呪詛返しの呪詛師

Meg

前編 不幸続きの

「別れたい」


 学校からの帰り道。高校生の美咲は、彼氏から唐突に告げられた。


「は? なんで?」


 冗談だと思った。なんの予兆もなかったし、なにも話し合っていない。

 どういうつもり?

 そう念じ、目で訴えかける。

 彼は顔を背け、美咲の目を見ないようにし、早足で行ってしまう。

 納得いかず、追いかけようとしたそのとき。

 建設中のビルから、硬く重い鉄骨が勢いよく落下した。美咲の鼻先ギリギリ手前をかすめて。

 耳障りな音を立て、鉄骨は地面に散らばる。周囲の人たちは悲鳴をあげたり、どよめいたりしているが。


(まただ)


 美咲はただそう思うだけ。

 最近、こんなベタな不幸が続いている。


 


 学校でも、こんなことがあった。

 階段の下で固まっている友達を見つけ、美咲はおりて話かけに行こうとした。


「ねえ聞いて。この前彼氏とさー……」


 足は、友達全員が向けてくるよそよそしく冷たい眼差しに、怯んで固まる。

 友達は美咲を避け、そそくさと階段をくだり、行ってしまう。

 ハブられた? 私が?


「待ってよ」


 焦りが募ったので、駆けおり追いかけようとした。

 するっと、ずるっと足が滑った。

 叫び声をあげながら、階段の角に身体をこすりつけ、ずりずり落ちる。

 一番下まで来て、ようやく止まった。

 身体がズキズキ痛む美咲を、友達は助けるでもなく、心配するでもなく、バカにしたような笑みをチラッと浮かべるだけ。


(最近こんなことばっかり)



 

『なんか運が悪いっていうか』


 自室でひとりスマホをいじり、タッツイーに書き込みながら、美咲はイライラしていた。


「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないわけ?」


 イライラ、イライラ、イライラ、イライラ。

 ストレスが止まらず、画面をスクロールしていく。どんなに下に行っても、誰かのつぶやきが途切れることはない。

 この大量のジャンク情報を、ポテチみたいに脳に貪らせれば、このイライラも少しは紛れる。

 ふと、あるツイートが目に入った。


『芸能人R、育児放棄か』


 拡散され、いいねもたくさんついている。リプライもだ。


『最低』

『クズ親』

『前からかわい子ぶっててキモかった』

『ぶっちゃけブス』


 そのズバズバした言葉が面白くて、プッと吹き出した。

 むくむくと、自分でも書きたい気持ちが込み上げる。その衝動に突き動かされ、スッとアカウントを切り替えた。

 裏アカウント。顔見知りに見られたら、いろいろとまずい愚痴ばかりつぶやいている。

 パタパタと文字を打った。


『このブス顔でよく芸能人になれたな』


 投稿すれば、すぐにいいねがついた。

 みんなが自分の言葉を肯定してくれている。世の中のみんなが思っていることを、自分が代弁した。

 自分は正しい。

 頭の芯のほうで、優越感と気持ちよさの風船が、どんどん膨らんでいくみたい。

 イライラも吹き飛んでしまった。

 芸能人の悪口をつぶやく合間に、目についた適当な他人の悪口もパタパタ書き込んだ。


『歌ヘタすぎ。よく歌手になれたな』

『大してかわいくないくせに。ゴリラみたい』

『このレベルでウケる。いや泣ける(´;ω;`)』


 つぶやけばつぶやく度、いいねがついた。賛同のリプライがついた。

 楽しくて楽しくて、思わず頬が緩む。

 イライラも消えて、満足したので、アカウントをスッと本アカウントのほうに戻した。

 すると、何件かリプライが来ている。さっきの『運が悪い』とつぶやいたツイートに対して。


『それ呪われてるんじゃないですか?』


「……呪われてる?」


 なぜ急に、そんな怖いことを言われなきゃならないの?


『塩盛ってください!』

『お祓い行ってお祓い!』


 あとは知らない人たちが好き勝手言っているけど。



 

 それからというもの、夕暮れから先の時間が、妙に怖くなった。

 下校するときだって、赤い西陽に照らされたグラウンドを背に、校門に向かおうとするたび、ビクビクと周囲を警戒しながら歩く。

 ホラー映画みたいな、お化けとか幽霊とかに襲われるんじゃない?

 なんで自分がこんな目に……。

 理不尽だと思う。大体、呪いだとしたら、一体誰がなんのために。


「あら、そこのあなた!」


 不意に声をかけられた。軽い女の子の声に。

 条件反射で振り返ると。

 グラウンドの真ん中に、見知らぬ女子高生が立って、じっとこっちを見ていた。なぜかラインカーを使って、地面に白線を引いている。

 白すぎるほど白い肌。鮮血のような赤い唇。切りそろえた黒く長い髪。日本人形みたいな雰囲気だが、着ているのは、知らない高校のブレザー。

 足元にトテトテと、キジトラの猫がやってくる。


言子ことこよ。こたびの呪詛じゅそは一苦労じゃな」

「師匠、それだけ大きな呪詛ということですよ」

「うむ。お主にとってよい経験となろう」


 猫がしゃべっている。

 あぜんとしていたら、その子を見たジャージの先生が、びっくりして駆けつけてきた。


「こら! 何してる!」


 怪しい女子高生は、何気ない調子で答える。


「呪詛返しです」

「……は?」


 先生の顎は、外れたように開きっぱなしになった。


「呪いを跳ね返してるんですよ。私は猫崎ねこさき言子ことこ。市からは許可を……。て、それより」


 女子高生は、美咲に視線を戻した。


「あなた。ひどい呪詛」


 耳に入った瞬間、とてつもない寒気がした。

 呪詛って、何?


(やっぱり私、呪われてるの?)


 怖くて怖くて、足早に校門へ向かう。


「あ、ちょっと待って」


 女子高生が声をかけてくるが、無視して逃げた。




 美咲が裏アカウントで誰かの悪口を書き込めば、そいつは即座にリプライで反撃してくる。

 今日の相手は、いろんな活動をしてちょっと目立っている学校の知り合い。顔見知りだけど、裏アカならバレずに言いたいことが言える。

 きっと、今頃顔を真っ赤にして、慌てているに違いない。

 その情景を思い浮かべると、すごく滑稽で、クスッと笑えた。

 塞ぎ込むような気分も晴れていく。

 脳裏に浮かぶ、嫌な記憶も忘れられる。

 あの、日本人形みたいな女子高生のこと。

 呪詛とか言っていた。


(そんなのあるわけないじゃん)


 タッツイーであの子について調べたら、それっぽい情報がチラチラと出てきた。

 なんでも、『呪詛返し』を生業にしているのだとか。オカルトすぎて、美咲には縁遠い。

 まあいい。それより、もっと情報を貪りたい。

 嫌な気持ちを消し去りたい。

 そこで別のアプリをタッチし、開いた。

 トックテック。面白いショート動画が、毎日たくさん上がっている。

 適当に目に入った、歌ってみた動画をタップ。

 素人歌手が、有名な歌のサビを熱唱している。

 コメントは賞賛の嵐が。


『千年に一度の歌唱力』

『かわすぎ』


 見ているうちにムラムラと、コイツらバカじゃないの?という気になる。

 だって、大してうまく聞こえない。顔だってブス。

 鼻でわらって書き込んだ。


『友達のカラオケの方がマシだわ』

『よく人前でさらせるな。私なら恥ずかしくて死ぬ』


 まばたきも忘れて、ひたすら書き込んだ。

 ストレスが消えていく。

 嫌なときはひたすらこうすればいい。


『調子乗りすぎ』


 パタパタそう書き込んだ時。


『おまえがな』


 そんな言葉が返ってきた。

 発散していたストレスが跳ね返ったみたいに、肩が一気に重くなる。

 すると床下からドンッと、激しい音がして飛び退いた。


(何?)


 


 様子を見に降りたら、ドスドスと玄関に向かって歩く父親とすれ違う。近寄りがたいオーラを放ったまま、父は乱暴にドアを開け、家から出ていった。

 リビングで、母親が肩を落とし、頭を抱えている。絶望感たっぷりで、この世の終わりのように。


「パパと離婚するから」


 暗くつぶやかれた言葉に驚きすぎて、口をパクパクさせた。


「なんで? パパとママは仲いいのに……」

「パパについて行ったら? 私は面倒見切れないよ」

 

 美咲の問いに答えず、母親は抑揚なく、突き放すように言った。


(どうして私ばっかり……)


『ひどい呪詛だわ』


 言われた言葉が頭に響く。

 やっぱり本当に、自分は呪われているのではないか?

 じゃあどうする? もう一度あの人に……。

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