牛の体

フカ

牛の体




人の本質は肉体なので、魂はガワに引っ張られるんだ。京一郎はそう言って自分の顔を三回撫でて、俺が健康でいられるのは身体が綺麗だからだよ、とも言う。

まあ確かにそうだよな、と俺は煙草を潰して消した。光を放つ画面の中では高校生の男女の身体が入れ替わり、まあ高校生らしく試行錯誤を繰り返す。暗い部屋で、頬杖ついて、それを眺める中世彫刻みたいな顔。だけど髪は黒。月が出ている夜中の海、真黒でつやつやしていて、そんなような長い髪を婆あ縛りにして背中に垂らす。

フィクションの中の朝日が照って、エア・大理石製の横顔にハイライトを入れる。頭蓋のずいぶん奥についている眼窩でまばたきをする。


京一郎は親父の息子だ。ボスで上司で頭の親父だ。

だからみんな俺の兄貴だよね。そこは弟だろう。このやりとりは何度もした。


「じゃあ、牛の体んなったら牛になんのかね」五本目の煙草を引っ張り出して火をつけた。

「そこはお前の体に入りたいなアじゃないの」美形がむくれる。

「お前の体は自我がまずいよ。取り込まれる」

「牛になって、戻ってきたら胃が増えるよ」

「怖ぇよ」

京一郎が閉じたまぶたのまま笑う。

俺は煙を吐いて言う。


「あと三人だろう」京一郎の肩が少し動いた。

「そうね」「なんだ、あとは」「心臓と肺と膵島」「まだまだだな」「そうだねえ」

京一郎の幽霊が手指を組んで伸びをした。

暗転した画面の中に、歳を食った俺だけが映る。


京一郎は美しかったが馬鹿だった。親父の女が京一郎に惚れてしまって手を出した。きれいな声だったんだよ。夏の火曜日に、そう言って出ていって、分解されて売られた。

AB型の老人、少女や青年、異国の人間・要人・誰かの息子の体に、臓器になって移動した。移動して、別の肉体にインスリンを出したり、血液を巡らせてやったりしていた。十八歳だった京一郎は、八十一歳になり、三十五歳になり、二十二歳にもなり、八十一のジジイが死んだら帰ってきた。透ける体で。


透ける京一郎は俺にしか見えない。俺も十八だったから、同期のよしみでおまけがついたのかもしれない。俺もAB型だからかもしれない。目の前のテーブルに載る箱に入った辛麺を眺めて、食事を多く共にしたからかもしれない、と思い、ああそうだ牛の体だ、とも思った。一頭からなる牛や豚、一羽の鶏の肉や臓物を分けて同じく食べていたから、体の組成が寄ったのかもしれない。もともとはひとつだった、黄の番号札のついていた牛の体のほうにふたりとも。


「そんな訳はねぇよな」

「何の話?」

「牛に入って、とさつされたらカルビになるまで俺は俺か?」

「俺はいま三島で、横尾で茅ヶ崎だよ」

「とすると」

「カルビになって、誰かに焼いて食べられてもそいつが死ぬまで俺は俺」

「肉体が本質なんじゃないのか」

「だって俺の体まだあるもん、あとよっつ」

「よっつ?」

「内臓抜かれたガワはね、まだ親父が持ってんの」

寒気がした。

「うっそー」京一郎が指を差して大笑いする。当たり前だが親父はとっくの昔にもういない。


レシピエントが亡くなるたびに、透けていた京一郎は徐々に輪郭を取り戻す。いつまでたっても十八のままの小生意気な京一郎を透かして、すっかり見えていた背景はだんだん遮断されていき、五十八年かけて残りはみっつになって、もうほとんど肉体、ぐらいにまでなった。

京一郎がしたように俺も三回顔を撫でる。硬い皮膚に皺。思い出したように画面を見やると、平面の高校生たちの肌には光が射していた。










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牛の体 フカ @ivyivory

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