妖精使いは役に立たない

緑窓六角祭

[1] 別離

「うちのパーティーを抜けてくれ」

 定宿の一室でその言葉を聞いた時に僕は正直なところ肩の荷がおりる気分がした。

 ようやくこれで木崎に、それから他のみんなに、迷惑をかけないですむ。


 僕と木崎は同じ村で生まれ育った。だいたい年は同じくらいだったから何をするにもいっしょだった。

 木崎には剣術の才能があって村にふらりと立ち寄った剣士に基礎を教えられて、彼が去っていった後は独学でめきめきとその才能を伸ばしていった。

 一方僕はと言えば森の奥に迷い込んだところそこに住んでた偏屈ばばあに見染められて、妖精の力を借りる方法を教えてもらった。

 ばばあによればなんでもそれは今まさに途絶えかけている技術でその継承者は現在ほとんどいないという話だった。確かに現在まで僕は僕とそのばばあ以外の妖精使いにあったことがない。


 10歳を過ぎた頃に「街に出て冒険者になろう」と誘ってきたのは木崎の方だった。

 もちろん僕はその手をとったわけで、選択の責任は僕にあるに決まっている。街に連れ出したからには最後まで面倒を見ろというのは乱暴すぎて理屈になっていない。

 無事街に出て、冒険者の店に登録して、パーティーメンバーは増えたり減ったりしながら、5年ほどなんとかかんとかやってきた。

 そしてついに今この瞬間が訪れたというわけだ。


「本当にすまない」

 木崎が頭を下げる。心底マジメなやつだ。彼が僕のパーティー残留をぎりぎりまで考えてくれたことは知っている。その事実だけで十分救われる思いがする。

 というか今にして思えばなんとかかんとかやってけたその期間の方が奇跡だったのかもしれない。あるいはわりと低級では通用したけど仕事のランクが上がるにつれて対応が難しくなっていったのか。

 一応言っておくけれど僕がまったく無能だというわけではない。そのあたりのことは僕も彼もわかっている。ただムラがありすぎる。日によって十人力だったり十分の一人力だったりでは扱いが面倒だ。


「しゃあない、そういうこともあるさ」

 僕はつとめて明るく言った。本当のところ僕はそれなりにショックを受けていたのだが、長年の友人に心配をかけすぎるのはさすがに忍びなかった。

「これからも冒険者はつづけるつもりだから、またどこかで会うこともあるだろうさ。そんときは仲良くしてやってくれよ」

「もちろんだとも。俺たちが友人であることに変わりはない。そっちこそいくら出世したって俺のことを忘れてくれるなよ」

 ようやく木崎は笑ってくれた。彼の方も結構な無理をしてくれていたのかもしれないけれど。


 がっしり握手をして別れる。悪くない別れだったように思える。

 退職金もきっちりいただく。後で確認したところ相場より多めに入っていた。パーティーの共有資金だけでなく木崎のポケットマネーからも出てる気がする。ありがたくもらっておく。

 宿屋を出る。多分もうこの場所に来ることはないだろう。別段とどまっても構わないのだが向こうからしたら追放したメンバーとしょっちゅう会うのは気まずいに違いない、他所を探そう。

 僕は大きく伸びをした。これから新しい生活が始まるのだ。そこに希望を見いだすことにしよう!


「パーティー追放おめでとう!! ぱちぱちぱちぱち~」

 耳元で甲高い声が響く。

 視線をずらせばひょろながいキノコに短い手足の生えたやつが、右肩の上に座っていた。きのこの妖精、名前はキノスケ。僕がはじめて友誼を結んだ妖精だ。

 本来妖精はこちらの呼び出しに答えて現出してくるのだが彼に限って勝手に出てくることがある。正確には僕が意識せずに呼び出してしまっている。気分が落ち込んでいる時なんかに。


 歩きながら僕はキノスケに話しかける。帰ってもらうこともできたがちょうど話し相手が欲しかったので。

「おめでたいことなんかないよ。これから僕は1人でがんばらなくちゃいけないんだ」

「何言ってんだ、よく聞くじゃねえか。パーティー追放されたけどそこからめっちゃ出世して、逆に追放したやつらをぎゃふんと言わせたって話をよ」

「確かにそういう噂話は聞いたことがあるね。でもいずれも信憑性に欠ける。ついでに言えばだいたいにおいてその人たちはもともと有能だった、それが見過ごされていた」

「うんまあそのパターンは結構聞くかな」

「でも僕の能力はちゃんと僕も木崎もわかっている。あとあとになって能力が明らかになったり、彼が悔しがったりするような展開はありえないんだよ」


 僕の反論にキノスケは黙った。

 いやなんか論破とかするつもりはなかったんだけど、形としてそんな風になってしまった。多分彼も僕をはげまそうとして言ってくれただろうに悪いことをした。

「お前さ、これからどうすんの?」

 沈黙に耐え切れなくなったのか、キノスケはそんなことを聞いてきた。

 少しのあいだ黙ってから僕は答える。

「さあ? 実のところはっきりとは考えていないんだ」


 先に言っておくがこれは超絶強くて美少女な妖精が仲間になって――とかいう話ではない。

 木崎も普通にいいやつだし没落することはない。なんなら彼は数年後、辻見砦防衛戦において大きな役割を果たし、そこから一気に一線級へと駆け上がっていく。そのことを一番喜ぶのは他でもない"僕"だ。

 また実は"僕"には隠された才能があったということもない。"僕"は木崎とのパーティーにおいて全力を出し切ったし、周りの人間もそれを認めている。それでも噛み合わなかっただけで別れ自体は円満だった。

 ただしこれらは何も考えていない現段階でのことであって、話の展開に詰まったらあっさりと最強美少女妖精が仲間になるかもしれない、そこのところはあしからず。

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