されたマップからエリアを指定する。エリアは横軸を一から五の数字、縦軸をAからEまでのアルファベットで表現したものの組み合わせで、計二十五通りある中からいずれかを宣言すればそのエリア内にある情報を得られる仕組みだ。
「細かいこと考えてもしょうがないっしょ。まずは真ん中いってみよ」
そうして夕奈が選んだのは『3D』。マップの中央部に位置し、設定上の現在地にも近い。軽い口調のわりに無難な選択だ。
行方先生はカードの束からHOを一枚選び、抜き取る。それはすぐに机の上で公開された。
【調査HO:行方不明となっている班には同伴していた女性教師がいる。彼女は若く生徒人気があり、直前まで複数の班の間で引っ張りだこになっていた。】
「なにそれぇ」
ひめりはくすくす笑っている。行方不明者を追うシナリオだということを思えば、間の抜けた情報といえばそうなのだが。
「この情報で推理してみてってことだよね。いなくなった人たちの中に先生もいて、その先生が人気すぎたからまとめて誘拐されちゃったとか?」
「…………」
「夕奈ちん?」
「あ、うん」
ひめりの冗談めかした推測に、夕奈の反応は鈍かった。先程までの彼女ならいち早く突っ込みを入れていたはずだ。
「そだね。ヒメの言う通り、その女性教師が行方不明の原因かもしれない。だけど『同伴していた』としか言っていないから、今は所在がわかっているかもしれない」
「うん?」
「同伴していたっていうのは過去の話で、今現在も一緒にいるとは限らないってこと。叙述トリックってやつ」
そんな大したものじゃないけど、と夕奈は付け足す。
微妙なニュアンスの違いが意味を大きく変えることもある。夕奈は謙遜したけれど、ヒントを正しく読み取るためには重要な視点だった。
「とはいっても今回のはそのまま受け取ってもいい気がする。もし今もA班と同伴しているなら、その教師と連絡を取れば即居所が分かるはずだし」
「その連絡も途絶えている可能性はあるよね」
夕奈の分析に対し、雄星が身を乗り出して意見する。
「教師たちだって可能な限りの捜索は試みているはずだ。女性教師――仮にN先生として、その行方が知れないのは把握しているかもしれない」
「……後々教師に会うようなことがあれば、訊ける内容ってわけか」
奉司がつぶやく。乗り気でないように見えて、きちんと会話の要点を掴んでいた。
調査パートは『かもしれない』を増やす場面だ。得られる情報は揺るがない事実だが、それだけでは真相までは辿り着けない。連想される可能性を思いつく限り並べることで推理の精度は高まっていく。
可能性を突き詰めていけば仮説が生まれる。仮説を立証するには根拠が必要になる。その根拠を目印に、何を調べればいいのかが明確になっていく、ということだ。
頬に手を当てて考え込んでいた夕奈が行方先生のほうを向く。
「
「できる、が今は許可しない。メンバー全員の調査が一巡するまで待ってもらおう」
「調査中は調査のことだけってことね。了解」
夕奈が調査終了を宣言し、次のプレイヤーである雄星に手番が回る。
「行方先生。エリア指定の前に確認したいことがあるんですが」
「それは皆の前でしても問題ない内容か?」
「はい」
「ならこの場で聞こう」
「共通HOについてより詳しく確認したいんですが、その場合のエリアはどこを指定すれば確認できますか」
行方先生は考え込むような仕種をする。すぐに答えられないということはあらかじめ想定されていなかった質問だったということだ。想定されなかった理由も、さほど重要でない内容だからなのか逆に根幹に関わるために答えあぐねているのかで話は変わる。
雄星は急かすことなく返答を待っている。ぼくらから見れば心強いけれど、行方先生にとってはどう見えているだろうか。
「……本来は導入フェーズで質疑応答をするべきだったが、初回だからな。特別に今確認することを許可しよう」
「その場合僕の手番はどう扱われますか?」
「無論消費しない。ただ、質問は一つだけだ。二つ尋ねたいなら手番を使ってもらおう」
「つまり、二つ尋ねてもいいってことですね」
「そういうことになるな」
行方先生は表情を変えない。平静も動揺もそこからは読み取れない。
「一つ目の質問を聞こうか」
「……多数決で行方不明となった班の捜索に協力することが決まった、というのは具体的には誰がどちらに投票したんですか?」
「詳細は明かせないが、内訳としては四対三で賛成多数だ。誰がどちらに入れたかはそれぞれの秘匿HOを見れば理屈が通るようにしてある。セッションが終わった後にでも答え合わせするといい」
「そこは疑いませんよ。KPが嘘をついたらゲームになりませんから」
「そうかい」
ふん、と行方先生は鼻を鳴らす。
「次は二つ目の質問だが、手番を消費することで相違ないか」
「いいよね? 皆」
雄星が同意を求め、ぼくらはそれぞれ頷く。
こほんと小さく咳払いをし、雄星は二つ目の問いを投げかける。
「共通HOに掲載はないですが、班行動でスタンプラリーということは制限時間があるはずですよね。スタンプラリーに参加している僕らは当然その時間を知っているはず。それを含めた『当たり前に知っている情報』を開示してください」
雄星の質問内容を聞いて、ひめりは分かりやすく首を傾げていた。気持ちは分からなくもないけれど、序盤からそこまで態度に出ていると先が思いやられる。
このゲームはロールプレイングゲームだ。修学旅行中の学生という
ゆえに行方先生はこの情報を開示しない選択肢はない。設定上の矛盾は発生した時点でシナリオの破綻を意味するのだから。
「なるほどな」
行方先生はわざとらしくため息をついた。
「すまん、これは俺の説明不足だったな。今漣が質問した内容の答えは導入フェーズで公開する共通HOに載せてある。そこの裏面を見てくれ」
そう言って指さしたプリントをひめりがひっくり返す。そこには表面よりもさらに隙間なく文字が羅列されていた。
「うへぇ……」
思わずひめりが呻く。横から覗き込んだ雄星が文章を読み上げる。
「【君たちは七人で行動する一つの班だ。他班と同様に観光地のランドマークを巡っていたが、行方不明の班を捜す手伝いをすることになった。スタンプラリーは十時から始まり、現在は十一時過ぎ。次の宿泊地へと向かうため、十五時には現地を発つ必要がある。】――そのままですね」
「だねぇ」
十一時という時間まで現実とリンクしている。まるで雄星の質問内容をすべて見越していたかのようだ。この演出のために開示を遅らせたのかと思える程度には出来すぎていた。
「【行方不明の事件性は今のところ確認できていない。一方で同伴教師と連絡が取れていないことから否定もできない。君たちの今の目標は、行方不明となった班と合流して教師に無事を伝えることだ。】――これ、先に明言してないといけなくないですか?」
「だからすまんかったって言ってるだろう。この手のパーティーゲームにはよくある話だ」
開き直る行方先生に雄星は言及を止める。呆れるのも無理はない。
情報自体は最初の共通HOや調査HOから推測できなくもない内容だ。しかし本来は手番を使わなくても得られた情報であり、先に知っておけばその後の調査の精度も上がる内容だった。指摘しだすとキリがないが、限られた調査を空振りさせられるのはかなり痛い。
その後に記載されている内容も修学旅行中の生徒であれば知っている前提の情報ばかりで特にめぼしいものはなかった。とはいえ確認できただけでもまだ収穫があったと見たほうがいいのだろう。もしこのプリントを裏返していなかったら、と考えるとぞっとする。
「では最終的な目標は十五時までにA班と合流する、ということでいいんですね」
「ああ」
メンバー全体の目標を明確にしたところで雄星の手番は終わる。まだ二人目だというのにかなり頭を使っている気がする。慣れないことをしている感覚が気を重くさせているのかもしれない。
ぼくの手番が回ってきてもいないのにこの疲弊感。積極的に動くほど考えることが増えるゲームで、夕奈や雄星のように理論立てて発言していける自信がない。
そんな気持ちになっているのはぼくだけではないだろう――そう思いながら盗み見た奉司の表情は、どこか悔しそうな、不愉快そうな顔だった。
「
同じく奉司の様子に気づいたらしいひめりが声をかける。奉司は眉をひそめながらも無言に徹していた。
「もしかして……雄くんが活躍してるからライバル視しちゃってる? へぇ、意外と男の子なんだねぇ」
「ちげーよ馬鹿」
「あはは、ひっどー」
馬鹿呼ばわりされても怒るどころかにこやかに笑うひめり。
「ひめり、奉くんのそういうツンケンしてるとこ嫌いじゃないんだぁ。一匹狼っていうの? なんでもかんでも自分一人でやってきたから協力の仕方も分かんなくてむくれてるんでしょ。かわいいね」
いや、怒ってるなこれ。というか、ひめりはこんなふうに怒るのか。
対する奉司は自分が何を言われているか理解が追いついていない様子だった。その隙を見逃さないひめりは椅子ごと身体を奉司に寄せていく。
「ねぇ奉くん、困ったことがあったらいつでも言ってね。ずっと一人で悩んでても楽しくないもん。もし分からないことができても、言ってさえくれればひめりも一緒に考えてあげるしさ――」
「ちょっとそこ、距離近いですよ」
亜月の横槍が入り、会話は中断される。不潔なものを見るような目が奉司とひめりに刺さった。
「ちぇっ、あともうちょっとだったのにぃ」
「だそうよ、御先。残念だったわね」
「何も残念じゃねえよ……」
それはそうだろう。奉司が二人の女子に責め立てられて喜ぶような奇特な趣味の持ち主でない限り、同情こそすれ惜しく感じるような状況ではない。
一方隣の席の夕奈はというと、他人事のように「女こえー」とつぶやいていた。
ぼくもつられて「こえー」と言ってみる。思いのほか、悪くない感触だった。
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