一者択一

そうざ

One Choice

 普段は通らないが知っているという道がある。

 その道を往くと、小さな踏切がある筈だ。地方の路線の事で、終点に近いほんの数駅の区間は複線から単線になっている。

 住宅地ではあるが、賑わいはない。朝でも夕でもない、多くの人々がいつもの日常を淡々と謳歌している時間帯だ。

 折しも子供の下校時間だったらしく、黄色い帽子の小群が意味不明の言葉を交わしながら行き過ぎる。ちょこちょこと目障りな事この上ない。

 漸く警報機がリズムを刻み始めた。

 たまさか踏切内に入っていた子供達は、悲鳴にも似た声を上げて走り出す。渡り切るか、引き返すか、二者択一しかない。

 引き返す子は、何事にも冷静に対処し、じっくり腰を据えて着実に人生をきざはしを上り、どんな人々とも手を取り合える資質があるか知らん。

 渡り切る子は、何事にも果敢に挑戦し、障壁があろうとも臆せずに人生を切り開き、惑う人々を正しい未来へと導く資質があるか知らん。

 二者択一に優劣はない。どちらにも未来があるのだ。

 自分が今、子供だったら、どちらを選ぶだろうか。

 子供達が踏切から脱したのを余所よそに、俺は遮断棒に手を掛けた。

 踏切の両側がざわめき出し、やがて耳障りな合唱になった。

「お爺さん、何してんのっ?!」

「電車が来るよぉっ!」

 今日こそ実行すると決めたのだ。

 この場所で実行すると決めたのだ。

「こっちに戻ってぇっ!!」

「早く渡ってぇっ!!」

 答えが二つに一つとは限らない。

 選べるとも限らない。

 三つ目の道もある。



 ――特急電車が轟音と共に我が物顔で走り抜けて行った。

 警報が止み、再び遮断棒が上がった。

 俺が踏切を引き返したのか、渡り切ったのか、そんな事はどうでも良い。俺の個人的な決意に他人を巻き込むつもりはない――そう思っただけだ。

 踏切の両側から駆け込み、必死で俺を引き出そうとした子供達。

 俺は、死に損ないの人生が本当に終わるその時まで、今日の日の事を決して忘れはしないだろう。

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一者択一 そうざ @so-za

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