【第3話 2】
「――という経緯がありまして、赤羽神社でインターンをすることになり、言いにくいんですけど、そのインターンを近藤さんから断ってほしいんです」
「へー、赤羽神社でインターンを……俺が断るって、どういうこと?」
突如、赤羽神社にやって来た桜ノ宮愛月が話す内容がいまいち呑み込めない上官のために、苛立ちを見せる部下が口を挟んだ。
「だから、ダッセー兄貴のもとでは働きたくねぇってことです」
「そんな言い方してないし」
「じゃあ、兄貴をバカにしに来たんです、このお嬢さんは」
「え、俺をバカに!? どういうこと?」
近藤の首が振り子のよう左右に揺れ動く。
「だから誤解ですって! 話をややこしくしないでくださいよ! というか、誰なんですか、あなた?」
怒気を強めた愛月は足利聖夜を知らなかった。というよりも、彼が自己紹介をしていない。二人は初めて会ったのだ。
改めて近藤が紹介する。「今年の1月1日付で赤羽神社に配属された足利聖夜少尉、霊道学院八王子校出身だから愛月ちゃんは知らないかもね」
桜ノ宮愛月が通う霊道学院は江戸城下、自由平和公園内にある江戸本校だ。
「どーも、足利聖夜です。てか、ちゃんと自己紹介しましたけどね」
「どーも、覚えられないバカな女ですみませんね」
目からバチバチと火花が飛び交う二人だ。実際、聖夜は自己紹介してはいない。
尊敬する上官の前でつまらない嘘をついたが、少女はどうでもよかった。赤羽に来た目的を達成し、好きな映画でも見て家に帰りたいと思っていた。
「それで、インターンを断ってほしい理由とは?」
「正直な話、インターンをするなら歌舞伎町神社がいいんです。よくマフィアがマモノ化するので、退治して強くなれるじゃないですか」
あぁ、白金髪の死神を捕まえたいからか、と近藤は胸の内でつぶやく。幼少期から知る桜ノ宮兄妹ががむしゃらに強さを求める理由を知っている。
白金髪の死神とは、8年前に東京大災害を起こした犯人とされる、謎多き女死神のことだ。魔女ともいう。その大災害で兄妹の両親や聖夜の両親が帰らぬ人となった。
「ほら兄貴、このお嬢さんが赤羽をバカにしているとわかったでしょ?」
「バカにしていない! 誤解ですって!」
「誤解じゃねーよ! だったらさ、なんでさっきはさ、『カウボーイアイドルって正直、ダサくないですか?』って聞いたんだよ。カウボーイ、カッケーじゃん。兄貴のアイドルユニフォームを見てくれよ。赤羽の古着屋で買ったチェックシャツにダメージジーンズ、ボロいベストと臭いブーツの名もなきブランドセットだぞ。しかも、この帽子は師匠から譲り受けたものだ。どこがダサいんだよ!」
「『ダサい』とは言っていない。『センスがいまいち』って言っただけです」
「ダサいって言ってるじゃん。兄貴はな、スーパーアイドルなんだよ!」
「スーパーアイドル……なんていい響きだ」
厄介なアイドルオタクと化した部下から称賛され、近藤は愛月の本音に本心ではかなり傷ついていたが、最大値まで自己肯定感が回復する。
幼少期に見た、カウボーイとニンジャが協力して悪いサムライを倒す西部劇が好きな青年だ。その原体験からカウボーイをアイドルのコンセプトに選んだ。
「つーか、言っとくが、俺がお前を断る!」
「はあ?」と愛月はこの男に敬語は不要と判断する。
「赤羽神社の先輩として、お前を断る!」
「聖夜くん、話をややこしくしないでください」
近藤が暴走気味な足利を制するも、部下としてハッキリと意見を述べた。
「兄貴、言ってやるべきでしょ! こんな協調性のないじゃじゃ馬娘が、この平和な赤羽を守れますか? 東京の端っこ暮らしを守れますか? どうせ人事官に面倒くさがられて、人が良すぎる兄貴へとたらい回しにされたんですよ」
「厩舎を転々とする馬みたいに言うなって。この子、聖夜よりも強いぞ?」
「こんなお嬢さんが俺より強いわけがないでしょ。忖度されているだけですよ」
ビキビキビキ……愛月の額に怒りマークが無数に浮かび上がる。
昨年夏に開催された霊道学院生全657名が参加した霊道学院生霊道選手権大会ベスト4に残ったプライドが闘志をみなぎらせる。
ちなみに、近藤は霊道院生時代に準優勝し、愛月の兄がそのとき優勝した。足利は八王子校予選を勝ち上がり、全校トーナメントへと勝ち上がったことがあるが、一回戦で敗退している。
「そうですよね。こんなお嬢さんに負けるような心霊保安官に、赤羽を任せるべきではないですよね」
「ああんんっ!?」
「おいおい、仲良くしてよ……そうだ、みんなでウナギを食べに行こう!」
波乱万丈な人生からか、慈愛と平和を重んじる近藤は一触即発な二人に困惑して食事を提案した。しかし、時刻はまだ4時過ぎ、うなぎ屋は開いていない。
「兄貴、実戦演習の許可をください」
ゴキゴキと首を鳴らす足利の目は血走っていた。
「おいおい……初対面だろ? 相手は桜ノ宮だぞ?」
「兄貴の名誉を守る決闘です」
「俺の名誉なんてトリガミみたいなもんだし、気にすんなって」
「気にしますよ。兄貴は俺の憧れですから」
ボキボキと指を鳴らすのはお嬢さんだ。
「近藤さん、実戦演習の許可を」
神社の責任者はもはや止められないと察する。
「わかった、許可する。ただし、格闘演習ね。霊力は禁止で」
「ありがとうございます。――聖夜さんとやら、負けたら何かしてくださいよ」
「いいぜ。ぐるぐるホウキからのバク転土下座でワンと吠えてやる。そっちはどうするんだ? 一年間ウナギ食べ放題券でもくれるのか?」
学院生は鼻で笑って一蹴する。「私、負けませんので、先輩」
「生意気な後輩……嫌いじゃねぇよ」
拝殿を背景に、参道を挟んで臨戦態勢の二人だ。
右手には袴姿の少年、左手には制服姿の少女に見えるだろうが、カウボーイの目にはゲートで今か今かとスタートを待つ競走馬に映る。
彼はそう、人生の楽しみが競馬なのだ。つまり、競馬依存症だ。
「ルールは三つです。一つ、これは格闘演習です。相手をケガさせないでください。二つ、霊力は危険なので使わないでください。俺は回復魔法も霊力も使えませんので、格闘術の確認程度にしてください。最後三つ、挨拶はちゃんとしよう。以上です。では、始め!」
近藤が放った空砲のあと、二人は一言も挨拶をしなかった――。
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