告白9

 裕也は衝動のまま岡崎を殴り続けた。

「いじめ」

 違う。俺はいじめてない。あいつが悪かったんだ。新しく入ったサッカーチームで先輩だったあの男。名前は意図的に忘れたあの男。とてもひ弱で触れればすぐに割れてしまいそうだったあの男。俺は彼をいじめてなんていない。彼は元々あのサッカーチームでも浮いていた存在だった。たいして巧くもない。人気もない。ただ体力は抜群にあった。だけどそれだけの男。多くの選手は影で彼のことをあざ笑っていた。ウドの大木。弱虫。そう言って笑った。ある日ストレスの溜まった他の先輩が「今ならサンドバックを真っ二つにできるぜ」なんて冗談を言うから、「それなら見せてくださいよ。ほら、あそこにちょうどいいサンドバックが」といって、俺はその弱い男を指差した。サンドバックだっただろうか、もしかしたらサッカーボールに例えたかもしれない。いずれにしても、それから彼はサッカーチームの男たちに蹴られるようになった。だけど、俺は彼を蹴ってない。小学生じゃないから誰も俺に彼を蹴れとは強要してこなかった。されても、俺は断るだろう。人は蹴ってはいけない。人はサッカーボールじゃない。そうだ、俺は正しくあろうとした。蹴られる彼を見るのは愉快だったけれど、俺が蹴るのでは話が変わる。傍観者である俺は加害者にはならない。

「自分勝手。考えなし。無責任。ナルシスト。臆病者。エゴイスト」

 みるみるうちに事態は悪化していった。次第にそれは金、賄賂、怠慢、駆け引き、嫉妬、売春が絡み、いじめ、暴力、暴言は継続し、猫なで声、手のひら返し、そして殺人へと流れていき、終息した。

「偽善者」

 俺はそのことが許せなかった。俺はプロのサッカーチームとは清くあると思っていた。漫画みたいにみんな笑って、辛いことがあっても楽しんで、愉快で、喜びに満ちているということ。あのような血が流れる陰惨な場所であるはずがなかった。彼が暴力を振るわれていたのは、きっと彼自身の問題だ。彼には技術はなかったけれど体力はたしかにあった。それがいけなかったのだろう。彼は耐えた。文字通り死ぬまで耐えた。だから誰も止まらなかった。口答えをせず、あの立場であることに甘んじていた彼が悪い。そして暴力を振るっていた他のチームメイトも悪い。だけど、俺は悪くない。なにもしてないのだから。

「例え、全ての発端が先輩を笑わせようとしたお前の発言であったとしても」

 だから、岡崎の発言は我慢できなかった。「俺は悪くない、いじめていない」と言い聞かせるように唱え続けていた裕也の、その根底を揺るがす呪いの言葉を口にしてしまったのだから。

 殴る度にあの頃の記憶と罪悪と後悔が甦り、それを覆い隠すために殴る。衝動を止めることができない。

「自己否定。正当化。都合の悪いことを見たくないだけ。ただの泣き虫。弱虫。屑」

 裕也は悪くないのに。いじめてなどいない。あの事件を見てからは極力人を避けるようになった。またサッカーチームにいたときのように「お前が悪いんだ」と根拠のない批難を浴びないために。自分が巻き込まれないために。予防していたんだ。正義であり続けるために。

「自分の罪を悔い改めろ」

 岡崎を殴った。本棚に彼の頭を何度も打ち付けた。倒れた彼の口元を執拗に蹴った。まだ唸るから革靴の底で腹を突いた。次第に狙いは外れ、いつの間にか手当り次第に彼の体の柔らかい部分を無我夢中で蹴った。指で突いた。拳で抉った。

「お前の足は人を蹴るためにあるのか」

 どれだけ彼の顎を潰せど、岡崎の声が裕也の耳元にソッと囁いてくる。

 裕也は怖くて彼にまたがり、首を絞めた。

「俺もいつか、こうして誰かの首を絞めて殺したかった。随分昔のことだけど」

 彼の頬から涙が零れているのを見て、自分はものすごく恥ずかしい人間だと思った。

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