第七話 帰還

「ああ、見つけたぞ。顔認証から被害者の遠藤夏子で間違いない」


「まさかこんなに都合良く見つかるとは運が良いのか悪いのか分からなくなってきたな…。まあとりあえず生きてるか確認するか」


 そうぼやきながらも結は女性を揺すったり、頬を軽く叩いて名前を呼ぶことで目が覚めないか試みる。


「うっ……あなた誰?」


 数回試した所で、女性が気だるげに起きあがってそう告げた。どうやら意識ははっきりしているようだ。


「遠藤夏子さんですね、お父様の茂雄さんから依頼されて貴方を探しておりました、探偵事務所の者です」


「探偵、パパが…?お、お願い私を助けて!私タクシーに乗ってそ、そこから…」


「落ち着いてください。もう大丈夫ですよ。お父様も心配されてましたので早く帰らないとですね」


『ちょっと錯乱してるけど、バイタル安定してるな。とりあえず一安心だが帰る方法が分からないのに大丈夫とか言っても良いのか?』


『ああ、目処はついてる。それにどうやらゆっくりもしてられないらしい』


 クロエが結にしか聞こえない通信で話しかけてくるが、結もデバイスに脳波を読み取らせて無言で返事をした。


 平静を装おっていた結だったが夏子と出会ったくらいからあるに気づいており、夏子を介抱しながらも足早に本殿へ歩を進めた。


 その瞬間、背後にある鳥居の外から"それら"が静かにしかし素早く動き始める気配があった。そして、そっと風になびいていた境内の鳥居が不意に激しく揺れだした。



 ――ギシッ、ギシッ!



 "それら"が鳥居を揺らす不気味な音が境内を包み込む。それはまるで死者のざわめきのようだった。



「え、なに…あれ…!?」


 背後で鳴った音に気づいた夏子が振り返り眼前に広がる光景に絶句してへたりこんでしまう。


「振り返るな!走れ!」


 結がそんな夏子の手を引きながら叫んだと同時に、得体の知れない"それら"は、細長い影の手を鳥居の柱に添わせ、その振動を増していく。


 その手は闇に潜む深海の触手のように不気味で、それが鳥居を徐々に締め上げていき、入口に聳えていた鳥居は呆気なく瓦解してしまった。


 鳥居を破壊した"それら"は境内の石畳まで入り込んできて、徐々に物質的な形を持って立ち現れ始める。


 "それら"の姿は、闇の中にうごめく影としてしか捉えられないが、時折、不気味な光が彼らの瞳を浮かび上がらせ、境内に張り巡らされるかの様に幾つもの歪んだ影が乱立していく。


 このままだとあれに追い付かれる!そう直感した結は同時に夏子を抱えあげ全速力で本殿めがけて駆け出した。


 "それら"は結の行動に気づいたのか目にも留まらぬ早さで境内を覆い尽くし、踊るような奇妙な動きで結達を追いかけ始めた。時折、不気味な笑い声が風に乗り、迫り来る者たちの狂気が境内を満たす。


 "それら"が近づいくるのを背中全体で感じながらも結は本殿の扉にたどり着き、さびれた扉に手を掛けた。


「くそ、鍵がかかってる!」


 同時に扉をロボットアームで抉じ開けようとするが、何故か見た目とは裏腹に扉は硬く閉ざされていて開かない。手間取っている間にも"それら"は境内に蠢く闇と一体となり不気味な光を放ちながら二人に迫ってきている。


 ――足元に響く不気味な音、影が草むらを這いずり、もう"それら"は目と鼻の先まで近づいてきていた。


 結はその恐怖に戦慄しながらも刀を扉の隙間に差し込み、梃子の原理で抉じ開け中に飛び込んだ。


『結、何をするかはわからねえけど急げ!くそ、やりたく無いけど俺の奥の手だ』


 クロエは少し躊躇った素振りをみせたが、結の状況を考え即座にプログラムを走らせる。


 同時に神社上空で結達をモニタリングしていたドローン達が急降下し、既に本殿の扉に手を掛けていた"それら"に降り注いだ。


『任務完了…自爆する!』


 クロエがそう告げると同時にドローンが眩い光を発し、粉々に吹き飛んだ。


 その予想外の攻撃に"それら"が怯んだのを感じた結はこの機を逃がすまいと夏子の手を引きながら本殿内の扉を開け放ち、御神体の前に歩を進めた。


『クロエ、恩に着る』


 さっきまで自慢していた力作のドローンを自爆させてまで守ってくれた頼れる相棒に感謝を述べながら刀を鞘から抜き放った。


 廃神社の本殿に安置されている御神体は、古びた鏡だった。その鏡は長い年月を経て、錆びが鏡面を覆い、かすかな亀裂が入り込んでいた。昔の美しい反射を保つどころか、今では歪んだ影と模糊された姿を映し出している。


 錆の間から微かに見える鏡面は、神聖な輝きとは程遠く、廃れた神社の寂寥感と共鳴しているようだった。鏡の周りには枯れ葉や埃が積もり、神聖なるものの存在を示す光景とは裏腹に神社全体が時の荒廃を物語っている。


「ごめん、でも帰らないといけないんだ」


 鏡の前に立ちそう少し哀しみを帯びた声で告げた結だったが、迷うことなく刀を構えそのまま鏡に振り下ろした。

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