駅(BL)

Danzig

第1話


田舎町の無人駅

今にも雪が降りそうな駅のホームで二人の男が座っている


相原:(独白)この土地へ来て3年か・・・

相原:(独白)長いようで短かったという、ありきたりの感想しかもてないここでの暮らしも、もう終わりかと思うと少し寂しい気持ちもする。

相原:(独白)この土地は空が低い、この季節にはいつも鉛色が空を覆っているという印象だ

相原:(独白)今日はその鉛色の空が、今にも雪を降らせようかという表情を見せている。 そのせいか、少し寒い・・・

相原:(独白)まぁ、いくら地中温暖化といえど、一月も半ばを過ぎれば寒いものだ。 ましてや、人気のない無人駅ともなれば、なおさらだな


相原:(独白)まだ昼だというのに、無人駅はひっそりとしている・・・

相原:(独白)駅の屋根、通路、柱、ベンチ・・・俺たち以外には何も動いていない。

相原:(独白)でも、俺としてはその方がありがたいかな



相原:(独白)今俺は何を見てるんだろう

相原:(独白)駅のベンチに座り、コートのポケットに手を突っ込みながら、ぼんやりと前を見ている

相原:(独白)俺の目には、確かに向こう側のホームが移っているはずなのだろうが・・・しかし、目に映っている景色が、俺の記憶に残ることはないだろう

相原:(独白)俺は、となりにいる恭夜に、神経の全てをもっていかれてしまってる

相原:(独白)恭夜の息遣い、服の刷れる音、腕からかすかに伝わる、恭夜の体温・・・奴もおそらく、前のホームを見てるだろうその様子も、俺には伝わってくる


相原:(独白)二人の男が、ただ隣同士にすわって、ただぼんやりと前を見つめている。 二人とも何を話すでもなく、ただ黙って座っている

相原:(独白)もし、俺たち以外に誰かが居たとしても、ただ二人で、列車を待っているようにしか見えないだろう。


相原:(独白)二人の間には、緊張とも言えない、重く息苦しいような空気が流れていた

相原:(独白)それでも、息苦しさの中に、俺は恭夜の体温のかすかな心地よさを感じていた

相原:(独白)確かに隣には恭夜がいる・・・何も喋らない隣人は、そう感じさせてくれていた



恭夜:やっぱり、行くのか?


相原:(独白)恭夜がおもむろに口を開いた


相原:あぁ


相原:(独白)何かを話さなければいけないと思いながらも、俺の口からは、それしか出てこなかった


恭夜:そっか・・・


相原:(独白)恭夜もその一言を残し、また黙り込んだ

相原:(独白)全てが止まってしまったかのような、殺風景な駅の中に、再び沈黙が流れる


相原:(独白)それから、何分が経っただろう

相原:(独白)恭夜が、まるで、ようやく重い荷物を降ろしたかのような、ため息と一緒に話し出した


恭夜:そっか・・やっぱり行くのか

相原:あぁ・・すまない・・

恭夜:いや、お前が謝ることじゃない


相原:だけど・・

恭夜:少し寂しくなるな・・

恭夜:いや、少しじゃないか  はは


相原:恭夜

恭夜:いいんだよ、俺たちは子供じゃないんだ、感情だけで人を引き止められるとは思ってないよ


相原:・・・


相原:(独白)俺は言葉が出なかった

相原:(独白)恭夜の気持ちは、痛いほど分かる。

相原:(独白)俺だって、恭夜と離れて寂しくないわけが無い


恭夜:それに、俺たちは男同士だ、今がいい潮時かもしれないな


相原:(独白)そういう恭夜の言葉が、本心でない事くらいは直ぐに分かる。

相原:(独白)だが俺に、いや恭夜自身に、この別れを言い聞かせるかように、恭夜はその言葉を口にしたのだ


相原:(独白)俺は一瞬恭夜を見た。 ホームと線路しか見えない、寂しいこの風景の中にいる恭夜は、とても美しい


相原:(独白)俺がこの土地に来て、2年が過ぎようとした頃、俺と恭夜はふとした事から互いに愛し合うようになった

相原:(独白)いや、ふとしたという表現は正しくないな、

相原:(独白)俺は、おそらく奴も、最初に逢ったときから好きという感情で相手を意識していたのだろう。 ただ、男同士という壁が、俺たちに足踏みをさせていた・・・

相原:(独白)男同士という関係は、俺は初めてではなかったが、恭夜は男を意識するのすら初めてのようだったから、その戸惑いも大きかっただろう

相原:(独白)俺が始めて、同姓を意識したときの事を考えれば、想像はつく。 それでも、俺を好きになってくれた。 その気持ちがとても愛しい

相原:(独白)そんな二人の互いを求め合う気持ちが、いつしか限界を超え、そしてどちらが求めたでもなく、自然と二人は一つになっていた。


相原:(独白)それからは、足踏みしていた時間を取り戻そうとするかのように、二人は求め合った

相原:(独白)田舎町だけに、人目を気にしながらの関係ではあったが、俺たちは十分幸せだったと思う

相原:(独白)こんな生活が、ずっと続けばと正直思った。



相原:(独白)少し気温が下がってきたのか、二人の息はもっと白くなり、風に流されて、透き通る冷たい空気の中に溶けていった

相原:(独白)遮るものの何も無い、無人の駅では、なお一層それがよくわかる


恭夜:少し冷えてきたかな


相原:(独白)恭夜の一言が、一瞬沈黙を破ったが、また二人は沈黙の中に包まれていった


相原:(独白)半年が過ぎた頃、俺にロンドンへ行かないかという打診が、本社から届いた

相原:(独白)こんな田舎の街に流されてきた俺に、どうしてそんな話が舞い込んだのか、分からなかったが、ロンドンは、俺が入社した頃から行きたいと思っていた場所だった。

相原:(独白)普通なら、真っ先に飛びつくような話だったのだが、俺は迷った。

相原:(独白)迷ったのは、勿論、恭夜がいたからだ。

相原:(独白)恭夜は、俺にとって、本当に大きな存在になっていた


相原:(独白)散々考えた挙句に、結局、俺はロンドン行きを決意した


相原:(独白)恭夜と離れたくないという気持ちと、夢への情熱とが、俺の中で絡み合い、ドロドロと流れる溶岩のように、俺の心を押しつぶしていった

相原:(独白)せめて男同士じゃなかったら・・・一緒にロンドンへ行けたかもしれない

相原:(独白)そんな思いも俺を苦しめた。


相原:(独白)俺の気持ちを、恭夜に打ち明けたとき、彼は俺の迷いを分かったくれた。

相原:(独白)そして俺の背中を押したのは、恭夜だった。


相原:(独白)何気ない休日の昼間、街の雑踏の中で恭夜は言った


(回想シーン)

街の雑踏


恭夜:相原、行けよロンドン


相原:え?


恭夜:お前の夢だったんだろ?


相原:それはそうだが・・・でも


恭夜:だったら何を迷ってんだよ


相原:それは・・・


恭夜:もし、俺がお前だったら・・・俺は行くぜロンドンに


相原:恭夜・・・


恭夜:俺の事で、お前がロンドン行きを躊躇っているのなら、俺が悲しくなるだけだよ


恭夜:俺の事なら心配はいらないさ、お前がいなくたって大丈夫だよ


相原:・・・けど


恭夜:だから、相原・・・行けよロンドン


相原:(独白)俺は、恭夜に違う言葉を期待していたのかもしれない。

相原:(独白)恭夜もまた、本心とは違うことを言っていたんだろう

相原:(独白)互いを想いながら、素直にその気持ちを言葉に出来ないもどかしさを、俺達は感じていた


相原:(独白)それからは、言葉に出来なかった互いの思いをぶつけるかのように、俺たちはこれまで以上に愛し合い

相原:(独白)まどろみの中で、二人は別れを意識した



相原:(独白)今俺は、寒さを増し少し、雪がちらつき始めた殺風景な無人駅のベンチにすわり、東京へ行くための列車をまっている。

相原:(独白)雪は、かすかなちらつきに過ぎなかったが、この寒さでは熔けはしないだろう

相原:(独白)だが、俺達に積もるはずの雪は、駅舎の屋根が防いでくれている。

相原:(独白)それだけは救いかな・・・

相原:(独白)何が救いなのかは分からないが


相原:(独白)このまま東京に行けば、本社からロンドン行きの正式な辞令が下りる。

相原:(独白)そうなれば、俺のロンドン行きが決まる・・・


相原:(独白)今日、駅には恭夜が見送りに来てくれた。

相原:(独白)昨日、俺の部屋で一緒に一夜を過ごし、二人とも朝から殆ど何も話さないまま、駅まで来てしまった。

相原:(独白)空元気に明るく振舞えるほど、俺たちは子供でもないし、俺たちの関係も浅くはない。

相原:(独白)お互いが、どこかで、最後まで、何かの切欠を探しているのかもしれない

相原:(独白)はじめて愛し合った日のような、何かを変える、さりげない切欠を・・・



相原:寒いな・・・


相原:(独白)今度口を開いたのは、俺のほうだった

相原:(独白)目の前を風に舞いながら上下する、小さな雪を見て、思わずつぶやいた言葉だった


恭夜:あぁ、寒い


相原:(独白)少しからだを振るわせたように、恭夜が答えた


相原:もう少しこっちに来ないか


恭夜:・・・


相原:(独白)恭夜は黙っている


相原:くっついていた方が、少しは暖かいだろう


相原:(独白)もう一度、促すように俺は言った


恭夜:そうだな


相原:(独白)今度はそういって、恭夜は少し身を寄せてきた


相原:(独白)さっきよりも感じる、恭夜のぬくもり。

相原:(独白)やはり恭夜の体温は心地いい


相原:(独白)雪がちらついたせいか、目の前のホームが、すこしモノクロームに見えてくるが、そんな事よりも、今はただ、恭夜の温もりだけを感じていたかった


相原:(独白)その時だった


恭夜:俺たち・・・


相原:(独白)静かな口調で恭夜が言った


相原:ん?


恭夜:いや、お前とさ、もう少し早く出会えたらよかったなぁと思ってさ


相原:恭夜・・・


恭夜:お前の体温とかさ、お前の匂いとか、お前の全てが、俺の髪の毛や爪の先まで

恭夜:全部に染みわたって、気が狂うほど、お前無しでは生きられないような身体になってたら・・・

恭夜:お前の幸せや、夢なんか、俺にとってどうでもよくなるくらい、お前無しではいられない身体になっていたら・・・


相原:恭夜・・・


恭夜:でもダメだった・・・

恭夜:お前の夢が・・・将来が・・・俺にも大切だった・・・

恭夜:どうしてもお前を止められなかったよ・・・

恭夜:あぁ~あ、 好きだったのになぁ


相原:(独白)まるで、もう終わってしまった出来事だったかのように、恭夜は言った。

相原:(独白)しかし、さばさばとした口調を装ってはいるが、恭夜の声が、かすかに震えているのが分かる。


恭夜:どうせなら、もっと暖めてくれよ


相原:え?


相原:(独白)思いがけない恭夜の言葉に、俺は一瞬戸惑った


恭夜:お前のコートの中に入れてくれ


相原:あ・・・、あぁ


相原:(独白)そういって、コートのボタンを外そうとする俺に、恭夜は少し笑いながら言った


恭夜:コートに二人は無理だろw


相原:(独白)久しぶりに見る恭夜の笑顔だった

相原:(独白)やはり俺は、この笑顔が好きだ


相原:そうだよな

相原:でも、お前が入れてくれって言ったんじゃないか


相原:(独白)この笑顔を見ると、俺の顔も自然とゆるむ


恭夜:うん、そういう優しいところが、お前のいいところだ


相原:(独白)そういって恭夜は、俺の腕に手を回してきた

相原:(独白)そして、さっきよりも強く、恭夜の体温を俺に教えてくれる


相原:(独白)ひっそりとした田舎町だけに、俺たちは互いの関係を、人に知られないように隠してきた

相原:(独白)人気のない場所だからと言っても、周りが見渡せるようなこんな場所で、恭夜が腕を組んでくるのは初めてだった


相原:人に見られたら・・・変に思われるかな


相原:(独白)俺がそんな言葉を口にしたのは、そんな恭夜に戸惑ったせいか・・・

相原:(独白)いや、ちがうな

相原:(独白)どんな言葉でも良かったのかもしれない、

相原:(独白)恭夜のその行動が、まるでサヨナラを言っているような

相原:(独白)恭夜が遠くなってしまうような、

相原:(独白)そんな気持ちになったせいか、恭夜との会話をなんとか途切れさせまいとして、口にした一言だったのだろう。


相原:(独白)そんな俺の気持ちを察したのか、それとも俺の一言が意外だったのか・・・

相原:(独白)ほんの一瞬、恭夜が止まったように見えた。


恭夜:見るって、こんなところで誰がみるんだよ・・・


恭夜:それに


相原:それに?


恭夜:お前はもう此処にはいなくなるんだから、そんな事を気にしなくてもいいよ


相原:(独白)前を向きなおして恭夜が言った

相原:(独白)吐息を漏らすように、そして俺をなだめるように・・・


相原:(独白)しかし、その言葉と同時に、俺の腕に回す恭夜の手が、一層強く俺の腕に絡みついた

相原:(独白)それが寒さのせいではない事くらい、俺にも分かる


相原:恭夜・・・


相原:(独白)正面を向く恭夜のメガネのレンズが、時折光を反射させ、恭夜の綺麗な瞳を隠す。

相原:(独白)恭夜の吐く白い息が、この場の空気が冷たい事を教えてくれる。

相原:(独白)そして、その冷たい空気の中で、恭夜の顔は一層美しい。

相原:(独白)俺は恭夜のこの美しい顔を、これからもずっと見ていたい、本当にそう思った


恭夜:行くんだなぁ


相原:(独白)俺のそんな思いを現実に引き戻すかのように、恭夜がつぶやいた。

相原:(独白)今度は俺に問うのではなく、まるで恭夜自身に言い聞かせるように・・・


相原:恭夜・・・俺


恭夜:行くんだよ、お前はロンドンに


相原:(独白)俺の言葉を遮り、静かに、しかし何かを振り払うように、恭夜は言った


相原:(独白)少しの沈黙の後、恭夜はおもむろにポケットから腕を出し、時計を眺めた

相原:(独白)今年の恭夜の誕生日に、俺が贈った時計だ

相原:(独白)恭夜の少し細めの手首には、良く似合うと俺も気に入っていた


恭夜:あと15分か・・・


相原:(独白)そういって恭夜は腕を回したまま、俺のほうに身体を預けてきた。


恭夜:せめてその間だけ、こうして一緒にいさせてくれ


相原:あぁ


相原:(独白)嬉しかった・・・15分じゃなくこのまま一生こうしていられたら・・・


相原:(独白)雪の粒は少し大きさを増したように見えた

相原:(独白)それでもまだ風に舞いフワフワと漂っている

相原:(独白)駅全体がこのまま本当にモノクロームの世界に包まれていくかのようだ


相原:(独白)そんな時だった


恭夜:相原


相原:ん?


恭夜:俺はお前の事が好きだった~


相原:(独白)思い出を手繰るように、また諦めにも似たため息ように、恭夜は言った


相原:あぁ、俺もお前のことが好きだよ


相原:(独白)見つめ合うわけでもなく、お互い前を向いたまま、二人は気持ちを打ち明ける

相原:(独白)好きだったと過去形にすることで、俺の背中を押そうとしてくれる恭夜

相原:(独白)それが痛いほど分かるだけに、涙が出そうになった。

相原:(独白)だが、恭夜の気持ちを無駄にはしたくなかったが、俺にはとても好きだったとは言えなかった


相原:(独白)気持ちの高ぶりから、自然と手に力が入り、腕が震えだす。

相原:(独白)恭夜の腕も身体も震えている。

相原:(独白)互いの気持ちが、手に取るように分かる

相原:(独白)でも、それを口にする事はできない



恭夜:寒いな


相原:あぁ、寒い



恭夜:寒いか?


相原:あぁ・・・



恭夜:俺のマフラーかしてやるよ、カシミヤだから暖かいぞ


相原:そうか・・・じゃ、一緒に使おうぜ


恭夜:・・・そうだな


相原:(独白)恭夜が俺に巻きつけていたいた腕を外し、自分の首に掛かるマフラーを、ゆっくりと一巻き外して俺の首にかける。


相原:(独白)その時、今日初めて俺は恭夜の瞳を見た気がした。

相原:(独白)メガネ越しの、少し藍みがかった透き通る瞳が、俺を吸い寄せて放さない

相原:(独白)恭夜のマフラーを持った腕が、俺の首からうなじの後ろに流れていく


相原:(独白)駄目だ、もう恭夜しか見えない、

相原:(独白)もう他の事など考えられない。

相原:(独白)その時加速する気持ちを押し殺すすべを、俺は持っていなかった

相原:(独白)おそらく恭夜も・・・


相原:(独白)無言のまま、二人はだんだんと一番近い場所へと近づいていき、白い息を絡み合わせる。

相原:(独白)コツンと当てた額が、恭夜の合図だった

相原:(独白)そしてゆっくりと唇を重ねてくる・・・


相原:(独白)この寒さで、冷たくなった唇を二人の熱が段々と溶かしていく

相原:(独白)吐息が絡まりあい、首に回す恭夜の腕に力が入り、俺をもっと近づける



相原:恭夜・・・


恭夜:相原・・・好き・・・


相原:あぁ・・・俺も・・・


相原:(独白)ずっと我慢していた二人の気持ちが、解き放たれていく


相原:(独白)人気のない無人駅

相原:(独白)ちらつく雪が、音まで消してしまったかのように静まりかえる、まるで絵画のように美しく音のない、静かな世界の中で、

相原:(独白)時を惜しむかのように、ゆっくと、静かに、それでいて強く、そして優しいキスをする俺達二人の上に

相原:(独白)悪戯に透き通った赤いベールを被せるかのように、駅の踏切りの音が鳴り始めた


終わり

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