クロックビートル 第零採掘部隊編

ナナウミ

絵画の名


 共和国サイジョウ宇宙軍の軍人、カコボシミライはとある用事のためサイジョウ領のいくつもの星を巡っていた。そして最後の目的地、惑星カリンバでの仕事を終え帰路に着く前、少しだけ寄り道をするのであった。


 ここ惑星カリンバはアニメやゲームなどの産業で何十年と栄えるクリエイティブを体現した星だ。共和国惑星等級はBランクでありながら他の上級惑星にも引けを取らない数の観光船や貨客船が日々往来している。南半球にある超巨大テーマパーク郡には長期休暇を取って遊びに行く同僚も多かった。今もなお上空にも地下にも新たな施設が建設され続け、発展の勢いは留まることを知らない。そうしてこの星は永遠に輝き続けるのだろう。


「皆さーんこんにちわ〜。くろっくびーとるすいーと、ツクヨミ役のシノミヤウツキでーす。皆さん新シーズンのPVはもうチェックしてくれましたか? なんと今回……」

 車内のラジオから番宣をする声優のキャピキャピボイスが溢れ出てくる。みんな知ってる絵本昔話のリメイクなんて本当にカリンバ人の再利用精神には感服する。彼らの手にかかればどんな昔話も神話もかわいい女の子とのボーイミーツガールに大変身だ。

 そういえばあの部下もアニメが大好きだったっけ。ミーティングを途中で抜け出した理由を問い詰めたら、再放送に遅れるからだとか胸を張って言ってくれて……、今となっては可愛いものだ。

 ……結局彼の船室のポスターもフィギュアもあの船の爆発で全て塵となった。残ったのは彼が常日頃整備していた脱出艇の鍵に付いていた名前も知らない美少女のキーホルダーだけだった。それもさっき彼の両親に返してしまったが……。あの夫妻の涙でぐしゃぐしゃになった顔が記憶にずっと張り付いて残っている。それと私が床にこすりつけた額の痛みもだ。

 窓から見えるこの星の日常を演じるビル群を眺め考えにふけっていると番宣ラジオはいつの間にか終わっていたようだ。もう日が沈む、あと三十分もすればこの星の赤と青のデュアルムーンが見えるだろう。

「マモナク目的地デス」

 車内アナウンスがタクシー内に浸透するように流れる。

 さあ悲しい挨拶回りの最後は芸術鑑賞と洒落込もうか。


 夕闇に溶け込む外観と全く見えない人影に、私はひょっとして営業していないのではと不安に思ったが入り口にはぼんやり明かりがついていて受付メカの姿も見える。どうやら単に閑散としているだけのようだ。

 ここカリンバ旧世界美術館は我々人類の起源をについての教養を深められる場所とガイドブック等にはよく書いてある。実に興味がそそられるではないか。

「ゴ来館アリガトウゴザイマス。コチラハ、カリンバ旧世界美術館、フロントデゴザイマス」

 古い塗装の剥げた女性型のメカからマニュアル通りのような音声が再生される。私は携帯型パネルデヴァイスを掲げながら彼女に告げる。

「大人が一枚」

 すると彼女は胸のプロジェクタで料金表を空中に投影させた。

「オ支払イハ、何ニサレマスカ?」

「共和国軍パブリックコインで」

 すると彼女の目が回るように光り、少しの沈黙が流れた。

「大変申シ訳アリマセン、ソノオ支払イ方法デスト私ノ権限デハ発券ガデキマセン。スグニ担当者ヲ呼ビマス」

「あぁじゃあ別に構わない、他のトークンを……」

 と私が言いかけるうちに視界左側に見える扉が開き誰かがこちらに向かって来た。

 現れたのはヨレヨレのスーツを着る白いひげのご老人だった。世界線が違ければ幼子にじいやと呼ばれてもおかしくないような身なりだ。

「お待たせいたしました、何か御用でしょうか?」

 そう低く落ち着いた声で私に聞くとメカが老人の方を向いた。

「コチラノオ客様ハ共和国軍パブリックコインデノオ支払ヲゴ希望デス」

「そうですか……了解しました、ありがとうソフィ」

 そう言うと私の目を見て微笑んだ。そして淡々と話し出す。

「申し遅れました、わたくし当美術館の館長をしておりますモチヅキ、と申します」

 彼は胸のネームプレートを私に見せた。……モチヅキシンオウサイ、ふむ、なかなかに高尚な名前をしている。

 この銀河に生きていると下の名前でなんとなくその人間の世代と格を測ることができる。だからといってそれに合わせて態度を変えるなんていうのは自分の中ではありえないが……。

 とそんな彼の自己紹介にどう返せば良いのか分からず変な空気が流れかけたのですかさず私は口を開く。

「軍のコインは使えないのでしょうか?」

 私はなるべく角の立たない口調でモチヅキに問いかけながら顎を撫でた。

「いえそういう訳ではございません、あまりそういうお客様がいらっしゃらないので……。差し支えなければ何か身分を証明できるものをお持ちでしょうか?」

 彼は本当に申し訳無さそうに私に聞いた。

 別に構わない、軍の金を使って観光しようなんて不届き者はそうそういないのだから。

「市民コードで大丈夫ですか?」

「ええもちろん」

 私はデヴァイスのプロジェクタから市民コードを空中に表示する。前回更新したときの髪型がオネェみたいで毎回恥ずかしい。

 モチヅキはさっと私の職業欄をタップし確認すると感心したような顔で私を見てきた。

「ありがとうございますカリンバへはお仕事で?」

「ええまあそうです。戻る前にどこか寄っていこうと思って」

 私は何一つ隠さずに答える。

「そうですか、カリンバはテーマパークだったりアニメ制作スタジオだったりありますのに、わざわざ当館にお越しいただいてありがたい限りです」

「いやまあ一人だとどちらも面白くないでしょう?」

「違いないですな」

 思わずお互い笑みが溢れる。

「よければわたくしに館内を案内させてはくださいませんか?」

 モチヅキは笑顔のまま私にそう提案した。なんてありがたい話なんだ。

「それはぜひお願いしたいです。博物館とかでは毎回音声案内を借りるタイプなんですよ私」

「それはお客様、わかっていらっしゃる」

 そう掛け合い再び私達は微笑み合う。

 この人は人を立てるのがとてもうまい、話していると気持ちよくなってしまう。そんなこんなで私達は館内を回り始めた。


 モチヅキ館長の解説はとてもわかりやすく、誰かに話してあげたくなるトリビア満載で時間を忘れてしまった。例えば我々はみな何パターン化の遺伝子グループでしか繁殖していないといい可能性を示す遺物だったり、人類は昔は一つの惑星で共存していたという記録だったりと、そのどれもが憶測や推測の域を出ないが知ってて損もない知識ばかりだった。

 あらかた館内を回り出口付近を歩いていると絵画?が自販機の横にひっそりと掛けられていた。気になり近寄ってみると、なんとも表現し難い作品だった。人が集ってこちらを向いている絵面だが、ベッタリとしていて濁っている。

「そちらの作品、気になりますか?」

 モチヅキさんが私に問いかける。

「よくわからないがとても心の奥底を掴まれている自分がいます」

 すると彼は私に優しい口調で語り始めた。

「この絵は焼絵といって特殊な技法で創られた絵画です。古い資料でも描き方はほとんど明記されておらず今やその存在すら誰も知りません。自販機でジュースを買う人もこの作品には目もくれません、もっとも美術的にも文化的にも今のところ価値はありませんがね」

「何故ですか、いわゆるロストテクノロジーですよね? だとしたら……もっとこう凄いんじゃないんですか?」

「価値というのはそれを理解する支持者が現れて始めて生まれるのです。たとえどんなに優れてて意味があったとしても、それを受け取ってくれる誰かがいなければそれは何物でもないのです……。あなたにはこの絵はどう見えますか?」

 モチヅキさんはそう問いかけ、悲しそうな顔をした。

 この絵をどう見るか……、芸術はいつも私の想像の反対側へしか行かない。答えづらい問である。

「そうですね……私はですよ? とても羨ましいです、誰にも見つからない場所でただ自分だけを磨き続けて、いつか会えるかもわからない誰かを待っている。そんな生き方を人間はなかなかできません。そう思うと私はこの絵を見れて嬉しいです。尊敬します」

 私は溢れ出る敬意と感動を精一杯言葉にした。するとモチヅキさんは私の目をまっすぐ見て笑顔で答えた。

「やはりあなたはわかっている人だ。この作品も救われたかもしれません。そして私も」

 モチヅキさんは絵に一歩歩み寄りながらそう零した。

「ええっとつまり?」

「ああ、申し上げ忘れてましたがこの絵画は私が手掛けたものです」

「ほー……。えぇっ⁈」

 彼はなんともない風に言ってのけたが、私は驚いてもう一度絵画をよく見る、しかしそんなことはどこにでも書いていないのだ。

「まあ他の展示物と違って価値もなければ見る人もいないのでこんなところに追いやっているのですが……」

「そんな、買い手がついたりはしないんですか? 自分から売りに出したりとか?」

 モチヅキは顔に手を当て少し考えた。

「買い手がついて誰かの手の渡るのはとても嬉しいのですが……いらっしゃるのですかね?」

「ちなみにどのくらいだったら売りに出すんですか?」

「買っていただけるんですか?」

 モチヅキさんはそう言いながらニヤリとした。

「さ、参考までに……」

「そうですね……、あなたの思う価値のあるものと交換というのはどうでしょうか?」

 ひらめいたかの口調で彼は言う。

「プライスレスってことですか?」

「まあそうですね、あらゆるものがお金で買えてしまうこの現代……、高いマネースティックだけが物を言うこの時代、少し無粋ではないでしょうか? だとしたら例え釣り合わなくてもそういった思いを大切にしたいと私は考えるのです」

 彼は絵画を見上げながら私にそう告げた。私は自分自身の価値あるものと言われると少し悩んでしまう。

「別に今すぐでなくてもいいのですよ、あなたがこれから先の人生で何か素晴らしいものに出会えたとき、この絵画を憶えていてくれたのなら、その何かを少しだけ私に分けてくれれば十分です。」

 私の事情か何かを察したのか少しぼやかさせてしまった。申し訳なく思う。そういえば……

「聞いてなかったのですが、この絵画はなんという名前なんですか?」

「これは私が昔、とある星で起きた内乱の戦争孤児達を引き取った時に描いた絵でしてね、名前は『新たな家族』と名付けました」

 『新たな家族』とても素晴らしいな、いつか必ずこの絵画を譲ってもらおう。


 モチヅキさんに見送られ美術館を後にした。外に出ると、空には赤と青、二つの半月が重なり口付けをしているように見えた。

 そういえば今日は1年に一度の融合月々食の日らしい。

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