第7話 フィジカルゴリラ姉弟

 遅れました! 第7話です! よろしくお願いします!



 ――――――――




 先手必勝――――。


 これは姉さんから教わった必勝法。

 先に攻撃をしたものが、攻撃を当てたものが、勝てる。

 そのために、相手が魔法を構築する前に、自分が仕掛ける。


 それが瞬きのような速さであっても――――。

 

 先生が魔法を展開する前に、肩と腕の風船をパンと弾かせ、割る。

 そのまま背中の風船も狩ろうとしたが、先生は氷魔法を展開。

 風船と俺の間に氷の壁を形成し、自分の体を氷で覆い、球の氷塊ができていた。


 「あー。全部は壊せなかったか………」


 あの一手で、3つとも割るつもりだった。

 姉さん相手なら、俺が1つ割って、姉さんにカウンターで3つとも割られて、試合終了。

 そう思えば、姉さんとのバトルよりかは何倍もマシな結果だろう。


 氷の球体を目の前に、日本刀を肩にかけて、先生に向かって叫ぶ。


 「先生、そのまま氷の中にいたら、俺の風船壊せませんよー」

 「出たいのはやまやまなんだがね!」


 声は聞こえるのか、帰ってきたのは籠った先生の声。


 姉さんの師匠が何もしていないことはない。

 きっと別の角度から仕掛けてくる。


 だとしてもだ。壊すしかない。

 これだと俺の攻撃が通らないし。


 右手に持っていた日本刀を一旦腰の竿にしまう。

 袖をまくり、拳を構え。


 「ハッ――――」


 氷の壁に垂直に拳をぶつけた。

 力が加わった一点を中心に、ピキッピキッと地割れのようにひびが入り。

 パンっ――とはじけ、破片が飛び散った。


 だが、そこにあったのは植物。

 色合いこそ似ているものの、それは先生の体を模した木々と花々だった。


 「1つ目、いただくよ――――」


 妖艶な声が、背後を取る。

 振り返った先にいたのは紫髪の美女。


 いつの間に移動してたんだよ――――。


 気づかないうちに俺の背中を取った先生だが、魔法を展開する様子はない。

 ただ両手で俺の肩の風船を掴み取ろうとしていた。


 『スベル』相手じゃ、魔法が通らないことは先生も知っている。

 俺の風船にはバトル開始時から『スベル』がかけられていることぐらい、きっと確認しなくとも、予測だけで分かっていることだろう。

 だからこそ、普通の魔法での攻撃を仕掛けるつもりはさらさらないだろう。


 かといって、素手で割るつもりはないだろうが――――。


 「おっ?」


 思わず俺は驚きの声を漏らしていた。


 先生の手、魔法がかけられてるな。

 しかも、俺が見たことがないやつ。

 これ、多分姉さんも知らないんじゃないか?


 瞳孔を限界まで開き、先生の手の魔流を認識、分析。 


 ああ。あの魔法、今自分で術式を組んだやつか――――。


 「くっ――――ダメか」

 

 先生の両手は確かに風船を掴んだ。

 だけど、力を加えた瞬間つるりと滑ってしまい、前へとこけて、俺の方へ倒れてくる。


 両手をクロスさせ、前のめりになった先生。

 その姿は隙だらけ、そう思えたが――――。


 「エクス――――」


 その3文字だけで、先生の本来の意図を知り、頭に警鐘が響く。

 俺はパンと地面を後ろに蹴り、その間に全身にスベルをかけた。


 ボガァッ――――ンっ!!!!


 先生と俺の間に大爆発が起きた。


 「殺す気ですか!?」


 風船割りに爆発魔法を使うとか!

 『スベル』があったからよかったけれど、使えなかったどうするつもりだったんだよ!


 先生に文句を言いながらも、先生に全力ダッシュで接近、そして、抜刀。

 早く抜いたつもりだったが、すすが付いた彼女の顔は笑っていて。


 「君、やっぱり愛衣くんの弟だね! フィジカルだけでこれとは!」

  

 俺の刃を避け、草魔法を展開、こちらの足元に木々を生やしながら、叫んでいた。

 彼女の艶やかな若紫の髪が大きく横に揺れ、先生はそのまま後方にクルクルとバク宙。

 先生はピンヒールにも関わらず、華麗に着地を決めていた。


 距離が離れた俺たちは、一旦一息をつく。


 「はぁ……はぁ……」

 「ふぅ…………」

 「はぁ……はぁ……」

 「…………」

 「はぁ……はぁ……」


 俺はすぐに呼吸を整えることができた。

 だが、膝に手をついて中腰状態のグラディス先生の息は、早く深いまま。

 少しぐったりしているようにも見えた。


 「先生、息荒げ過ぎじゃないすか?」

 「………ち、ちょっと久々に全力で動いたもんでね。いつもならその場に立っているだけでバトルが終わっていたんだよ」


 つまり普段から動いていないと。

 あー、確かに先生はデスクワーク多そうだしな。


 「先生、普通に運動不足すね」

 「えー。これでも私は一日3キロは走っているのだがな」

 「少ないっすよ。全然足りないっす」

 「…………」


 えー。なぜ黙るのだろう。

 一日3キロなんて、少なくないか?

 最低でも10キロ走らないと。


 なんて考えていると、美女先生は「そうだった。あの子も体力怪物でもあったな………それなら、弟も同じか……」

 とよく分からないことをこぼしていた。


 そして、小休憩を挟んだ後は、先生の反撃祭りだった。

 基本は氷魔法で防御しつつ、草魔法で俺の日本刀を奪おうとしたり。

 風船の周りだけ気圧を落とす魔法を使われそうになったり。


 もちろん、俺も攻めた。隙を見て、日本刀を振り、残りの背中の風船を狙う。

 が、氷魔法で塞がれ、空いた左手で割っても、その間に逃げられる。


 だが、あの防御魔法だけは使ってくれなかった。


 「先生ぐらいのレベルなら、結界魔法を使えるんじゃないですか!?」

 

 姉さんはあの魔法をよく使っていた。

 物理攻撃、魔法攻撃、全ての攻撃を防いでくれるから、便利だと初級魔法のように使っていた。

 だが、先生は笑って横に首を振る。


 「君のお姉さんならともかく、私には無理だよ! あの魔法は私たちにとっても高度だからね!」


 ……………ほぉ、なるほど。

 姉さんがいとも簡単に使っていたもんだから、誰でも展開できると思っていたのだが、そうじゃなかったのか。


 「となると、転移も難しいですか!?」

 「もちろんさ! 転移魔法を難なく展開できる術者は君のお姉さんぐらいだよ!」


 姉さんが天才児であることは知っていたけれど、それでも思う。

 姉さん、どれだけすごいんだ……。


 感心していると、先生はまた氷の壁を一面に張り、姿を隠す。

 しかも、壁は1つだけではなく、何枚も作られていた。


 バリッっ――――ン!!


 それを一撃で壊す。


 「ハッ! やっぱり君はお姉さんに似てフィジカルゴリラだな! 怖いよ!」

 「そうですか?」

 「ああ! 今日から、君たちをフィジカルゴリラ姉弟きょうだいと呼びたいぐらいだよ!」


 俺ぐらいでゴリラだったら、姉さんはきっと恐竜だと思うんだが。


 先生はなぜか氷の壁を壊してく俺を嬉しそうに笑って、くるりと横へ回転し、逃げていく。


 俺の魔法は、目視できる時点でどこにでも魔法が使える。

 それはたった3日間しかなかった姉との特訓で知ったこと。


 さらに詠唱も省略でき、こちらが魔法を使うタイミングを知られない。

 そして、今。

 『スベル』を、風船と俺を守ることばかりに使ってきた今。

 防御以外で使用する『スベル』の存在は、先生の頭にはない。

 あっても薄れている。


 俺は左手を伸ばし、逃げていく先生の足に向かって、『スベル』をかけた。


 「おおっと!」


 声を上げた先生は、氷上にいるかのように足を滑らせる。

 だが、こけて地べたにへばりつくことはなく、草木を生やし、背中につく風船を割らないよう、体を支えさせる。

 

 俺はその瞬間を逃さなかった。

 地面を蹴り出し、1歩で彼女に接近。


 パンっ――――。


 大きく振った日本刀は背中のピンクの風船を盛大に割った。

 これで先生の風船は全て割った。


 ………………これで俺の勝ち。


 姉さんとの戦いしかしてことなかった俺にとっては初の勝利。

 徐々に頭が追い付き。


 「よっしゃぁっ――!!」


 拳を振り上げ、全力で叫んでいた。

 心の底から嬉しかった。

 全力を出すと意気込んでたとはいえ、勝つとは思ってもいなかった。


 嬉しさに浸る中、ふと姉さんが話していたその言葉を思い出す。


 『界、あなたはきっとやればできる子よ――――』


 …………ああ、できたよ。姉さん。

 俺みたいなやつでも、ちゃんとやればできるって証明できたよ。


 全部姉さんが応援してくれていたおかげだ。

 ありがとう、姉さん。


 日本にいる姉さんに感謝しながら、俺は現実に戻る。

 

 バトルが終わったのにも関わらず、木々に支えられている状態で呆けている先生の所へ駆け寄る。


 体を木々に預け、両手を広げて見上げる先生。

 近づいた俺が顔を覗き込むと、目が合い、彼女はにこっと笑った。

 

 「――――ようこそ、ルビナーツ学園へ。鳴海界」


 ルビナーツ学園の校長、グラディス・スクウァイア先生。

 彼女のバトルに勝った俺は、学校が認めた公式の裏道ともいえるその方法で、入学が決まった。

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