【第2話 6】
痴話げんかを止めたのは唯一の一年生、赤い蝶のリボンでポニーテールを結ぶ
「加恋ちゃんの言う通り! あんたらのイチャコラにかまう暇はないわ。見なさいよ、コレ」
河井がタブレット端末の画面をディスプレイに映す。今朝話題になったネットニュースだ。「まさか、相撲アイドルと芸人が付き合うとは思わなかったわね」
『国家相撲アイドル《はっきょいず》のモカちゃん、イケメン芸人と京都デート、認める!』
しかし、復活したタコ親父がわかりやすいマークを付けて指摘する。
「これ、芸人に売られたんちゃうん? 芸人、めっちゃカメラ目線やん!」
たしかにその芸人の顔はカメラマンの居場所を知っている目線だ。
悲しい顔で山本が同情する。「国家アイドルって恋愛禁止じゃん。この子はこのまま脱退だよね……かわいそうに、恋愛ぐらい自由にすればいいのに」
「解散するかもって、ネットでオタクさんたちが騒いでいますね」
羽上がネットニュースのコメントを漁る。彼女は陰謀論や都市伝説が好きで新聞部に入部した。小学生時代から変わっている子と言われてきたらしい。
土田が顔についたシュークリームをウェットティッシュで拭く。
「ま、国家アイドルさまは俺らみたいな平民じゃ稼げないぐらい稼いでいるし、アイドル辞めても、遊んで暮らせるじゃん。PCPとか気にしないでいいし、世の中やっぱ金だなぁって」
「でも、これって芸人が悪いですよね。国家アイドルに手を出すなんて」
「わからないわよ、アイドルやめたくてデートしたとか」
「え、河井先輩、どういうことですか?」
部員の目線を一斉に浴びる河井が語る。
「国家系は民間系よりも拘束と規則が厳しいし、体調管理が大変でしょ? それに夜中に悪霊とかと戦っているんでしょ? 疲れちゃったのよ、争いばかりの人生に」
「争いばかりか。人間はカネカネカネの奪い合いだもんな。あー、オレも金持ちになりたいぜ!」
土田がゴミ箱に丸めたティッシュを放り投げる。見事に外れた。
「ナイスシュート!」と、山本が拍手する。「なんでもかんでも、お金が必要な世の中だもんね。なんでもかんでも価値化しちゃうし、世の中どーなるのやら」
ゴミを拾って捨てる土田が言う、
「リサリサ、知っているか? 昔はこんな紙がお金だったんだぜ」
「そりゃ知ってますよ。東京大災害から商店街はキャッシュレス化が普及したから。今じゃ紙幣は不便よね。なんでもスマホでできちゃうし、本当に便利な世の中だよね。どんどん人生は面倒になるけど」
暗い顔をする若者たちに、タコ親父が気合を入れる。
「んな辛気臭いこと言うなや! 5月には文化祭があるし、北区最大のお祭り、赤羽おバカ祭りがあるやないか! この曲聞いて気分上げ上げで生きなあかんで! ほな、踊るで皆の衆!」
と、お祭りソングを流してタコ踊りをする。とたんに部室が明るくなった。
「そういえば、はっきょいずのドキュメンタリー映画が今日公開じゃなかった?」
河井が思い出し、白馬が補足する。
「らしいね。アイドルがよくやる、アニバーサリーだから裏側見せますよってやつ。実際は台本や演出でドキュメンタリー風に見せるやつ……公開日、今日だって」
「夢がないことを言うな、幸せメガネ」
「俺はアイドルオタクじゃないんで。嘘が嫌いなんで」
メガネを光らせる白馬は部の敏腕記者として知られる。最近のスクープは先月の期末テスト流出事件だ。犯人は三年生で、卒業単位のためにハッカーを雇って学校サーバーに不正アクセスした。
「そー、ですか」と、アイドル好きな土田と山本が心の壁を作る。
「あの……事件の報告会は終わったんですか?」
羽上が話を振りだしに戻す。事件の真相や陰謀がとにかく知りたい女子だ。
「あー、そうだった!」と、山本がシュークリームに手を伸ばす。
「じゃあ、次、白馬晃太郎記者」
「いきなりかよ!」
不満そうな顔を向ける白馬に、山本は訝しげに尋ねた。
「だって、そろそろ、記憶がそろそろ戻ったんじゃない?」
「あー、記憶を失ったお正月の件か。聞かせてくれよ、コー」
「あー、タタタタ……突然頭痛が」
頭と首筋を抑える白馬だ。
「白々しいわね」
「本当に覚えていないんだよ」
彼は事件当時、事件現場だった池袋駅西口公園付近のコンビニでアルバイトをしていた。
「お正月にバイトしていて、いつの間にか店から消えて、行方不明になって、始業式まで現れなかったバイト大好きメガネくん。しかも、始業式に終わってから来るなんて……実に怪しい」
目を細める部長だ。「コーをさらった犯人は宇宙人やで、リサリサ」
「んなわけあるか、タコスケ!」
「あるんやからしゃーないやん。ほれ!」
と、タコ親父がガイア共和国で起きたUFOニュースを伝える。高速道路を走っていたトラック運転手が真上から白光を浴びて、気が付いたら自宅ベッドの上だった運転手の話だ。
「絶対に信じないから。変なカルト教団に騙されたくないし」
山本の背後、壁の電子黒板の時刻が4時を過ぎていた。
土田が気づく。「コー、バイトの時間じゃん。廃棄のチキン、今日もよろピヨ♪」
「私もよろピヨ♪」と部員全員が手を挙げた。
白馬はニコリと手のひらを向ける。「買え」と。
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