おばあちゃんライチ

羊丸

おばあちゃんのライチ

 夏休みのある日、中学二年の真人は一人暮らしのおばあちゃんの所に向かっている。


 仕事で忙しい父は電話を入れるだけだが、真人の母は時々様子を見に行くようにしている。電車に乗って祖父の家を目指して行くと、窓から海の潮の匂いが漂っている。


 電車から降り、駅のホームを出ながらカバンを背負い直して駅からでると、日傘をさして丈の長いワンピース姿のおばあちゃんが居た。若々しく、今年70歳には見えない。


「真人、春休み以来だね」

「久しぶり。まさか暑い中わざわざ迎えにきてくれたの」

「えぇ。だって孫と一緒に家まで行くのも一つの楽しみよ」

「そうだけど、暑い中一人で待たせてごめんね。もっと早くに出ればよかったね」

「良いのよ。さっ、家に行きましょ」


 おばあちゃんは笑顔でいうと、真人の手を握って歩き出した。


 おじいちゃんは去年の夏に亡くなり、今はおばあちゃんだけが暮らしている。一人暮らしの生活に広く感じてしまう。家に着くとおばあちゃんは扉を開けて、真人を家に招き入れた。棚の周りにはおじいちゃんと親族、真人たちの家族写真が置かれていた。


 カバンをソファに置き、おじいちゃんの仏壇に手を合わせた。


「真人、何か冷たいもの食べたくない?」

「えっ、あぁ、なんか食べたいな」


 そう言うと、「ちょっと待ってて」とおばあちゃんは冷蔵庫から手作りのアイスを取り出し、透明な皿にスプーンですくって乗せてから、ミントをアイスの上に置き、テーブルの上に置いた。


「これって、ただのアイス?」

「いいえ、それはライチアイスよ。ヨーグルトとアイスと、ライチ6個まぜたのをアイスにしたの。真人、昔おいしくないって食べなかったでしょ。もう中学生なんだから食べてみて」


 おばあちゃんはスプーンを置くと、真人はアイスを一口食べた。甘く、サッパリした味が口の中に広がっていき思わず笑みが出た。


「美味しい!」

「でしょ。ライチって意外と美味しいでしょ」

「うん。ちなみにライチってことは昔、おじいちゃんと結婚した時に植えた畑?」

「そうよ。久々に見てみる? 今年は結構実ったのよ」

「へぇ、じゃあ食べ終わったら行こうか」


 真人はそう言うと、再びアイスを口にして笑顔になった。食べ終わり、皿を片付けてから再び出かける準備をして家を出た。おばあちゃんは今朝、直人のために作ったサンドイッチが入ったバスケットを持ち、空のバスケットを直人が持った。


 二人は楽しくおしゃべりをしながら歩いていると、おばあちゃんは目の前を指さした。


「ほら。見て」


 直人がみると、目の前には2メートルほどの高さのライチの木十本に、ライチの赤い実がたわらに身をつけているのが見えた。


「あれ? 去年より実ってるね」

「でしょ。これはもしかしておじいちゃんの力だったりして」

「凄すぎるよ。採った方がいい?」

「もちろん。バスケットの中にいっぱい入るぐらいね」

「それぐらいだったらおばあちゃんは休んでて、俺がやるから」

「えっ。いいの?」

「うん。さっ、座ってて」


 真人はおばあちゃんを日陰になりそうな場所に座らせると、ライチの木によってm一個ずついっぱいになるまで丁寧に採った。


「採れたよ。おばあちゃん」

「ありがとう真人。暑かったでしょ」


 おばあちゃんは真人の汗を持ってきたハンカチで拭った。


「大丈夫だよ。次は何するの?」


 真人は水を飲みながら言うと。


「海でライチとサンドイッチを食べましょ」


 そう言うと、おばあちゃんは直人の手を繋いで歩き出した。


 しばらくして、二人は身の見える高台に着いた。そこからは海がよく見えた。青く透んだ穏やかな海が、静かに波を寄せていた。松林で日を避けながら2人は座らせた。


「多く作ったから食べられる分だけ食べてね」


 バスケットのフタを開けると、たまごと野菜、フルーツのサンドイッチが入っていた。


「わぁ、ありがとう。いただきます」


 直人はたまごのサンドイッチを取って、食べた。


 おばあちゃんの野菜のサンドイッチを食べながら青くてキラキラ光る海を見つめていた。


 直人は食べながらおばあちゃんに声をかけた。


「ねぇ、おばあちゃん」

「ん? 何」

「おばあちゃんはさ、おじいちゃんが先に死んで悲しかった?」


 孫の言葉に、おばあちゃんは食べるのをやめて、さっきより弱く微笑んだ。


「そうね。本当はすっごく悲しかったわ。だって、ずっと一緒にいるって約束したのに先にいったんですもの」


 おばちゃんは微笑んで話していたが、真人には悲しんでいることがわかった。


「でもね。人に永遠なんてないの。いつか枯れて死んじゃうんですもの」

「そうだけど、怖くないの?」

「全然。死んだらおじいちゃんに会えるからね。死ぬとしたら夏がいいわね」


 おばあちゃんの冗談に真人は苦笑いをして「冗談はやめて」と言った。


「そうね。ごめんね、直人。おばあちゃんはもっと生きるからね」


 おばあちゃんはそう言うと、ライチが入っているバスケットから一つ取り出し、ひとつ取り出し、皮を剥いて食べた。


 真人も同じくライチを食べた。さっきよりも少し甘かった。



 翌日、おばあちゃんは真人の帰りを見送るために一緒に駅のホームで待っていた。


「何かあったら連絡してね。いつもで来るからさ」

「ありがとう真人。でも、お友達とも遊んでね。また来たらライチアイスを作ってあげるから」

「うん、楽しみにしているよ」


 すると、帰りの電車が近づいて来て目の前に止まった。


 電車に乗り、「じゃあね」と言うと扉が閉まり、動き出した。おばあちゃんは笑顔で真人に手を振り続けた。真人はおばあちゃんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 その1年後の夏、おばあちゃんは亡くなった。亡くなる時は苦しまず、いつものように微笑んで眠ったまま、目覚めなかった。


 葬式の次の日、真人は静かになったおばあちゃんの家に訪れた。家の中はとても寝っていて、ただ時計の針が動く音が聞こえてくる。


 窓を開けてその場に座った。海の波の音と鳥の鳴き声が聞こえてくる。ここに来る前に採ってきたライチの実を取り出し、皮を剥いて食べた。甘く、いつもより味が口の中に広がっていった。


(あぁ、本当に甘い)


 真人は顔をふせた。目からは一筋の涙が溢れた。

 

 真人は顔を上げて拭ったが次々と流れてくる。再び顔をふせると、嗚咽を堪えながらその場で泣いた。




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