【第3話 3】

 

 男の子たちが赤羽神社の鳥居をくぐると、そこにはカウボーイがいた。


「おい、近藤……さんっ! 宿題終わったぞ。聖夜さんは?」

「聖夜さんは西口に悪霊がいないか、パトロールに行ったよ」

「えー、マジかよ。近藤が行けよ」

「お前ら、さっきパトロール中に会ったろ? また明日来いって」

「あーあ、しょうがねーな。また明日な、近藤」

「てか、『さん』を付け……ったく、小童どもは手が焼ける」


 小学生たちが残念そうに神社を去っていく。黙って見送る近藤愛之助はそっと神社の本殿に目を向けた。その裏では一人の心霊保安官が悔しそうに何度も何度も大木を蹴っているからだ。


 30分前、足利聖夜は女子学生に惨敗したのだ。それも格闘術のみの組手だ。

 上官である近藤が制したものの、男に二言はないと、目が回りまくった状態でバク転をし、そのまま土下座でワンと吠えた。その見事な曲芸に不覚にも近藤は笑ってしまったが。


 神社を去った少女はさぞかし勝ち誇っていた。青年のプライドはボロボロになってしまった。尊敬する上官に笑われてしまったことも影響しただろう。


 近藤はそんな桜の姫の欠点に気づいていた。

「愛ある犬はしっぽを振る、ですかね……みんなと折り合いがつかないじゃじゃ馬娘は桜花賞だと買いにくい……今年は誰が来るかな……明日、前原少佐の墓参りにでも行くか」


 彼の趣味は競馬だ。悲しいことに、月初めに競馬仲間の心霊保安官が国家アイドルとともに殺されている。神社で龍神様が宿るという龍鏡も破壊されており、護神庁は心臓が抜かれた遺体から死神の犯行と見ている。



 赤羽神社前に、一台の車が停まる。黒塗りの高級車だ。

 カウボーイが誰かなと視線を送る先に、その運転席から降りたタキシード姿の女性は顔なじみだった。

 丁寧に磨かれた黒ぶちメガネを愛用とする犬養寧々いぬかいねね、桜ノ宮家に代々仕える血族の女執事だ。家紋は『桜紋の真ん中に十字剣』だ。


「近藤少佐、一つ、お尋ねしたいことがございます」

 その姿を見るなり、近藤は内容を察知する。

「もしかして、じゃじゃ馬娘のことですか?」


 ただ、頭は馬でいっぱいだった。犬養は首を傾げた。

「はて? 私、競馬はやりませんので」

 口調が似ているのは女主人の影響だろうか。


「えっと、桜ノ宮愛月が迷子の件、ですよね?」

「なぜにご存知なのですか!?」

 レンズの奥、細目が限界まで見開き、さすが勇月さまが認めたソウルメイトだ、と感心する。「いやー、なんというか……さっきまでここにいたんです」


「なんと!?」若手芸人ばりのオーバーなリアクションだ。

「では、お嬢様は今、どちらに?」

「商店街を散策するとかなんとか……連絡はつかないんですか?」


 犬養はポケットからスマートフォンを取り出して、チャット内容を見せる。

『ねねちゃん、私はどこにいるでしょう?』

 と、赤羽駅の写真とともに挑発的なスタンプが何個も押されていた。


「まったく……手が焼ける可愛いお嬢さんですよ」

 待ち受け画面の、ハムスターの着ぐるみ姿の女主人を神のよう崇める女執事だ。

 さすが天性のアイドル、と近藤は心の中で頷いた。 




「は~、くしゅんっ! 誰だ、噂をしているのは……」

 エスカレーターに乗る桜ノ宮愛月は顔をしかめた。

 

 彼女は今、赤羽駅西口にあるショッピングモールに来ていた。目的は幼少期から見ていたアニメの劇場版映画『ハムオの冒険~海姫との恋~』だ。


 とある王国に住むオスのハムスター、ハムオが伝説の剣を探しに旅する物語だ。

 かれこれ10年以上続く大長編アニメで、女子高生となった愛月はなかなか友達を誘って見に行くことができない。唯一の友達が西京都に引っ越したからだが。


 しかしながら、今日はおせっかいな女執事がいない。


「ま、私も今年で成人になるし、今日ぐらい自由を謳歌させていただきます!」


 女執事からの電話を無視してチケットを購入、売店でポップコーンのフレーバーを選ぶ。そんなお嬢様の耳に、後ろから会話が聞こえてきた。



「マジで全然バレないな……渋谷と大違いだな赤羽は」

「マジで気づかれないでしょ。メガネ外しても大丈夫だよ」

「いやー、それはさすがに怖いって」

「大丈夫、大丈夫。だってここ、赤羽だよ? 私たちのファンなんていないよ」


 彼女が得意げにメガネを外した。恐る恐る彼氏もマスクを取る。

 ちらり、気になる愛月が肩越しから確認する。


 知らない若い男と女だと思った。だが、男の爬虫類のよう離れた細目とこけた頬を見て、その淀みのない声が脳の音声検索に引っかかり、愛月をひどく驚かせた。


「え……加藤元かとうはじめさん!?」


 白桜髪が乱れるほど豪快に振り向いたその制服少女に、男は背筋を伸ばす。


「やっぱり! いつも『ラブジョ』見てます!」


 加藤元、実力派若手人気俳優で声優だ。代表作は『ラブナイトジョーク』『ゴーストポリス』など。

 愛月はアイドルには興味ないが、少女漫画やアニメが好きだ。本人曰く、オタクではないらしい。


「あ、ありがとうございます! でも、プライベートなんで……その……」


 ハイテンションなファンに対応している隙に、そばにいた女はそっと離れる。

 だが、アイドルオタク歴20年の猛者は見逃さなかった。


「んん……まさか?」と、鼻が高い横顔で確信する。

「あの……浦部うらべキミさんですよね!?」


 びくりと足が止まった。少女は小太りの男に振り返って慌てて否定する。


「いやいやいや、違います! 違いますので!」

「その声さ、ラジオ聴いているからわかるって。てか、なんでここにいるの?」

「えっとその、一人で映画を見に……」

「一人って、さっきあの男と……えー、カトメンじゃん! なんで!?」


 そのオタクは加藤元に気づいた。その驚きが周囲のオタクたちに伝染していく。


「なんで、浦部キミとカトメンが一緒にいるの?」


 国家相撲アイドルのドキュメンタリー映画を見に来たオタクは、昨年デビューした新進気鋭な民間女性アイドルグループ《Tokyo Launch Time》の浦部を知っていた。


 とあるオタクは浦部よりも有名な加藤のことも知っていた。別のオタクは加藤がMCを務めるお昼のラジオ番組でTLTが出演していたことも知っていた。加藤が好きだと言ったバスケットチームのグッズを、なぜか浦部も持っていた。

 二人の関係が次々と暴かれていく。


 加藤は浦部の手を掴んでこの場から逃げようとするが、男たちが団結して肉壁となって道を防ぐ。


「うーちゃん、説明してくれ。二人はどういう関係なんだ?」

「あの、説明は事務所を通じて」

「ここで説明しろよ! 先月のイベント、めっちゃ課金してやったんだぞ!」

「私たち、結婚するの!」

「!?」オタクたちの時間が止まった。

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