まーくん、だーいすき

ハナビシトモエ

第1話 はじめ

 私はまーくんが好きだ。まーくんは同じ高校のクラスメイト。けしてクラスの中心ではない男子だ。


 スポーツは出来ないから、体育は得意ではない。顔面バスケット砲丸バッド空振りサッカー。そういうところも好きだ。


 長髪を後ろでまとめているところが好きだ。高校で長髪なんて、まーくんだけだ。まーくんはそれを一切気にしない。クラスのみんなも一々突っ込んでいられない。自分たちに与えられた短いひと時が大事なのだ。

 まーくんはポニーテールで、キラキラ光る髪質だ。いつかあの髪に触れたい。


 席から立ち上がる時に体が右に傾くのが好きだ。少し心配になるけど、まーくんは自分のそういうところを気にしない、そういうところも好きだ。


 上手く笑えなくて、笑う時に目が笑えないところ。実はバレない様に少しずつ髪を茶色に染めているところ。授業中の物憂げな表情も好きだ。たまに先生に当てられてもスラスラ答えられる頭の良さが好きだ。腕が細いのにどこから出るか分からない力強いところが好きだ。


 眉毛の形が好きだ。薄い唇も、中性的な声も好きだ。大好きで大好きでたまらない。けれど、私のいる世界と彼の数少ない友人に囲まれている世界は違う。


「登美、トイレ行こうよ」

 私が『友達』をそう呼ぶと、数人が駆けてくる。私はクラスの女王。マジョリティの最高位、でもまーくんにはこの世界に来てほしくない。だって、まーくんはマイノリティだから、そのカッコよさが際立つのだ。私の世界にいるモテる男の世界には入ってほしくない。


「あ、池内さん。ノート提出」

 まーくんは数学係だ。内申書の為か何なのかまーくんは数学がさほど得意ではないのに数学係なのだ。その理由は最近知った。数学の真宵先生にまーくんは憧れている。3年間、まーくんを見ていた私が言うのだから間違いない。


「はい、ノート」

 受け取ったまーくんがペコリと頭を下げて、パタパタと教壇の上に置かれていたノートを集めて教室から出て行った。


 私はまーくんの好きな人に愛想よくするのが嫌いだ。私を見て、集団の最高位にいる私ではなくて、真宵という女ではなく、私を見て。


 分かっている。関わりたければ、私からまーくんに話しかけることが一番早い。でも私はこのマジョリティの世界から一歩踏み出すのが怖い。私が右というとこの世界の人は右を向くし、左というと左を向く。こんな安定で不安定な世界を誰が壊したいと言うのか。私はそんな強い人に会ったらインタビューがしたい。


 本当はトイレなんて一人で行きたい、カラオケじゃなくて図書館でまーくんと勉強したい、スタバでフラペチーノ飲むよりマクドでシェイクを飲みたい。今までにチャンスはいくらでも転がっていたし、そのチャンスをつかむことも出来たはずだ。全ては自分の弱さが今の全く関わり合えない距離感を作ってしまった。


「いけちゃん。次、移動だよ」

 同級生たちが教室を出ていく。私の『友達』も一緒だ。


「体動かしたーい」


「えー、ボーリングこの前行ったじゃん」


「あたし、カラオケの割引券もらったよ」

 どうでもいい奴らのどうでもいい会話。放課後に遊びに行くだけの関係、この世界の人たちは私のことどう思っているだろうか。私はいてもいなくても自然だと思われる人間になりたい。


「進路どうする?」


「いけちゃんはどこの大学に行くの?」


「私、まだ決めてないんだ」


「へぇ、早く決めようよ。私もそこに行くから」


「進路は自分で決めないと」


「優等生ぶっちゃってさ。あたしは観音女子大かな、一緒に行こうよ」

 この世界の人たちは自分で考えないし、周りに流されるまま生きている。私はそんな人間になりたくない、だから世界への抵抗をするために意見を保留にする。


 本当はまーくんと同じ大学に行きたい。池内さんではなく、里佳ちゃんって呼んでほしい。


 放課後、日直なことをすっかり忘れていた私は面倒な日誌を書いていた。『友達』はカラオケに行ってしまった。良くも週に2回カラオケに通っても飽きないものだなと思う。


 どうせ私が歌ったら、感心してほめたたえる。私はそんなの必要ないし、欲しくない。ただ、せめて一度でいいから里佳ちゃんってまーくんに呼んでほしい。


「あーもう、やめたいな。疲れたよ」


「何に疲れたの?」

 後ろから声がした。振り向かずともまーくんだと分かった。聞かれた。普段は女王なのに、クラスの最高位にいるのに。


「あ、ごめんね。真宵先生に日誌まだか聞いてきてって言われたから」

 真宵は担任だ。


「あともう少しだから」

 素っ気なく返す自分が腹立たしい。なんでもっと気の利いた言葉が出ないのだろう。


 本当は向かい合って話したいのに私の顔はじっと正面を見たままだし、後ろを振り返ったら新しい出会いが始まるかもしれないのに。


「あんたさ、髪切ったでしょ」

 頭がごちゃごちゃして出た言葉がその一言だった。え、何? なんでそんな大胆な事聞くの? ストーカーって思われたかな、おかしい奴って思われたかな。

 にやけている顔を見られたくなくて、私は正面を向いたまま話す。


「へぇ、みんな気づいてくれなかったのに池内さんは気づいてくれたんだ。前から思っていたけど、池内さんってよく人を見ているよね」


「前からって何さ」


「いや、あの、なんでもない」

 シュンってしないで、ごめんね、つっけんどんで、私そんなつもり無かったの。本当はありがとうが言いたい。本当は自分でも気づかなかった長所を見つけてくれて、まーくんってすごいねって話したい。


「日誌もうすぐだから」


「う、うん」

 このまま日誌を書き終わらなかったら、ダメだ。そんな贅沢は許されない。私はただまーくんと一緒に友達として過ごしたいだけなのに、


「書けた」

 一緒の時間が終わった。

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