第二章 住野詩織
2-1
「住野さんが病院に運ばれたらしい」
あの日以来、久しぶりに和希から来た連絡はそんな予想だにしないものだった。
「部室で倒れていたところを通りすがりの生徒が見つけたみたい。とりあえず命に別状はないけど、しばらくは入院することになるって」
まだ時間は十八時過ぎだったので、おそらく事が起きてから一、二時間しか経っていないはずだが、すでに彼はおおよその事情を把握し切っているようだった。人脈の広い彼のことだから、噂を聞いてすぐに事実確認を行ったのだろう。
「でも、部室ってまさか……」
どうしても、悪い予感が頭をよぎる。そして、残念ながらその予感は当たっているようだった。
「たぶん景にもメッセージが届いてると思う」
僕は彼に促されてスマホを確認すると、今日の夕方ごろに住野さんからメッセージが一つ届いていた。
私は、白坂先輩を殺しました。
常に達観して、
他人を見下して、
世界を思い通りに動かしているような態度が許せなかった。
最高の死の形を求めていた彼女を汚すために、私の手で殺しました。
そしてこの罪を背負って、私も死のうと思います。
さようなら。
住野さんは自ら命を絶とうとして失敗した、ということのようだった。その遺書代わりのメッセージは完結ながら、彼女の切実さを感じさせられる文章だった。
「でも、住野さんが先輩を殺したなんて……」
正直全く信じられなかった。彼女は物静かでおどおどしていて、およそ誰かを殺すことができるような人間には見えない。ましてや、あの白坂先輩を殺しただなんて想像もつかなかった。
「うん。僕も彼女が殺したっていうのはありえないと思う」
和希ははっきりとそう言い切った。
「……景はさ、先輩はどうして死んだんだと思う?」
「さあ、そればっかりはわからないな。でもたぶんそれを僕たちに暴かせようとしてる。これは先輩が遺した最期の『本作り』だから」
僕は彼女の想いに応えたい。自らの死を使った渾身の作品を託されたのだから、それを完成させることが一番の弔いになるはずだ。
「そう、かもね」
しかし、和希は何となく歯切れの悪い様子だった。彼は先輩のシナリオが嫌いだと言っていたし、こんな風に自分を犠牲にしてまで作品を作ることが理解できないのだろう。あるいは、単純にまだ先輩が死んでしまったことを悲しみ、受け入れられていないのかもしれない。
やはり僕はまだ悲しいという感情が湧いてこなかった。和希とは真逆で、僕は先輩のシナリオに対して憧れを抱いていたし、むしろこうして僕たちに作品を託して去っていく彼女が羨ましくもあった。
自分は薄情な人間なのかもしれないと思う。近しい人物の死を素直に悲しむことのできず、人として大事なものが欠けてしまっている。それともこのシナリオがすべて終わったときには、彼女の死を本当の意味で受け入れることができるのだろうか。
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