no51...諦めない心

――魔剣カグラ・リナティスの事件から十五年後。


「今日の会議は荒れそうね」


 私は領主会議に王族として出席するため、筆頭側使えのシファやその他の侍女に、服や髪を整えてもらっている最中だった。


「ベネッサ様。出来ました」


「ありがとう、シファ」


 故カトリーナ直伝の支度術を極めたシファは、今やレティーナ城の中でも一目置かれる存在だ。おとなしい口調や物腰がミステリアスだと、一部の男性には人気らしい。ただ、シファは色恋沙汰に興味が無いみたいだけど……。


「今回の領主会議の議題ですが、ベネッサ様が十五年前から実施してる『国民調査』について、第五と第六領地がまた異議申し立てを行なっています」


 あの事件の後、私が目覚めると涼音さんは私の中からいなくなり、神剣カグラ・マサラも、物言わぬただの剣に成り下がっていた。


 その後、皆の後押しを受けてフェルリオル王子と結婚した私は、すぐに王妃となった。マグルディンの攻撃で騎士団はおろか、レティーナ王も殺されていたからだ。


 そして、王となったフェルリオルの協力の元、『国民管理』という名目で産まれてくる子、全てを鑑定にかけスキルを管理している。


 ……この世に転生しているであろう、涼音さんを探すために。


 そして、あの日から十五年。毎年産まれた子に鑑定を掛け続け《万物分断》や《神剣献上》などのスキル持ちが産まれていないから確認しているが、一向に見つからない。


 もちろんこの世界はレティーナ王国だけではなく他にも国はあるので、別の場所で転生している可能性はある。


 それでも、私に ”さようなら” も言わないでいなくなった涼音さんには、どうしても一言言いたくて私は職権濫用している。


「第五と第六の事はなんとかするわ。ちなみに、レディーの着替え中に男性が同室するのは、非常識じゃない? ルイン」


「仕方ないじゃないですか、時間がないんですから」


 ルインは側近として、いまも私のために働いてくれている。ちなみにルインは、カルナセシルと結婚した。本人は教えてくれなかったがカルナセシルいわく「俺以外の誰がお前の面倒を見れるんだ」というのがルインのプロポーズの言葉だったらしい。


「それとイステリナ王国の大臣が面会を求めてます。名目は関税の緩和ですが、恐らく目的は別にあるかと」


「今日は領主会議の後に晩餐会だというのに……。いいわ、領主会議の後十五分だけ会います。フェルリオルにも伝えておいて」


「かしこまりました」


 もう領主会議まで時間がない。王族になってから十五年も経つのに、考える事、やる事が多すぎる……。でも弱音は吐いてられない。


「ベネちゃ――じゃなかった! ベネッサ様!」


 ノックも無しに、ドアの前で警護していたカルナセシルが勢いよく入ってきた。


「ノックくらいしろ!」


「ごめん、ルイン。ベネッサ様! ヴァルド君が来たから知らせようと」


「今年は早かったですね。ルイン時間ある?」


「ありませんよ……」


 嫌そうな顔をするルインを無視して、私は二人へ指示を飛ばした。


「じゃあ領主会議を十分遅らせて。カルナセシル。彼を一階の応接室に案内しておいて」


「はぁ……。また悪女っていわれますよ?」


◇◆


 コンコン


 我が応接室の中をうろうろしていると、ノックの音が響いた。ガチャとドアが開くと、豪華なドレスに身を包んだベネッサとカルナセシル、ルインが入ってきた。


「忙しいところをすまない」


「いえ、いいんですよ。ヴァルドさん……」


「――今世の名は好きではない」


 ルインがガチャリとドアを閉めると、ベネッサは言い直した。


「そうでしたね。カグラさん」


 応接室に設置された鏡に映る自分の姿に、いまだに違和感しかない。赤い髪に色黒の肌。この世に生を受けて十五年。背も伸び、やっとそれなりに戦える身体になってきたが、どうにもこの外見はしっくりこない。


「それでどうだ。涼音は見つかったか?」


「今年もダメでした」


「レティーナ王国内で、新たに産まれた子供のスキルリストがこちらです」


 ルインから紙の束を受け取って、パラパラとめくる。ベネッサも確認しているだろうが、自分の目で見るまでは信じられない。


「……ふむ。それっぽいのは、いないな」


 思わずため息が出てしまいそうになる。十五年だぞ。涼音はどこにいるのだ……。


「あの涼音さんは、本当に記憶を無くして産まれてくるのでしょうか?」


「あぁ、同じ世界に二度転生すると記憶を失う。これはこの世界の絶対的な因果だ。我のように魂が神属性を持たぬ涼音の魂は、この因果を避けることは出来ん」


「そうですか……。諸外国を回っていたカグラさんはどうですか? 収穫はありました?」


 ベネッサの問いに、我は首を横に振った。


「ダメだった。検閲が厳しいが、今年はイステリナ王国を回ってみる予定だ」


 涼音の事を直接知らないルインは、涼音探しにやや難色を示しているのは知っている。だからこんな質問を投げてきた。


「カグラさん。本当に涼音さんは、この世界に転生しているのですか? 元の世界に帰った可能性もあるんじゃないですか?」


「それは絶対にない。我のスキル《命の絆》がまだ対象として、涼音を指している。この世界に魂が存在しないなら解消されるはずだ」


「そうですか……」


 別世界から偶然この世界に転生した涼音の事だ。リナティスを倒し、ベネッサから自分を切り離した後、神とやらに合ってるはずだ。そこでこの世界への転生を望んでるはず。絶対にこの世界に産まれてくるはずなんだ。


「ベネッサ様、そろそろ時間が……」


「ああ、領主会議か。すまなかったな。また来年頼む」


「レティーナ王国の中はお任せください」


 俺はベネッサに礼を言うと、足早に城を出た。実は《命の絆》で指定した相手の魂が、この世界に存在しなくなったらどうなるのか、そんなことはしらん。ただ、ああ言っておかねばルインを始め、周りが納得しないだろう。


「どこにいるんだ。涼音……」


 今日はレティーナ王国の生誕祭だ。あの事件以降、処刑場は廃止され、ダンジョンも封鎖された。あんな事件など無かったかのように、街は賑わいを見せている。


「安いよ! 安いよ! ホックホクの焼き魚が出来立てだよー! 旅に便利な干物もあるよー!」


 城下町の広場に入ると、露天商のおやじの活気ある声が聞こえてきた。これからイステリナ王国に行くなら備えは必要だ。


「オヤジ、全部くれ」


「うぇ?! 全部か?! まいど!」


 これからまた長旅になるだろう。剣だった時は食べる必要などなかったから、食事という燃費の悪い行為が俺は嫌いだ。だが食べねば動けぬ、人間とはなんとも不自由な生き物だ。


「おじさーん! 焼魚くださーい」


 若い女の声が聞こえて振り向くと、腰に剣を下げ黒いフードをすっぽり頭に被った少女が、俺の前に横入りした。


「あー! すまねぇ、そこのお兄さんが全部買っちゃったよ」


「えええええー? ぜ、全部?!」


 少女は振り向くとフードの中から、キッと強い目で俺を睨んできた。


「ちょっと! 今日はお祭りだよ?! みんなで楽しもうって日なのに、買い占めるって酷くない?!」


「必要だから買ったのだ」


「なんですってー?!」


 少女は俺の外套をぐいっと掴むと、反動で少女のフードが外れた。十二歳くらいだろうか。まだ幼さを残す顔に、青い綺麗な髪、それをやや複雑なポニーテールで結んでいた。


「……そ、その髪型」


「え? なに? なんか付いてる?」


 震える手でポニーテールを指さす我をみて、少女は頭を押さえたりくるくるとその場で回った。

 間違いない。涼音が配信魔法で作った分身がやっていた髪型……。恐らく涼音の世界で流行っていた髪型なのだろう。この世界ではみた事がない。


「お前は、涼音……なのか?」


「うぇ?! なんであんた、私の名前を知ってるの? 怖っ」


 涼音だ。やっと見つけた……。涙で涼音が見えなくなり、我は慌てて涙を拭った。


「待って?! なんで泣いてるの?! 泣きたいのはこっちよ! 魚を譲りなさいよ!」


「涼音ッ!」


 我を忘れてガバッと抱きついたが、避けられその場に倒れこんでしまった。


「ちょ! いきなり何?! 誰かと勘違いしてない?!」


「間違えてなどおらぬ。涼音……、我だ。カグラだ。お前と共に戦った神剣カグラ・マサラだ! 思い出してくれ!」


「いやいやいや、知らないってー! 私の名前はスズネだけど、カグラなんて人、知らないよ?!」


 ダメか……。涼音の傲慢さを持ってしても、今世に記憶は持ってこれなかったか……。


 どうしたら思い出してくれる……。何か……。我と涼音の絆を繋ぐ方法は……。


「んじゃ。魚は貰って行くねー」


 魚に手を出した涼音に、気付くと我は剣を向けていた。


「おっとー? 何よ、やる気?」


 涼音……。お前はどんな時も諦めなかった。勝てる見込みのなかったリナティスにも、臆さずに挑んだ。だから、我が諦めるわけにはいかないのだ!


「魚が欲しければ、我を倒していけ」


「へ? すごい悪役のセリフじゃん。いいよやろうか。私こう見えても強い、よッ!」


 涼音は腰の剣を素早く抜くと、我に襲いかかってきた。涼音が握る剣が我ではないのが悔しくて、全力で反撃に出る。


「わ! へぇ、やるじゃん! これはどう?!」


 涼音は素晴らしい身のこなしで、我に次々と美しい剣撃を叩き込んでくる。右、左、フェイントからの下段……。どれもこれも、我が教えた剣だ……。


 そして我が攻撃した際の防御の癖、これは超級神剣術の動きそのものだ。


「なんだなんだ! 喧嘩だ! 喧嘩だ!」

「お嬢ちゃんに賭けるぞ!」

「いやいや兄さんの方が強いだろ!」


 我の名前を出しても涼音は思い出さなかった。どうすれば我を認識するのだ! 思い出せぬなら、無理やり思い出させる他ない!


「涼音! 思い出せ! 我と共に戦った日々を!」


「だーかーら、知らないって!」


「最初に倒したのはエンシェントデビルだったな!」


「そんなモンスター、聞いたこともないってッ!」


 涼音の剣を受ける度に、剣の重みや太刀筋から感じる懐かしさで、手が震える。


「我らが絆を結ぶきっかけになった戦闘。巨大シェルロックリザードとの戦いは覚えていないのか?!」


「もう! しつこいっての! 《万物分断》」


 その瞬間……。我の剣が真っ二つに折れた。いや分断された。やはりこの子は確実に涼音だ。我はとっさにこの身体、ヴァルドの固有スキルを発動させる。


「繋がれ……《万物結合》」


「ゲッ! うっそぉ!」


 全てを結合するスキル《万物結合》は、涼音を離すまいと願っていた我が産まれながらに持っていた固有スキルだ。


 折れた剣を瞬時に結合させ、涼音の攻撃を捌く。その様子を見て驚愕の表情になった涼音が、ニヤリと笑った。


「やるじゃん! 私の固有スキルまで防ぐなんてさ! 私これでもBランク冒険者なんだけど! お兄さん何者?!」


「我はカグラ・マサラ……。涼音。お前を愛している者だ」


「へ?! あ! わ! 変なこと言うな!」


 こうして涼音の剣から受ける衝撃すら愛おしい。叶うならばずっとこうしていたい……。


「よーし! 私の最強の技で仕留めてあげる!」


「ああ、我も全身全霊で応えよう」


 涼音が、我と同じ構えを取った。


 互いに笑みが漏れる。


 そして動いた――。


『「 神技―― 冥 空 絶 炎 斬 」』


 時間にして、数秒にも満たない刹那。


 しかし我にとってはかけがえのない時間だった。


 剣と剣が無数の火花を散らす中……。


 その刹那。確かに我は聞いた。


「あれ? カ、グラ……?」


 そうだ。我と涼音が初めて心を一つにしたのは、神技を――この技を放った時だった。


 記憶が肉体に依存するならば、リナティスや我は肉体を持たずして記憶を持っていた事と、辻褄が合わぬ!


 ならば記憶とは魂に内包されているはずだ! 忘れたなら…。


 我が思い出させるまで!


「涼音! 今こそ思い出せ! 我との日々を!」


 神技が激しくぶつかり合い、我と涼音の間にはより一層激しい無数の火花が散ると、弾かれた涼音の剣はヒュンヒュンと宙を舞い、地面に突き刺さった。


「はぁはぁ……」


「ハァハァ……」


 激しく肩で息をする涼音は、俯いたまま顔を上げない。


  ポタ……。


 涼音の顔から、何かが滴り落ちた。


 涼音の拳が強く握られる。


  ポタポタ……。


 落ちた雫は土に染み込み消えてなくなる。


「そうだ、私は……」


 顔を上げた涼音は、涙と鼻水でグチャグチャにしながら、我の胸に飛び込んできた。ああ、これだ。これこそ、我の知る涼音の顔だ。


「涼音!」


「かぐらぁ〜! うぇ〜ん」


 我は涼音を力いっぱい抱きしめた。


 もう離すものか! 絶対に離すものか!


「涼音、思い出したのか?!」


「うん! 思い出したよ! 私の大好きなカグラ! もう離さないから!」


 我は涼音に強く抱きしめると、優しくキスをした。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、そのキスは我らがやりたくても出来なかった、最初の愛の形だった。


「なぜ、すぐに転生しなかった」


「ぐす……。違うんだよ! 神様のところでさ! カグラが来るのかも?って思って待ってたんだよぉ。ずっとボケた神おじいちゃんの介護で辛かったんだから……」


「そうだったのか……」


 神はそう簡単に会える存在ではない。我ですら見たことすらないのだ。しかし、なぜか涼音だけが招かれる、涼音はこの世界において特別なのだ。


「ぐす、ハァ――。よかったぁ。思い出せて……。カグラ、ありがとう……」


「涼音の諦めない心が、我を導いたのだ」


 ぐぅぅぅ〜。


「と、ところで魚は私が貰っていいよね? お腹すいちゃった」


「ふ、食い意地だけは、死んでも治らないらしいな」


「いいじゃーん! お腹空くんだもん! そうだ! ベネッサに持っていってあげよー!」


「そうだな。挨拶しにいくか涼音』


「うん!」


 涼音は大量の焼き魚や干物を受け取ると、我らは二人で手を繋ぎ、レティーナ城に向かって歩きだした。


――fin


―――――――――――――――

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