海上から見えた喫茶店
渡貫とゐち
海上から見えた喫茶店
「…………何時間が経ったんだ……?」
「何時間っつうか…………何日、じゃねえか?」
イカダの上で、大の字で寝転がる男が二人いた。
身なりは汚く、髪も髭も雑に伸ばしている。
太陽の直射日光を遮ることもできず、二人は体力を奪われ、指一本も動かせない。
肉体よりも先に精神をやられた――立ち上がる気力もない。
せめて、海しか見えない景色に変化があれば…………。
「そりゃ、出発した時から考えればな……そうじゃなくて、今日になってからだ……」
「分かるかよ、そんなこと……」
考える余裕もない。
片方の男が首を横に傾けた時、
「――ッ、おい! あれッ、陸じゃねえか!?」
朦朧としていた意識が戻った。
景色の奥に見える、海ではない異物を見つけたのだ。
遠くを飛ぶ鳥と見間違えたか? と思ったが、やはりあれは陸だ。
陸――浜辺。
そして建っているのは、小さいが、建物――。
人がいるかもしれない。
「おい、期待させんなよ、どうせ見間違――え? ……マジかよ!? よっしゃっ、やっと、やっとだ――やっと俺たちは助かるんだッッ!!」
漂流した無人島から出発して、どれだけの時間が経っただろうか……。少ない食糧を分け合って、なんとか生き延びて――意外と生き延びることができるものだな、と二人はこれまでの生活を振り返る。
イカダの上での生活は、変わり映えがなさ過ぎて、思い出の色も一色過ぎるが。
「早く手で漕げ! せっかく見つけた出口なのに、波に流されたらまたふりだしだ! 死ぬ気で漕げよ!?」
「やってるってぇの!! お前こそ、手を抜くんじゃねえぞ!!」
二人は必死になってイカダを前へ進める。
大きな波がきても怯まずに、必死に、見えている建物へ、一直線に――しかし。
二人は気づけなかった。
背後から迫る、一段と大きな波に――
「っ!? やべえ後ろ――」
「は? がばばぼごお!?」
〇
「綺麗な景色だろう? 海の見える喫茶店……、内装もオシャレだし、料理も美味しいって評判なんだ。ただ、隠れ家的な店だから、親しい人にだけ紹介するに留めてくれよ?」
とあるカップルが喫茶店を訪れていた。
このお店を紹介された女性の方は、きょろきょろと落ち着かない様子だ。
こういったオシャレなお店にくるのは初めてなのかもしれない。
「あ、あたし、このお店に合うファッションじゃないよね……?」
「はは、そんなの気にしなくていいよ。明らかにミスマッチでなければ、どんな格好だって大丈夫さ。冠婚葬祭じゃないんだから、オシャレな喫茶店にくる時くらい好きな格好をしなよ。――いつもの君が好きだから、こうして誘ったわけなんだし」
「そっか……」
男性の言葉に頬を赤く染めた女性が、照れ隠しにメニューを広げ、視線を落とす。
あなたはどれがいい? と視線を上げた時、綺麗な海の中に、一つの異物が見えた。
……あれは、イカダ?
あ、でも……、大きな波に飲まれて、消えてしまったけど……?
「どうしたんだい? 綺麗な海に見惚れてた?」
「え? ああうん……そうね……気のせいだものね」
まさか。
さすがに、無人島から脱出してきました! みたいな非日常的な光景が本当であるはずがない。
疑問を振り払って、女性は再び視線をメニューに戻す。結局、おすすめランチを頼んだ。
「見ていて飽きない景色だよね」
「うん、そうね……」
料理が届くまで、景色を見る二人……、ただし女性の方は、やはり探してしまう。
中途半端に見てしまったのが原因だ……どうしたって、気になる。
波に飲み込まれたイカダと、それに乗っていた『生存者』は、もう浮いてこないのかと――。
「…………」
「ほら、料理がきたよ」
「あ、そうね、じゃあ――――いただきます」
…了
お題「海の見える喫茶店」
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