夜の近道

烏川 ハル

第1話

   

「ちょっと遅くなっちゃったなあ」

 駅の改札を出たところで、良子ちゃんは改めて腕時計を確認します。

 時計の針は、八時四十七分を示していました。


 中学受験のための塾から帰る途中です。残念ながら近所には適当な進学塾がないため、二つ隣の駅前にある塾へかよっています。

 週末は必ず日曜テストがあり、平日の授業も週三回か四回くらい。定期券を使うほどの通塾ペースになっています。

 成績は悪くないし、別の小学校の友だちとも仲良くなれるので、良子ちゃんにとって進学塾は楽しいところです。最初のうちは、一人で電車に乗ったり、夜遅くに外を出歩いたりというのも新鮮でしたが……。

 最近はだんだん慣れてきて、以前ほど面白いと思えなくなってきました。塾から帰ると九時を過ぎてしまう場合もあり、それを不満に思う気持ちの方が大きくなったのです。

 帰るのが遅れても、お父さんやお母さんに怒られるわけではありません。でも今夜のように、良子ちゃんが好きなテレビは九時スタートの番組が多く、それをきちんと最初からられないのが残念なのです。


「健次くんや安恵ちゃんと、あんなに話し込むんじゃなかった……」

 授業の後、友だちとのおしゃべりに興じていた良子ちゃん。もしも終わり次第すぐ塾を出ていたら、もう一本早い電車に乗れていたでしょう。

 でも今さら悔やんでも後の祭りです。良子ちゃんは、まるで競歩みたいに早足で歩き始めました。

 駅前の大通りを東へ向かって十分と少し。「赤井町一丁目」という標識の交差点を北へ曲がってさらに十分近く歩けば、自宅に辿り着きます。

 全部で二十分くらいの帰路であり、ずっと全速力で走るのは大変だとしても、早歩き程度ならば簡単なはず。これでギリギリ九時までに帰宅できるでしょうか。

 頭の中でそんな計算をしながら歩くうちに、ふと夜空を見上げて……。

「あれ? これだけ明るいんだから、ショートカットできるかも!」

 ピコンと名案が閃いたのでした。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る