【第3話 5】
「愛がほしい……愛が……だれか、だれか、僕に愛をくれ……頼むよ、誰か」
「ほら、立って! いい年して恥ずかしいぜ、このおっさん」
駆け付けた若い警備員が、心霊を慰霊する効果がある清水スプレーを吹きかけて チラシの上で号泣する男の腕を掴み上げる。
野次馬の中で一部始終を見守っていた桜ノ宮愛月は男が発した言葉に一抹の不安を抱く。「もしかして……壊霊が起きている?」
霊道学院で習った一霊四魂を思い出す。
人は美徳が満たされなくなると、美徳欠乏症とって心霊が悪霊化、前世を司る霊魂が暴走し始め、人格を形成する心霊が崩壊していく。これを壊霊という。
肉体は心霊の器であり、心霊は霊魂の器だ。心霊が壊れると、前世の霊魂が肉体を乗っ取る。乗っ取られた肉体は、乗っ取った霊魂の記憶をもとに再構築されてケダモノ化していく。
これをケダモノ化現象といい、ケダモノになると肉体から霊体に変わっていく。
霊体は一般人の目では見えない霊界でさまよい、人間に危害を加える。このケダモノに対抗する者たちが国家霊道士であり、国家アイドルたちだ。
立ち上がった男は肩を震わせて、薄気味悪い笑みを大衆に向けた。
愛月は確信する。「待って! いますぐ幸せなときを思い出して!」
「幸せ? ねーよねーよ。ハハハ、何のために生まれたんだ、俺は……」
「一つぐらいあるでしょ! でないとあなた、人間に戻れなくなる!」
「戻れなくなる……? いーや、戻れるんだよ。また、生きられるんだよ。それこそ、俺たちにとって幸せじゃないか! しかも、人間だ、人間になれる!
ハハハハハハハははははははははははははははははははははははは!!!!」
美徳欠乏症だ。男の美徳がなくなり、心霊が悪霊化して霊体が壊れ、人間でなくなっていく。
野次馬の視線が声を上げた少女に集まる。その少女は「下げって!」と命じるが、卑しい人間たちはスマートフォンで撮影することに夢中だ。
「おもれー、やっぱ壊れた人間は最高だな!」
動画投稿サイトで壊れた人間を見るのが好きな男子高校生二人組は警備員を振りほどき、館内で笑い狂う男を面白がっていた。
「クッ、あいつら!」
少女が正義感をむき出したとき、男の顔に向かって白い物体が飛んでいく。
「え、なに!?」
愛月は何が起きたかわからなかった。よそ見しているうちに、男の悶え苦しむ声が耳に届いた。見ると、真っ白な仮面をつけた男が必死に取ろうとしている。
だが、接着剤が付いているのか、なぜか取れない。
抵抗する男の耳に、優しい母なる声が届く。
「ママの声がする……ママの声がする……僕のママ? ママアーっ!」
「なんだよ、こいつ。マジでキメーな!」
警備員が再びスプレーを吹きかけるが、その仮面が黒い光を放出して男を包んだ。
強風が館内を襲う。野次馬たちは味わったことがない不安に襲われて怯え始める。
「マズい、ケダモノ化か!?」
桜ノ宮愛月は最悪のケースを想定してスクールバックからスマートフォンを手にする。その間、男の姿は漆黒の毛並みと人類を超える筋肉量を誇る、殺気に満ちたゴリラとなった。ようやく野次馬たちが逃げ始める。
「もしもし寧々ちゃん? 今、ショッピングモールの映画館にいます。そこでゴリラのケダモノが出現しまして、霊災認定して討伐していいですか……死者はまだ出ていないけど、救えないバカがいて……」
愛月の視線の先に、男子高校生二人組だ。半透明化していくゴリラを撮影しながらバカ笑いだ。「あれ、映らねーじゃん! 妖怪ってすげぇわ!」
正しくはケダモノだ。残念ながら、霊体の姿は電子機器に記録されないが。
そして、ケダモノの姿がスーッと完全に透明化する。
「マズイ! 寧々ちゃん、勝手にやります!」
少女が叫ぶ。「はやく、逃げて!」
だが、そのケダモノは逃がさなかった。ガブリ、と食ったのだ。
その高校生の頭を引きちぎると、背中を向けて逃げる警備員に投げつけ、頭と頭が破裂した。
赤く染まる館内、身体が宙に浮き、豪快に肉塊が削られていく。
食われた相棒の姿を見て腰が抜けたもう一人の身体も宙に投げ飛ばされ、天井に突き刺さった。ケダモノにとっては赤子の手をひねるようなものだ。
愛月は両手を合わせる。《霊道開眼》
両手の手相の線が重なり合い、右胸の心臓から脳まで繋ぐ霊道が開き、少女の瞳が宝石眼となる。とたんにそのケダモノがハッキリと見えるようになった。ケダモノ同様に肉体から霊体になったのだ。
食人するケダモノに動じず、足元のバックから守護霊が宿る仮面を手にする。
《仮面融合》
淡い桜の輝きはその怪物の視界を奪い、少女を
柱の鏡に映る曲線美に見惚れていると、ケダモノが分厚い胸板を叩いて絶叫する。
そして、その人狼に剛腕を振り上げた。人狼は飛びかかる猛獣をあざ笑うかのように真上へと跳び、トランポリンのよう頭頂部を跳ね、合掌して忍法を唱えた。
《
左手で右腕を、代々継承してきた名家の術式を組み込んだ籠手を引っ張ると、細長い氷の刀剣が生成された。「なかなかの出来ね」
つららのよう透き通る氷の太刀にご満悦だ。刃先をケダモノへと向ける。
「ゴリラパイセンに告ぐ。殺人罪および食人罪でお前を滅霊する! 散りなさい、暴食の大罪とともに!」
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