紅鴉の国【テスト版】

mamalica

第1話 紅鴉の城

 突如として、轟音がくうを蹴散らした。

 厚い雲が千切れ、震源なる天に吸い込まれて行く。

 闇砂色の夜空が揺れ、草木が大きく揺れる。


 空襲を告げる鐘が鳴り響き、民家の灯りが消えて行く。

 緊急車両が地を走り、拡声器から音声おんじょうが響く。


「敵襲です。ただちに『ゴウ』に避難して下さい」


 警官たちは徒歩や騎馬で家々を回り、炉に火が残っていないか確かめる。

 避難せずに路外で空を見上げる少年たちを、町の『ゴウ』に連れて行く。


 無理もない。

 少年たちは空襲を知らない。

 十八年前の戦いを知らない。



「……噂は、本当だったか」

 白髪交じりの警官は鬱々と呟き、黒と灰色が渦巻く空を見る。

 若い警官は、声も出せずに天異に見入る。


 そんな彼らの近くで、犬が吠えた。

 しかし、街灯も消えた通りは暗くて犬は見えない。

 

「……野良犬かも知れん。探して、『ゴウ』に連れて行こう」

「はいっ」


 若い警官は、犬を探しに行く。

 白髪混じりの警官は、町外れにそびえる城に目を移した。


 天守閣の周囲に、幾つもの炎が浮かび上がっている。

 炎は城を照らし、その周囲を回り始めた。

 『炎軍エングン』が、迎撃態勢に入ったらしい。


 やがて炎の玉は炎の壁となり、天を覆い始める。

 しかし、地上には熱波は降らない。

 気温は上昇することなく、炎は人々の命を守る。



 

 その炎の中心――町を見下ろす『紅鴉べにがらす城』は、喧騒に包まれていた。

 兵士は火縄銃を取り、城の庭に集結する。

 大砲の砲門が、斜め上に向けられる。


 十八年振りの戦に、兵士たちの緊張は高まる。


「姫さまは何処いずこられるか?」

「本丸御殿より、天守に移動しております」


 隊長の問いに、黒拍子姿の白髪の巫女が答える。

 巫女が持つ紙の見取り図の上を、小さな炎が移動している。

上臈じょうろうの『トギ』二名が随行しております。心配には及びますまい」


「ならば良いが……」

 隊長は天守を見上げた。

 天守の屋根に据えられた『銀の鴉』の像は、渦巻く炎にも曇らずに輝いている。

 

 七層に及ぶ大天守を頂く『紅鴉べにがらす城』――。

 十五万人の民の命は、十七歳になる城主の御娘に託されている。



 

 その大天守のやぐらには、十六名の少年少女が集っていた。

 上臈じょうろうが二名、中臈ちゅうろうが十四名である。


 少年たちは、詰襟の黒服に身を包む。

 少女たちは、白い開襟の黒服を纏う。

 

 全員が刀を持ち、整然と立ち並ぶ。

 彼らは選び抜かれた精鋭であり、命を賭して国の守護に当たる。

 この国の姫と寝食を共にし、その能力を生かして最前線で戦う。

 

 だが、戦いの経験を持つ者はいない。

 先の戦いを記した書を読み、語り部の言葉を子守歌として育った。

 

 その半数近くが、その戦いで敗北して滅した国の移民の子である。

 民にとって重要なのは、生きること。

 誰が主であれ、暮らしに必要な物を与えてくれる者に従う。


 ましてや、移民の子でありながら『トギ』に選ばれたことは、至上の名誉だ。

 十八歳まで勤め上げれば、生涯食うに困らぬ年金が出る。

 

 ゆえに『トギ』たちは心を一つにし、使命に没頭する。

 自分のため、家族のため、国のために――。




「姫御前さま、ご到着なる!」

 廊下に控えていた従者が叫び、全員が姿勢を正す。


 革靴の音が低く鳴り、紅月べにづき姫が姿を現した。

 背は高すぎず低すぎず、背を伸ばして堂々と、置かれた金色の鎧の前に立つ。

 付き添う上臈の『トギ』の少女二名は抜刀しており、いつでも敵を迎え打てる体勢だ。


 

 紅月べにづき姫はやや足を開き、板敷きの床を踏みしめ、仕える者たちを直視する。

 

 腰まで届く黒髪は艶やかに輝き、白い額を覆う前髪が柔らに揺れる。

 上衣は白く、背に斜めに斬り込む衿は真紅である。

 襟元に止められた紗の帯は黒。

 襞の入った裳も黒で、白の靴下と黒い革靴を履く。


 だが――唯一の異様は、その瞳である。

 深紅である。

 受け継いだ『紅の力』ゆえに、民が持つ『黒き瞳』を失った。

 それゆえ、民と同じ物は見えず。

 ただ、魂の形のみを視る。

 生ける者の心のみを視る。


 物を食べても、味は無い。

 においも感じない。


 そして、痛みすらも。

 

 戦いに不要なものは、全て打ち捨てた。

 炎魔えんま刀『紅鴉べにがらす』を繰るに不要なものは、全て取り払った。


 もはや人に無く、肉体は『紅鴉べにがらす』の鞘としてのみ存在する。

 炎魔えんま刀を振るう人形ひとがたに過ぎない。


 だが、姫君はそれを受け入れた。

 国のために。

 民のために。



「……敵は『瑠璃鴉るりがらすの国』である」


 紅月べにづき姫は告げた。

 姫に遺された唯一の人の証は、『声』だけだ。

 よく通る、やや低めの伸びる声。

 齢よりも、少し大人びて聴こえる声だ。



「……我らの国に刃を向ける者は、容赦なく殲滅せよ」


 姫君は命じ、左手を差し出した。

 甲に真紅の紋章が浮かび上がる。

 炎がゆる真円の内側に、真紅の片翼が浮かぶ。

 

紅鴉べにがらすの女神よ。我が血を糧に、その力を授けたまえ!」


 その言葉が終わらぬうちに、紋章より刀の柄が滲み出た。

 深紅の糸が絡みつく柄の先には、白銀の刃がある。


 国の主の証たる『紅鴉べにがらすの太刀』は、敵の血を吸うべく――その輝きを増した。


 


  ――続く。



 ◇◇◇◇◇


 後書きです。

 構想が固まって来たので、お試し版として冒頭を記してみました。

 初の女性主人公の作品となります。

 時代設定は、昭和30年代ぐらい?

 団地などが建ち始めた頃でしょうか。

 テレビは無く、ラジオは在る。

 そんな感じです。


 

 そして、もう一人の主人公碧夜そうやの登場はもう少し後です。

 お試し版なので、続きの執筆時期は未定です。


 しかし……時間が無いのに作品数を増やすな、自分!

 自分をグーパンしたいです汗。

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