カコボシミライ、着任
苦しい、補給基地から1時間以上狭い貨物の中に押し込まれている。酸素が薄いのか先程から欠伸が止まらない。
恐らく今乗っているのは宇宙軍が中隊単位の補給によく使う貨物船でそんなに積載量は多くない。トラックと変わらないので貨物室に窓はなく、今何処にいるかもわからない。
ガシャン、ガシャン、シューー。
船がドッキングする音が聞こえた。
「着きましたー」
どこかに行きかけていた意識の中で声が聞こえた。それと同時に扉が開き新鮮な空気が流れ込んでくる。
「ああ、ご苦労さまです」
私はキャリーケース二つ分の自分の荷物を引きずりながらふらふらと空気の流れてきた方へ這い出る。
「もうダメだ、力が入らない……」
私は足に力が入らず床に倒れ込む。
床に頭を打つ前に誰かが私の体を抱きかかえて支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
優しい包み込むような声の主を見上げるとそこにいたのは黒い何かを目に装着している女性だった。肌は白く不健康そうで目が隠れていて見えないが覇気のない顔をしているのは確かだろう。しかしその髪は軍人らしからぬパープルで少し不思議に思う。
「サワムラさんまた貨物室の酸素切ってたんですね」
私の後ろに向かって彼女が声を掛ける。
「ああ悪い悪い、うっかりしてたよー」
「もう、前もそれで私のお願いしたお花枯らしましたよね? しっかりしてください、フフ」
そう言いながら彼女は私に棒付きキャンディを手渡してきた。これは酸素ロップだ、咥えていれば口の中で二酸化炭素を酸素に変換し続けて呼吸が楽になるサバイバルアイテムだ。
「これを使って少し休んでいてください、中に荷物を運んでおきます」
「あっシノミヤくん呼んで、荷物預かってるー」
操縦士の男が彼女に叫ぶ。
「はーい」
彼女はキャリーケースを引いて向こうに行ってしまった。
すぐに一人の男が入ってきた。壁にもたれかかっている私に気付き軽く会釈された。するとすぐに乗ってきた船の貨物室の方に行ってしまった。
「なんだ、僕に用か?」
「お姉さんからの荷物だよ。向こうを出る直前に届いた、またサインか?」
「そうみたいだな、これは『リラリロ』の奴だ、手紙も入ってる」
「うらやましーなー」
「フッ、特権と言わせていただこう」
うっすらと会話が聞こえてくる、なんとなく頭もスッキリしてきた。宇宙遊泳訓練の賜物だ。
「新人さんも何かご入用でしたら自分に言ってください。適当に調達してきますから」
操縦士の男は私の目線に合わせて屈みそう言ってきた。
「えっ? あぁはい」
どういう事だ?
「サワムラミキト一計は色々とセンスがいい、細かく依頼するより彼に任せたほうがいい思いができるかもしれない」
荷物を受け取っていた男が補足するように教えてくれた。
「あぁ宅配サービスしてくれるって事ですか。おいくらでご奉仕してくださるんですか?」
私が少しひねくれた聞き方をするとサワムラは笑いながら答えた。
「商品代金だけで結構ですよー? 買い出しに行ってる間はサボれますんでね。ここだけの話自分補給局で煙たがれてるんでねー。あっでもあんまり遠い星は厳しいですよ? せいぜいサイジョウ領内でご容赦を」
この男意外と優しい私を酸素欠乏で殺そうとしたなんて信じられない。まあ何か必要になったら頼んでみようか。
「新人さーん。もう動けますか? こっちの部屋に来ていただけますか? サワムラさんも少し休憩してってください、今は艦長以外は起きているので」
「おっ、ありがとうございまーす、さ行きましょう」
サワムラは座り込んでいる私に手を差し伸べた、その手には女物の黄色いブレスレットが付けられていた。
ミナトさんは非番か。起きられたら挨拶をしなければ……久しぶりの再会だ。彼を真似て短く切った髪型は気付いてもらえるだろうか。
……何を考えているんだ私は。
パープル髪の女性に招かれた部屋はかなり広く、ソファやバーカウンター、果てはダーツ筐体まで置いてあった。採掘船というよりは高級ホテルのロビーという印象だ。
「突っ立ってないでこっち来て」
お風呂上がりと思しき目つきのキツイ女性にそう言われモニターの前に立たされる。ソファには若い男女が四人腰掛けている。全員ほぼ同い年なのか、その空気感にはあまり緊張感が感じられなかった。
「では普段はしないがスタッフミーティングだ。まずは自己紹介をしてくれ」
濡れた髪の女性の唐突なオーダーに私は面食らう。どうすべきか
「えぇと……。私の略歴とか書かれたデータを見ていただければわかると思――」
「そんな物は渡されてない。君の名前も知らない」
女性は高圧的に割って入ってきた。心が痛い、こうゆうタイプは苦手だ。
「本日付で着任しまし――」
「そうゆう堅苦しいのも嫌い」
また彼女のカウンターパンチをくらう。
どういう感じでやればいいのだ?
「……」
「名前は?」
「カコボシミライと申します……四刻です」
「ふーんいい名前じゃん。あたしと同じ階級……ぱっと見仕事はできそうじゃない?」
彼女は隣のピンク髪ブラックヴァイザーの方に向かってそう言う。それを聞いた彼女も軽く頷いた。
「恐縮です……」
「操縦ライセンスは? この船飛ばせる? あ、この船は軍機中型二級」
「軍機は中型三級までしか持ってないです そもそも配属は保安艦隊のレーダー員でした」
軍機中型二級、操縦士でも中々に持っている人はいないだろう。三級だって私は艦長を務めるにあたって渋々取得したのだ。
「レーダー士? 逆になんで中型持ってんの? まあいいか……」
この人はなんなんだ、ズケズケと無遠慮に。私は別に規律に厳しくない、むしろ寛容なほうだ。だがこの女の態度は目に余る。ミナトさんは何も言わないのか?
いやこんなんだから手を焼いているのかもしれない。
「大体はいいか……。時間は腐る程ある、なんか気になることがあったら各自彼に聞くように。君もなるべく仲良くするように」
彼女はテーブルに置いてあったレッドサイダーのペットボトルで私を指しながら言った。
なんだこの不安を煽るような第一印象は、胸がキュッとしてきた。
「いや、いやいやいや。仕事の内容とか皆さんの事とか教えてくださいよ。雑にも程がありますよ!」
私の心のなかで困惑に押さえつけられてた怒りの感情が思い出したかのように噴出した。おかしいんだ、我々は共和国の安全の第一線を担う誇り高き兵士じゃないか、あの父親の管轄だからといってここまでのたるみは許されない!
……いや何を熱くなっている、ちょっと傷心気味なんだ、きっと。
「もう眠いんだけど、面倒なんだよそうゆうの」
濡れた髪は私の心情を読み取ったかのようにそう答えた。するとバーカウンターの方からマグカップ片手に操縦士のサワムラさんが歩いてきた。
「初めての新入りなんだからもっと丁重にすべきじゃない? せめて自己紹介くらいはしましょうよ、ね?」
そう言うとソファに座る男二人がうなずいた。それを聞き彼女は呆れた顔をしながら語りだした。
「イイノカレン、四刻、この部隊の航海計画全般を受け持ってる、前は空軍のパイロット。この船の後方ドックにはあたし専用のファイターがあるから近づかないように、そんなところ。もういい? 好きじゃないんだよこうゆうの」
イイノさんは少し照れくさそうに話してくれた。
そのおかげで胸のキュッとした感覚がすぅっと消えていき、いつものカコボシミライが戻ってきた。
「よろしくお願いします、イイノ四刻。お酒をご馳走すれば、他にも話して頂けますか?」
私は素直に挨拶をした、特に前任の話は興味深いのでいつか聞きたい。
「酒は飲まない、飲めないんじゃなく飲まない。ただうまい飯を食わせてくれるなら考える」
彼女はたどたどしく答えた。一歩踏み込めば十分わかり会えそうじゃないか。
「決まりです、リクエストは?」
「えっ? ……宇宙ブタの子供のお腹に翠玉米を詰めて煮込んだやつ……」
照れながら小さな声で彼女は教えてくれた、周りの人が目を丸くしてる。
「もう寝る」
そう言うとの足早に消えてしまった。その後ろ姿は少し嬉しそうな気がした。
そうだ恐れずに一歩踏み込めば、向こうも一歩こっちに来てくれるんだ。対話を大事にする。それは私が生まれてきてから今日までで学んだ生きる術なのだ。
「ミライさんすごい! ボクあんな感じのカレンさん始めて見たかも! あっボク、ジン。よろしくお願いします」
背の小さな天然パーマのかわいい青年がぺこりとお辞儀をした。かわいいと言ったら失礼かもしれない……。
「よろしく、あなたのことももっと教えてくれますか?」
私が彼にそう聞くと嬉しそうに話し出した。
「えーっとね、名前はジン。この部隊ではカレンさんが非番のときに航海の人をやってます。年は24歳で誕生日は12月13日。尊敬する人は年の離れた姉さん。最近の趣味はヴァーチャルカジノ。お嫁さんに欲しいのはボクよりも頭の良くて、ボクを馬鹿にしない人! 座右の銘は『隕石狼の鳴き……』……ごめんなさい、話し過ぎました……」
ジンさんは早口になって話してしまったのが恥ずかしいのか苦笑しながら下を見ている。凄いフレンドリーだけど肝心なことを教えてくれなかったな……、この感じで私よりも偉かったらどう接していいのかわからなくなる。というかこの船の面々はランクピンを付けてない。
「いいんですよ、よかったら上の名前と階級も教えていただけますか?」
そう聞くとジンさんは一瞬ハトみたいな表情をしたがすぐ笑いながら答えた。
「この部隊は艦長以外はみんな同じなんだ、だから気にしなくていいよ。それに多分だけどさっきいたメンバーで位が一番高いのはカレンさんだと思うな。だからカレンさんに従順なら怖い思いはしないよ、まあカレンさんはいつも怖いけど……」
何故か変なように濁されてしまった。要は皆対等だから気にするなということだろうか。
「ジンの言うとおりだ、この船は艦長が基本自室に籠もってる。常に現場判断、立場関係なく思ったことを発言する、顔色は伺わない。そうゆうことだカコボシミライさん。……申し遅れたな、シノミヤサツキ、一計」
先程サインを受け取っていた男が付け足すように話しかけてきた。サツキというこの男、肩まで伸びた白髪が目立つ黒髪はボサボサで冷めた目をしているが顔はかなり整っている。身につけているのは宇宙軍エンゼルウィング隊のファンスーツだ。グッズにしては落ち着いたデザインだが、これで職務に着いているのか? ジンさんも『お前を見ているぞ』とか書いてあるTシャツを着ているし部隊ユニフォームはないのか?
「すみません聞きたいのですが……この部隊、制服とかって……」
「そんな物はない、全員適当な服を着てる、誰も見に来たりしないからな。そこの女の人も今日は派手な髪色に海軍の甲板作業員の服だが、昨日は居酒屋の店員みたいな格好だった。髪は金髪、いや銀だったか? 毎日変わるんで覚えていない」
「フフ、昨日は今日と同じ髪でバンダナを巻いていました。サツキもまだまだですね」
サツキさんは露骨に苦い顔をしたが、私は感心した顔で頷きながら彼女の方をじっと見てしまった。
「海軍に居たんですか?」
「いや全然」
なんなんだ、掴みどころがないというか、そうだ
「そうだお名前は?」
私が申し訳無さそうに尋ねると、彼女は胸の前で拳を握り、敬礼をした。
「シラハマムスビです」
すると彼女のヴァイザーにハローという文字が流れた。
わからない、こういう手合が本当に分からない。どうゆう接し方をすればいいんだ。私は会話が続かず間が空いてしまう。
すると彼女のヴァイザーに!と表示され、彼女が人差し指を立てる。
「とりあえず一度ご飯にしましょう。ジンとサツキも少し早いですけどいいですよね?」
そう言うとバーカウンターの向こうに移動した。その振る舞いには部活帰りの子供に対する母親のような物を感じた。経験したこともないのに……。
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