Dreaming×Dreaming
近水たみ
本編
わたしと夜海はベッドの上で交わっていた。
「灯里」と、わたしをベッドに押し倒している夜海がわたしの名前を呼ぶ。押し倒されているわたしも「よ、夜海……」と返す。夜海に名前を呼ばれるのが好きだし、夜海の名前を呼ぶのが好きだ。
いつの間にかわたしの瞳に映っている夜海は服を脱いでいて、綺麗な肌を見せている。そしてわたし自身も、夜海に無防備に肌を晒していた。
夜海の手がわたしの胸に触れる。その先端に当たるたび、わたしは身体を震わせる。
わたしはやり返そうと夜海の身体に手を伸ばすが、わたしの身体を駆け巡る快感に邪魔され、その脚を掴む、というよりしがみつくことしかできない。
それさえも夜海には想像通りなのか、わたしの目を見て微笑んで、それからわたしの耳元で「可愛いよ、灯里」なんて囁いてくるのだから、わたしは何も言い返せなくなってしまう。
わたしも夜海のことを可愛いと思っているが、今この状況でそれを言ってもわたしへの言葉責めが重ねられるだけだ。
わたしは夜海の脚に指を食い込ませたままでいるので、夜海はわたしの胸を責めるのをやめようとしない。そしてわたしがそれを望んでいることも、また確かだった。
わたしと夜海の身体と吐息とが混じり合い、わたしたちの興奮は高まっていく。
でもそれは、ふたりの残された時間が少ないことを意味していた。
視界が揺れる。
わたしたちの幸せな時間は、しかしわたしだけの幸せな時間だ。
今目の前にいる夜海は、わたしの理想と妄想で塗り固められた、わたしだけの“夜海”だ。
“夜海”がその揺れとともに消えていく。
わたしは何も言わずに、目を閉じる。
目を開けると、そこは見慣れた天井だった。
ここに“夜海”はいない。
今のは夢だったのだ。
……しかし、そこに悲しみや寂しさはない。
なぜなら……わたしは今のが夢であることなんて、最初から知っていたから。
思うがままの夢を見られる。そして、その夢の中である程度の自由が効く。それがわたしの能力だ。
でも、興奮が高まると、夢の世界から追い出されてしまう。だから、わたしたちはいつもこんな感じ。
わたしは毎晩のように、夢の中で“夜海”と逢っていた。
いくら“夜海”がわたしが生み出した夢の中の存在だとしても、彼女に逢いたいという気持ちは、現実のそれと変わらない。
だからきっと今夜も、わたしは“夜海”の夢を見る。
◆
“夜海”とは夢の中でしか逢うことができないけど、夢の外にも夜海はいる。それは同じクラスの永塚夜海さんだ。
永塚さんは誰にでも優しい……というわけではなく、少人数のグループの中とそれ以外の人といるときとで態度が変わるような、そんな普通の女の子。
永塚さんとわたしの関係はただのクラスメイトで……そして、わたしの片想い。でも、それくらいの関係がちょうどいいかな、なんて思う。
永塚さんと夢の中の“夜海”の区別がつかなくなったら、わたしはきっと、何かを失ってしまうから。
ふと、永塚さんのほうを見る。今は体育の授業中で、長距離走の途中だ。彼女はわたしよりずっと前を走っていて、足、速いんだな……なんて思ったりする。そんなことさえわたしは知らない。それでもわたしは永塚さんのことが好き。その気持ちはきっと、変わらない。
次の瞬間、視界から空が消えた。
え、という呟きが声になる前に、衝撃で自分が転んだと理解する。いつの間にか解けていた靴紐を、自分で踏んでしまったのだ。
そして、思い通りの夢を見たために起こる眠気と、長距離走の疲れとで、わたしは起き上がる気力を起こすことができずに……その場で意識を手放した。
◆
わたしはベッドで横になっていた。起き上がろうとしても、金縛りのように身体が動かない。
「灯里、大丈夫?」
声のしたほうを見ると、そこには“夜海”がいた。わたしはこれを夢だと理解する。永塚さんはわたしのことを灯里とは呼ばないから。
「夜海……」
だから、わたしも彼女をそう呼んだ。
わたしがいまどうなっているか、大丈夫かなんてわからない。でも“夜海”は、わたしが名前を呼ぶだけで……いや、何も言わなくても、ぜんぶ、わかってくれる。
「そっか。……服、脱がすね」
“夜海”にそう言われて、わたしはわたしが服を脱がせてもらいたかったことを理解する。
服を脱がして、身体を拭いてもらいたい。
そしてその意味は、“夜海に”と加えても変わらない。そんな欲求は“夜海”に対してしか持たないから。
さらに言えば、それより先のこともわたしは望んでいて。
そしてそれを、“夜海”は知っている。
「灯里の胸、きれいだよ」
「……ばか」
“夜海”はわたしの身体を拭いてくれた。途中、一箇所を執拗に拭いたり、逆にあえて避けたりしてもいたが、それさえもわたしを喜ばせるためだったことが、わたしには伝わってくる。
「……ありがとね、夜海」
「どうしたの急に」
「……そんな気分だっただけ」
ただの気まぐれ。本当に、それだけだ。
「……だって、灯里のためだから」
「え……」
「私がここにいられるのは、灯里のおかげ。だからそのお返し。灯里は私が、幸せにしてみせる。そのためなら看病くらい、いくらでもするよ」
それはまるで、プロポーズのようで。
「じゃあ、わたしは夜海を幸せにするよ」
わたしはつい、そんなことを口走ってしまった。
「灯里……」
“夜海”は、そっと目を瞑る。
わたしは“夜海”の唇に、自分のそれを近づける。
もう、わたしの目には夜海しか見えていない。
……見えていない、はずなのに。
「……え」
視界の端、“夜海”の向こうに、人影。
ここはわたしたちだけの世界のはずなのに……どうして。
そんな疑念は、わたしを夢の世界から引きずり出す。
視界が歪む。
せめてその正体だけでも……と思って、次の瞬間、わたしは息ができなくなった。
それが誰なのかを、わたしはよく知っている。しかし、理解することができなかった。
なぜならそこにいたのは……もう1人の、永塚夜海だったのだから。
◆
目が覚める。
「……ここは……保健室?」
ベッドの周りにカーテンがあるが流石に病院ではなく、そこは確かに保健室だった。
まだ半分寝ているような心地で目をこすりながら起き上がって……そこに人がいることに気づく。
「えっ、よ……な、永塚さん……?」
「……三沢さん。目が覚めたんだ、よかった」
「う、うん……」
どうして永塚さんがここに!? まさか夢……じゃない、よね。
彼女はわたしを三沢さんと呼んだ。だから彼女は、“夜海”ではない。
つまりこれは、現実なわけで……
「永塚さんは、どうしてここに……?」
「……私、保健委員だから」
「そうなんだ……」
永塚さんは保健委員だったらしい。そんなことすら、わたしは知らなかった。
今日は良い日だ。永塚さんの知らないことを、たくさん知ることができた。
「じゃあ私、もう行くね。三沢さんも大丈夫そうなら、教室戻りなよ」
「うん……ありがとう」
「……あ、そうそう、三沢さん」
ちょいちょい、と手招きされ、少し身を乗り出すと。
永塚さんはわたしの耳に口を寄せて、そして。
「私のことも幸せにしてね、灯里」
そう、言ったのだった。
小走りでわたしの元を去った永塚さんの後ろ姿が閉められた戸によって見えなくなっても、わたしの目が、彼女を忘れさせてくれない。
……どういうことなんだろう、今のは。
立ち上がって後を追おうとするも、彼女と入れ替わるように保健室に入ってきた養護教諭の先生に「まだ顔赤いわよ? 無理せず休んでなさい」と言われてしまった。
わたしは、その言葉に素直に従うことにした。
考えがぐるぐる回って、興奮で眠れないかとも思ったけど……比較的すぐに眠ることができたのは、どうしてだろうか。
案外、本当に熱があるのかもしれなかった。
◆
そこは見覚えのある部屋だった。わたしがベッドの上に1人でいると、夜海が部屋に入ってくる。
「灯里」
そう呼ばれて、わたしはここが夢の中であること、そして彼女が“夜海”であることを理解する。永塚さんは、わたしのことを「灯里」とは呼ばない。
……本当に?
『私のことも幸せにしてね、灯里』
あのとき彼女はわたしのことを「灯里」と呼んだ。そのことを思い出して、わたしは目の前にいる彼女が誰なのか、そしてここが夢なのかどうかも、わからなくなる。
次の瞬間、世界が揺れる。
それでわたしはこれが夢であることを認識するが……もう遅い。
夢か現実かの区別がつかなくなると、夢の中にはいられなくなる。
そして、わたしは目を覚ます。
◆
目が覚めると、ちょうどチャイムが鳴り響いた。時計を見ると昼前で、4時限目が終わったのだと知る。
結局、夢の中で現れた夜海は、“夜海”なのか、それとも……。それはわからないけど、とりあえずベッドの周りに誰もいなかった。
寝起きで頭は重いが、身体は問題なさそうだった。わたしはとりあえず教室に戻ることにした。
教室に戻って、クラスメイトたちの視線で自分が体操服のままであったことを思い出す。着替えようとして、自分の机の上に置いてあったはずの制服もなくなっていることに気づいた。
辺りを見回していると、1人のクラスメイトに声をかけられる。
「三沢さんの制服、今さっき永塚さんが持って行ったけど、会ってない?」
「永塚さんが……?」
どうやら入れ違いになってしまったようだ。このまま待っていれば永塚さんは帰ってくるだろうけど、どうせ教室で着替えることもできない。わたしは素直に、保健室に戻ることにした。
「し、失礼しまーす……」
どこかきまりの悪い思いで保健室に戻ると、さっきまでわたしがいたベッドに誰かがいた。誰か、というのは知らない誰かというわけではなく、頭まで布団を被っていて、髪が少し見えるほどでしかなく、それが誰だかわからなかったからだ。
ふと横を見ると、机にわたしのものと思われる制服が置いてあったので、わたしは「……永塚さん?」と声をかけた。
するとそこにいる誰かが布団ごとびくんと跳ねて、数秒の後に布団を捲って出てきたのは確かに永塚さんだった。
もしかして永塚さんも体調が悪くなったのだろうか、わたしのせいだとしたらそれは申し訳ないな……などと考えていると、永塚さんは突然起き上がって、そして手早く上履きを履いた。
それからわたしに「それ、制服」とだけ言って、わたしが「あ、ありがとう……」と言い終わるのを待たずにそそくさと保健室を出て行ってしまった。
どうやら体調が悪いわけではなさそうで一安心するも、じゃあどうして布団の中にいたんだろうか。……しかし、それをここで考えても答えはわからない。
わたしは着替えて教室に戻ることにした。
◆
永塚さんが教室に戻ってきたのは昼休みが終わる直前だったので、わたしは彼女に件の理由を聞くことができずにいた。
午後の授業はそのことが気がかりで、先生の話は全然頭に入ってこなかった。
彼女の方を、つい見てしまう。授業中に永塚さんを観察して永塚さんのことを考えてしまうこと自体はいつものことだけど、今回はいつもとは事情が違った。どうして、彼女は保健室のベッドに横になっていたんだろう。
そして、
『私のことも幸せにしてね、灯里』
……なぜ、彼女はそんなことを言ったんだろうか。
心当たりがないわけじゃない。ないわけじゃない……のだが、それはあまりにも、ありえないことだったから。
その心当たりは、わたしの夢の中のこと。
わたしは夢の中で、夜海に『じゃあ、わたしは夜海を幸せにするよ』と言った。それは確かだ。
しかしそれを言った相手は永塚夜海ではなく、わたしが生み出した存在である“夜海”なのだ。
だから、永塚さんが“夜海”のことを知っているなんて、そんなことはありえない。
ありえない……はず、なのだ。
しかし、そうでもないと説明できないのも、また確かで。
彼女は「私のこと“も”」と言った。わたしが幸せにすると誓った“夜海”のことを知らないと、そう言うことは……
……その瞬間、わたしは思い出した。
あの夢の中で、“夜海”の向こうに見えた人影。
わたしが知っていて、しかし理解できなかった、もう1人の永塚夜海。
もし、彼女が本物ならば……
「三沢さん」
「……え、あ、はいっ!?」
名前を呼ばれて、慌てて立ち上がる。しまった授業中だった、ボーッとしてた……と思ったが、わたしの名前を呼んだのは“夜海”……ではなく、永塚さんだった。
いつの間にか授業は終わっていて、放課後の教室に残っている人はまばらだった。
「授業、終わってるけど」
「……うん、ありがとう」
どうして声をかけてくれたのかとか、そういう考えが頭をぐるぐる回って、そうだ、聞かないと……と思い出すまでにほんの少し時間がかかってしまった。
「あっ、あの、永塚さん……?」
「……なに?」
「えっと、その……」
声に出してから、どう聞けばいいのかわからなくなって、言葉に詰まってしまう。
不思議そうに見つめてくる永塚さんに、わたしは「な、なんでもない、です……」としか言うことができなかった。
「……このあと、時間ある?」
「えっ? 大丈夫だけど……」
「じゃあ……ちょっと、ついてきて」
そう言って、すたすたと歩き出す永塚さん。わたしは慌てて机の上に出したままだった教科書をカバンの中にしまって、その後を追う。
どこに行くのだろうと思いながらついていくと、あっという間に学校を出て、わたしの家とは反対に向かいはじめた。
5分も歩かないうちに、わたしたちはそこに辿り着く。
「着いた」
「えっと、ここは……」
そこにあったのは、ごく普通の一軒家。その表札には「永塚」と……って、え!?
「私の家。どうぞ、入って」
◆
永塚さんの家に、永塚さんの部屋に入る。
永塚さんの……正確には“夜海”の、だけど、その部屋を想像したことは何度もある。
でも、当たり前だけど想像上の部屋とはまったく違っていて、それこそが現実で、目の前にあって。わたしは自分の胸が高鳴る音を聞いた。
永塚さんが椅子に座る。わたしはどうしようと思ったところで、永塚さんは何も言わずにベッドを指差してきた。
……え、ベッド?
いやいや、それは流石に……え、これ、現実ですか……?
困惑というかなんというかで、もうわたしの感情はめちゃくちゃになっていて。
しかしそこに座る以外に選択肢もないようで、ついにわたしは観念した。
荷物を置いて、永塚さんのベッドに座る。
椅子とも、わたしのベッドとも違う、沈み込むような感覚が、わたしにそれが永塚さんのベッドであるということを嫌でも意識させてくる。嫌ではないし、むしろ嬉しいけど……
わたしは落ち着くために深呼吸した。けれど、大きく吸い込んだ空気はもちろん永塚さんの部屋の空気なわけで、気のせいかもしれないけど何かいい匂いまでして、わたしは軽くむせた。
永塚さんの方を見ると、彼女はうんうん、と頷いて、それからわたしに言った。
「じゃあ、そのまま横になって」
「なんで!?」
わたしは思わず立ち上がる。すると、椅子に座っていた永塚さんがわたしの視線の下に来て、彼女に上目遣いで見上げられる形となる。それがもうめちゃくちゃ可愛いなんて思ってしまって、わたしはもう一度座り直すこととなった。
「えっと……永塚さん? 横になるのは、流石に……悪いよ」
「気にしないで」
「気にするよ!?」
「いいから」
「ちょ、な、永塚さ、ん……!?」
永塚さんは立ち上がって、わたしを押し倒すように、こちらに向かってくる……というか、倒れ込んでくる。場所が場所なのでここで避けても大事には至らないだろう。……それでもわたしの心の中では、受け止めなきゃ、という感情が勝ってしまった。
永塚さんの腰の上くらいに手を添えて、わたしも後ろに倒れ込むことによって彼女を受け止める。永塚さんもベッドに手をついている。これなら怪我の心配はないだろう。
……しかしそれは、わたしが永塚さんに押し倒されるという結果をもたらした。
つまりわたしの視界には、永塚さんがいるわけで。
それは、わたしにとって夢の中で何度も見た、「導入」の光景で。
「あ……」
彼女は“夜海”ではない。永塚夜海だ。
そんなことはわかっている。わかっているつもりでも、こうされたとき、わたしは彼女に従うしかなくなってしまう。
彼女の目を見る。その目に、その視線に、どこかものすごい情欲のようなものを感じて、わたしは思わず目を閉じてしまった。
すると。
「……いいの?」
そんな声がわたしに降り注ぎ、そしてその瞬間、わたしの中で完全に、彼女は“夜海”と重なった。
わたしは目を閉じたまま、そっと頷く。
夜海とわたしが唇を重ねるまで、数秒。
夢の中で“夜海”と何度もしたはずのその行為。しかし、わたしに訪れたのは初めての感触だった。
唇が離れてから、目を開ける。
すると、そこには耳まで真っ赤に染まった夜海がいた。
わたしはそんな夜海を知らなくて、その顔をそっくりそのまま写してきたようにわたしの顔も赤くなったことが、顔を見なくても、触らなくても、わかってしまった。
2人、顔を赤くして、沈黙のまま見つめ合う。こんなに興奮してしまっているので、夢ならとっくに覚めていただろう。そしてそのことが、今この瞬間が現実だということを強く意識させる。
先に口を開いたのは、わたしのほうだった。
「……もう、終わり……?」
どこか求めるようになってしまったわたしの声に、赤みが引いてきた夜海の顔は再び赤くなり、絞り出すような声で、
「……う、うん……」
と返ってきた。
わたしの上から退いて椅子に座り直す夜海を見て、わたしも身を起こす。
ちょっとだけ、本当に終わりなんだ……と思ってしまったのは、内緒だ。
◆
「えっと、それで……夜海はどうして、わたしをここに?」
「そっ、その……、あ、灯里の夢が、気になって……もう一度、見たかったから……」
口ごもる夜海を見て、わたしは初めて彼女のことを自然に「夜海」と呼んでしまっていることに気づいた。
「ごめんね、急に名前で呼んだりしちゃって……馴れ馴れしかったよね」
「ううん、嬉しい……それに、それは、お互いさまというか……」
「そう、だったね……」
先に名前で呼んだのは、夜海のほうだ。
……それにもしかしたら、名前で呼ぶくらい馴れ馴れしいとかでもないのかもしれない。わたしたち、キスもしちゃったわけだし。
なんだか気恥ずかしくなって、わたしは話を戻す。
「わたしの夢を見る、って……どういうこと?」
「えっと……信じられないかもしれないけど、ちゃんと、聞いてくれる?」
「……うん。聞くよ、ちゃんと。わたしは夜海を信じる」
「……ありがとう。……えっとね。私、他の人の夢に入れるんだ」
「他の人の、夢に……」
「うん。……まあ、夢を見てる人の近くじゃないといけないんだけど……」
「……そう、なんだ」
不思議と、驚きはしなかった。
だからあの夢の中に、夜海は2人いたんだ。
「それから……もう一つ。……私は、灯里のことが……好き」
「うん……えっ!?」
い、いま……夜海がわたしのこと、好きって……!?
「……だからね。体育で、灯里が倒れて……私、チャンスだと思って。保健室について行けば、灯里の夢、見られると思ったから」
そう、だったんだ……
「そしたら、灯里の夢の中には、私がいて……夢の中の私は、灯里と、その……キス、してて……」
……やっぱり、あの夜海は、本当の夜海だったんだ。
「もし、灯里が私のこと、好きなんだったら……私たち、両想いだなって、思って……でも、告白とか、不安で……もう一回、灯里の夢、見たいなって」
「それで、わたしを寝かせようと、ここに……」
「……でも、その……さっきので、もう、わかっちゃった、から……」
「あー……」
わたしは夜海のキスを拒まなかった。
いや、求めたのだ。
好きの気持ちの確認なら、それで十分だったのだ。
「ねえ、灯里……私のことも、幸せにしてくれる……?」
それはきっと、告白と呼ばれるもので。
わたしはすぐにでもそれを受け入れたかったけど、その前に。
「えっと……ちょっとだけ、わたしの話も聞いてくれる?」
「……もちろん。灯里の話なら、いくらでも」
別に、隠すこともできた。
でも、夜海は話してくれた。だからわたしも話すのが、対等だと思ったんだ。
「わたし、思い通りの夢が見られるんだ。ある程度なら、だけど」
「……それって」
「うん。だから、夜海が見たわたしの夢は、わたしの望みというか、欲求というか……とにかく、さ。」
ここは、夜海に倣って。
「……うん。わたしも好きだよ、夜海のこと。ずっと、片想いだと思ってたけど……両想い、だったんだね」
「灯里……」
「だから……幸せにするよ。夜海のこと」
「ありがとう、灯里……私も灯里のこと、幸せにしてみせるから……!」
◆
わたしはまた、夢を見ていた。
そしてそこには、あの日と変わらぬ彼女がいた。
「なんだか、久しぶりだね……夜海」
夢の中の“夜海”は、もはや永塚夜海とは全くの別人だ。今のわたしには、それがはっきりわかっていた。
「あのさ、夜海……わたし、夜海のこと、好きだったよ」
「……付き合うことにしたんだね、あの子と」
「……うん。ごめんね、幸せにするって言ったのに」
「いいよ。灯里の選択は、間違ってない。私が保証する」
「そっか……夜海のお墨付きなら、安心だ……」
「灯里……大丈夫?」
「なんで? 大丈夫だよ」
「でも、泣いてるから」
「え……」
“夜海”に言われてはじめて、わたしはわたしが流していた涙に気がついた。
「わたし、なんで……」
「ありがとう、灯里。私を、選ばないでくれて。あの子を選んだこと、後悔しないでね」
「うん……」
「そろそろ、お別れだね。……さよなら、灯里。本当の私に、よろしくね」
その一言で歪み始めた夢の世界は、もう二度と、元には戻せない。
壊れていく世界。
言えるのは、あと一言だけ。
だったら。
「さよなら……じゃ、ないよね! ……ありがとう、夜海……!」
◆
目が覚めると、そこは夜海の家だった。
「えっと、その……お別れは済んだの?」
「……うん。ありがとね、夜海」
きっと、わたしはもう自由に夢は見られない。
そして夜海も、夢の中に入れなくなったと言っていた。それが、願いが叶ったからだとも。
もう、“夜海”はいないのだ。
でも、今のわたしには夜海がいる。
これからは、ふたりで幸せになりたい。そうだよね、夜海。
「……灯里、どうかした?」
「……別に? 夜海が好きだな〜って、思っただけ」
「もう……そういうのは、ちゃんと……言ってほしいと、いうか」
「夜海」
「な、なに……?」
「好き」
「……うん、知ってる」
「……夜海は?」
「……好きだよ、灯里」
「……知ってる」
夢みたいに幸せな現実を祝うように。
わたしたちはそっと、唇を重ねた。
Dreaming×Dreaming 近水たみ @Tamtam_gw
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