苦労をかけたな

 ここサイジョウ宇宙軍メントス基地はサイジョウ領の中央に位置しているメントス星系を巡航している移動宇宙要塞である、ドーナツのような形をしていてその表面に突き出すように高い塔や司令室など様々な構造物が生えている。この基地は一点に留まらず常に星系内を移動しているため、本基地の跳躍波長を知らなければ到達することが出来ない。まあ極稀にメントス星系一周旅行ツアーの船団と鉢合わせしてしまうことがあるが……、その時は磁気フィルムで偽装して隠れるまでだ。前にその事態に居合わせたときは、その偽装のせいで食堂で吐きそうになった。アレは強い磁力でどうこうする兵装なので耳をやられたり気持ち悪くなる軍人は多い。

 そんな口まで苦い思い出をなぞりながら食堂からメントスの星々を見ていると後ろから声を掛けられた。

「失礼します、カコボシミライ四刻でしょうか?」

 振り返ると広報科の制服を着た女性が右手を胸の前に起き、手をピンと開いて伸ばす、空軍の敬礼をして立っていた。襟の位を見ると私と同じ四刻であるとわかった。

「はい、自分です」

 私は右手を胸の前で握り宇宙軍の敬礼を取る。そして左手に持ったままの菓子パンをこっそりテーブルに置く。

「失礼、間違っていました」

 冷静にそう言うとその女性は右手をパーからグーに変える。

「探しましたよ、基地内にいるときは常に職務用デヴァイスとIDを携帯してください」

「それはすみません」

 私は思い出したかのように胸のポケットを探すふりをする。それを彼女は冷たく見ながら話を続ける。

「広報のナガスです、聞き取り調査の後でお疲れかもしれませんがカコボシマサユキ四覇がお呼びです」

 彼女は左手の甲に書かれたメモを一瞥しながらそう言った、力強くそしてしなやかな手をしている。

「あなたは補佐の方?」

「いえ、放送室の人間です。四覇が放送室に内線を掛けられて、で私は貴方を呼ぼうとしたのですが……室長がそれを嫌がって、でも四覇はそれを良しと思わず……ええと、あれどうゆうことだ?」

 ナガスは言葉が上手く出てこないらしく首を左右に振っている。見かねた私が口を開く。

「まあ何か面倒な事があったのでしょう、わざわざあなたに私を探させたあたり……まあ申し訳ない。この基地は階級で通信機器の使用が制限されてるもので……。どれくらい掛かりました?」

 するとナガスはため息を吐きながら話し出す。

「それはもうとてつもなく掛かりましたよ、貴方のデヴァイスの位置情報を見て中央13区域ロッカールームに行ってみたら、誰もいないし真っ暗だし重力制御も切れてるしで……、でそのあと貴方の執行カードと勤怠カードを管理局で問い合わせて、その結果調査部門の方と一緒にいると判明して走って6番塔に向かったら入口で保安部に引き止められて色々と聞かれて、説明に困ってたら……はぁ、もう覚えていません」

 どうしよう、知らないうちにとてつもない迷惑をかけてしまっていたようだ。私は苦笑いで返す。

 しかしそこまでして探してくれるとは丁寧な方だ。

「本当にお疲れ様です。お詫びじゃないですがこれ使ってください」

 私は自分の個人用のデヴァイスを取り出してホログラムバーコードを空中に投影させる。

「これは、上級管理棟にあるコーヒー屋のやつじゃないですか、いいんですか?」

「ええ、さっきまで話してた捜査主任が協力のお礼にって渡してくださったんだけど……人のオーダーメイドフレーバーって合う合わないがあるので……よかったら使ってください」

「この後すぐ行かせていただきます」

 いらない物を押し付けただけなのにナガスは満更でもないない表情で笑って言った。

「ああ、そうだ四覇はどこにいらっしゃいます?」

 大方予想は付いているが一応聞いておかないと怪しまれる。

「上級管理棟のミツルギさん?の執務室で待ってると、言えばわかると仰ってたのですが……」

 知った名前が出てきた、つまりは大した用事ではないな。

「ミツルギ司令か……わかりました。すぐに行きましょう。ああそうだウキウキコーヒーガーデンも同じ棟ですから一緒に行きませんか?」

「それは助かります、私、移動用のカート運転できないので……」

 彼女は申し訳無さそうに首を縮こまる。

「それは運がいい、私は自分用のカートを今日一日レンタルしている」

 私は自慢するようにカードキーを彼女に見せた。

『行きましょう』


 食堂の駐車スペースに止めてある宇宙ブタの大群がペイントされている痛いデザインの二人乗りのホバーカートに乗り込む。そしてレバーを引いて発進する。


「このブタのカート乗ってる人初めて見ましたよ、動くんですね、こんなデザインでも」

「6番ポートに一人知り合いが居て、そいつがこのデザインだったらいつでもタダで貸してくれるんです。だからこの基地に来たらいつも用がなくてもカートで走り回ってるんですよ」

 私はハンドルを左手で掴みホバーカートのスピードを右手を広げて感じる。

「ていうか運転できないんじゃ大変じゃなかったですか?」

 私は少しニヤけながら彼女に聞く。

「えぇそれはもう大変でしたよ6番塔からここまででも4000メートル以上ありますからね。でも私、元々急襲部隊に居たので体力には自身があるので問題ないです」

 彼女は自分のデヴァイスで今から行く店のメニューを吟味しながら答える。

「へぇー急襲部隊って事は空軍かぁ、エリートじゃないですか?」

「自分で言うのもなんですが、かなり」

 運転中だからできないが、彼女の顔を覗き込んでやりたい、そんなくらいには自身に満ちている返答だった。

 ただなぜそんなエリートさんが今宇宙軍の放送室にいるのか……気になるがあまりズケズケと聞くものではないのでやめておこう。

「メニュー面白いです? その店は毛むくじゃらバーガーというのが有名らしいですよ、なんでも挟むパンを食用毛を植えて焼いてるから見た目がモモガみたいな怪獣に似てるっていろんなSNSでバズってるとか」

 話題が途切れないようにネットで拾った情報を適当に垂れ流す。

「食用毛ブームって1年くらい前に一瞬で終わりましたよね。私の好きなラーメン屋もやってましたよ、食べなかったですけど」

 呆れたような声で彼女は答える。確かにこの銀河の流行り廃りは目まぐるしい、食用毛の次は鉄食、その次は石肉。そんな具合ですぐに消えていった。

「ラーメン好きなんですね、私もこの基地にある『プラネット麺』によく行きますよ」

 ラーメン屋『プラネット麺』はサイジョウの隣の領に多く展開してる大手ラーメン屋チェーンだ。宇宙豚骨のディープ炊きスープはサイジョウ人には受けが良くないが私は好きだ。

「私は『ラーメンハロー』が好きですね、というかプラネット麺はどこにあるのか知らないんですよね、いつか行きたいんですけど……この基地広すぎて」

 ラーメンハロー、女性の割には結構キツいのが好みなのか……。

「あの店不人気を示すかのようにわかりにくい所にあるんですよね。このドーナツ基地の司令室を上とすると、その一番底辺の階層にあるんですよ。今は使われてないゴミ処理施設とか通信ケーブルとかがあるフロアです」

 本当に人気がないので重力制御も常に弱いし、なんならたまに切れるしで立地は最悪としか言いようがない。

「この基地普通に一般コロニーと同じくらい大きいですよね、宇宙軍の基地の中でも群を抜いています」

 途方に暮れたような嘆きが吐き出された、確かにさっきのように人を探すとなるとバカらしくなるほどだ。

「それでいて基地内の人間は全員軍人と準軍人ですからね、この前まで知りませんでしたよ飲食店やカジノの店員まで軍教育を受けている人だなんて」

 つまり市民コードを見れば全員に宇宙軍のエンブレムが表示されているわけだ。


 基地の外周を何十キロにも渡って伸びているメインストリートリングを走っているとミカドエージェンシーの物産フェアの看板が見えた。私はふと思いナガスに聞く。

「5分だけ寄り道してもいいですか?」

「いいですよー」

 彼女はメニューに思いを馳せてすっかり上機嫌だ。私はカートを減速させる。

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