平凡な少女のありふれた死に方
紙野 七
第一章 白坂奈衣
1-1
その日も彼女が死んでいた。
「もう十七時か。そろそろ行かなくちゃ」
防災無線のチャイムが流れ、もう部活に向かう時間になっていることに気付く。教室の時計が壊れていたせいで時間を確認できておらず、危うく遅れてしまうところだった。途中だった文化祭のクラスの出し物についての話し合いは他のメンバーに任せ、僕は慌てて荷物をまとめて教室を出た。
少し傾き始めた夕日に照らされる廊下を歩きながら、校舎の裏手にある部室棟へと向かっていく。もう九月末だというのに、今年の夏はずいぶんと長居をするつもりのようで、外に出るとほんのりと蒸し暑さを感じた。
他の生徒たちとタイミングがずれたからか、校舎裏に出ると人の姿はなかった。もちろん部室棟の中に入れば各々が部活に勤しんでいて、その先にあるグラウンドの方からは運動部の掛け声が遠雷のように響いている。
しかし、校舎の影に隠れたこの小さな空間は静まり返っていた。学校のあちこちから色々な音が聞こえてきているはずなのに、それらをすべて飲み込んだ奇妙な静寂が支配している。
まるで、たった一人でどこか遠い場所に来てしまったような感覚に浸る。そんなことが頭に浮かんだところで、あまりに自己陶酔が過ぎると自嘲気味な笑みがこぼれた。
集合時間から少し遅れて部室へ辿り着くと、すでに他の三人が入口の前に集まっていた。どうやら僕が最後の一人だったようだ。
「すみません、遅くなりました。じゃあ、始めましょうか」
そう言って僕は古ぼけた鉄の扉に手をかける。
その日に限って開け慣れたはずのその扉がわずかに重く感じたのは、きっと単なる気のせいだったのだと思う。最初に扉を開けることがその日の僕の役割だっただけで、深い意味などないはずだった。少なくとも扉が開き切るまでは、僕たちはみんなそう思っていた。
そして僕は自分に与えられていた役割に従い、部室の中で倒れる彼女を〝発見〟する。
部室はさほど広くはなく、一見すると物置のような佇まいだった。壁沿いに立てられた銀色のラックには、雑多に重ねられて埃を被った本が並んでいる。中央には四人掛けの机が置かれていて、それが部屋の半分以上を占めていた。
電気が消えて薄暗い部屋の中に、窓からちょうどいい角度で夕日が差し込んでいて、全体がほんのりオレンジ色に光っていた。少しだけ開いた窓の隙間から、涼しげな風が優しく入り込んできて、赤く染まったカーテンを揺らす。
そんなノスタルジックな雰囲気に満たされた中で、彼女は赤い影を落としてうつ伏せに倒れていた。彼女はそうやっていつものように死んでいた。
「ひゃっ!」
僕の後から入ってきた後輩が声にならないような短い悲鳴を上げる。それを聞いて、ようやく自分が呆然と立ち尽くしていることに気が付いた。
「嘘、だろ……」
僕たちは息を呑んでじっと彼女の姿を見つめる。見慣れたはずの彼女の死に様が、けれど明らかにいつもと違う様相を呈していた。
「……死んでる」
血だまりの中にうつ伏せになって倒れる彼女は、うっすらと笑みを浮かべ、ひどく安らかな表情で静かに死んでいた。
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