1.豚もおだてりゃ木に登る。







「えー、近衛さん。……ヒビが入ってますね」

「あらー……」



 アークデイモンとの戦闘から数日が経って。

 腕の痛みが引かないので、市街地の整形外科に診察にきてみた。触診を終えてからレントゲンで確認をしてみると、骨に綺麗なまでの線が一本。素人目に見てもハッキリしており、近所のオバちゃんみたいな声が出てしまった。

 以前の火傷といい、今回の骨折といい、ダンジョン配信者は過酷である。

 そう思っていると中年医師が、こう訊いてきた。



「ちなみに、原因を聞いても?」

「あー、仕事……ですかね?」

「なぜ疑問形なんですか?」

「金銭が発生しないので」

「それは、仕事ですか?」

「………………」



 俺は思わず声を失う。

 そして数秒の間を置いてから、こう考えるのだ。




「(よく考えたら、仕事じゃないな……)」――と。




 医者に指摘されて改めて、自分の置かれている状況を思い出した。

 そうだった。俺はいま、求職中の身だったのだ。幸いなことに、保険証などについては親の扶養に入っているので大丈夫だが、完全に失念してしまっていた。

 俺は配信者であるが、世間的に見れば無職のオッサンでしかない……!



「あの、近衛さん。なぜ、うな垂れておられるのですか……?」

「……気にしないでください、先生。現実を思い出しただけです」

「そ、そうですか……」



 口から魂が抜けてしまっている俺を見て、困惑する医師。

 こちらの回答に、彼は苦笑しながらこう言った。



「とりあえず固定して、痛み止めと湿布を出しておきますね」

「はい……」




 俺は薬の簡単な説明と、固定の施術を受けながら思う。

 切実に、物凄く真剣に――。



「(は、働かないと……!!)」









 地元に帰ってきて、気が付けばもう五月になっていた。

 世間はいまゴールデンウィーク真っ只中で、街を歩いていると家族連れの姿をよく見かける。俺はそんな人の細波を軽く避けながら、真っすぐにハローワークへ向かっていた。

 妙な焦燥感に襲われているのを自覚しつつ、しかし行かねばならない。



「最近、親の視線が冷ややかな原因はこれだったか……」



 思えば食事時の会話でも、それとなく新しい仕事のことがあったような。

 俺は聞き流していたが、母親にとっては不安でしかなかったろう。ダンジョン配信のことばかりで頭がいっぱいだった自分が、ひどく情けなく思えてきた。

 ごめん、かーちゃん。

 俺、頑張って仕事を探すよ……。



「トホホ……」



 などと、暗い表情歩いていると。



「あ、そこのオジサン! ちょっと、良いかな?」

「……え、俺?」

「そう! 死んだ魚みたいな目をしてる!」



 何やら、小柄な少年に声をかけられた。

 帽子を深く被っているので、顔立ちまではよく分からない。

 いったい、どうしたというのだろう。こちらが首を傾げていると、少年は確認するような口調でこう訊いてきた。



「オジサン、ってもしかして……配信者の『たっちゃん』じゃない?」



 思わぬ言葉に、俺はとっさに背筋を伸ばした。

 まさか市街地とはいえ、田舎の一部であるここで名前を呼ばれるとは。完全に想定外だったし、よもや自分の名前が知られているとは考えもしなかった。

 なんだろう、いま凄く感動している。

 こんな無様な無職でも、存在を認知してくれている人がいるのだ――と。



「あ、あぁ……そうだけど?」

「わあ、すごい! 僕、たっちゃんの大ファンなんです!」

「だ、だだだだ、大ファン!?」

「はい! モンスター討伐のアーカイブは全部見てます!」

「ま、マジか!?」



 さらには、そんなことを言われてしまうと有頂天。

 まさに天にも昇る気持ち、というやつだった。だから――。



「これからも、楽しみにしてますね!」

「あぁ! 毎日配信するから、期待してくれよな!!」



 ――そんな調子の良い言葉も、サラっと言ってしまう。



「握手、いいですか!」

「もちろん!」

「ありがとうございます! それじゃ!!」




 そして、怪我をしていない方の手で少年と握手して。

 気分良く踵を返してから、思うのだった。





「(いや『毎日』って、なに言ってんだ俺……!?)」





 あまりにも馬鹿な自分に、大きなショックを受ける。

 俺はガシガシと頭を掻き毟るのだった……。




 





「玲音さま、あちらの男性でございましたか?」

「あぁ、間違いないよ。……爺や」



 達治と握手をして別れた人物――玲音は、大きなリムジンに乗り込んで使用人に告げる。そして帽子を取って、肩ほどまでの綺麗な金髪を露わにした。

 左右で違う色をした瞳を輝かせ、玲音は口元に笑みを浮かべて言う。

 静かに、窓越しに達治を見ながら。




「ようやく、見つけたよ……」――と。




 その声には、どこか仄かな敵意が香っているのだった……。



 

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