2-6
住野さんは最初の一回目以降、恋愛を題材にしたシナリオを持ってくることはなかった。
結局文演部には正式に入部し、『本作り』にも積極的に参加してくれていた。しかし、彼女の持ってくるシナリオは他のみんなの好みに合わせたミステリ的なものや、家族や友人関係に悩む姿を描く日常に即したものなどばかりだった。
「もう恋愛ものはやるつもりないんですかね?」
ちょうどその日は他に誰も来ておらず、部室には僕と友利先輩の二人しかいなかった。ちょうど机の上に置いてあった住野さんのシナリオが目についたので、雑談のつもりで何となくそんなことを呟く。
「どうなんだろうねー」
今日の友利先輩は長い前髪をふんわりと流していて、毛先に遊びを持たせるようにしつつも、全体が野暮ったくならないよう丁寧にワックスで整えられていた。口調は明るく、少し間延びして気の抜けた感じがする。常に顔には薄っすら笑みを浮かべていて、表情からは思考が読み取れず、どことなく掴みどころのない謎めいた雰囲気を漂わせている。
「部活自体は楽しそうにしてるし、今はそれでいいんじゃないかなー」
確かに、彼女は文演部を気に入っているようで、まだ入部して二か月だというのにすっかり馴染んでいた。そもそも最初に自分で書いたシナリオを持ってくるくらいだったわけで、自分なりの部活への取り組み方をすでに掴んでいる感じだった。
でもだからこそ、わざわざ自分から持ってきた恋愛のシナリオをもっときちんとした形で作りたいのではないかと思ってしまう。僕があのとき上手くできなかったから、彼女はそれを躊躇してしまっているのではないだろうか。
「友利先輩なら、恋愛ものでも上手く演じられそうですよね」
どんな役でもまるで元々そういう人間であるかのように演じてしまう先輩なら、あんな風に中途半端で曖昧な物語にはならなかったはずだ。
「それはどうかなー。あのときの西村くんはお世辞にもいい出来とは言えなかったかもしれないけど、僕も大概変わらない人間だよ。むしろ自分に無自覚な分、僕の方が重症かもしれないな」
彼は謙遜して自分を卑下するようなことを言う。いつもこんな調子で、自分が褒められることをよしとしない印象があった。今日のように堂々とした性格になり切っているときも、決してそのスタンスは崩さないので、たまに違和感を覚えることがある。
「まあ、そもそも彼女は別に恋愛ごっこをやりたかったわけじゃないと思うな」
その言い方にはあえて悪意が含まれているように感じた。しかし、その悪意がどこに向けられたどういうものなのか、上手く読み取ることができない。
「わざわざ入部初日にシナリオを持ってきたのに、ですか?」
「恋愛そのものが好きだったわけではないと思うな」
言われてみると、恋愛に憧れているにしては、彼女のシナリオはひどく現実的で地味なものだった。せっかく物語を作ろうというのであれば、もう少し期待や願望を込めてもいいような気がする。
「僕が言うのはフェアじゃないから、これ以上はやめておこうか」
そんな意味深なことを言う彼は、どことなく僕よりも遠くに別の誰かを見ているような顔をしていた。
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